第30話 だからって艦長がいくのはおかしいだろ!?
「艦長! どういうことだ!?」俺は即座に艦内の通信機器に向かって叫ぶ。
『何者かがレイン・キグバスを奪い逃走した以上、可及的速やかにVNを回収しなければいけません。しかし現在は作戦行動中であり、VNはネフィリム討伐を優先する必要があります。また本艦には対ネフィリム用の戦闘兵装しかなく、機体を追跡し確保するためには小回りの効く小型離着陸機が最適です。よって本機で奪取に向かいます』
「だからなんでそれが君なんだ! 艦の指揮は!?」
『副長に一時指揮権を預けました。また今回は合同作戦になるとの通達がありました。総指揮は第6独立遊撃隊セミラミスが執り行います。私が残る必要はありません』
「だからって艦長がいくのはおかしいだろ!?」
『今は作戦行動中です。乗員全てに重要な役割があります。手が空いていてかつ実戦経験のある人間は私しかいません』
理屈の上ではそうなのだが、だからって一番トップの人間が飛行機に乗って敵を追い掛けるとか頭がおかしいにも程がある。
責任て単語、知ってますか?
『あ、イリエス准尉も来ましたね。では通信切ります。機体を回収後、レイン・キグバスを早急に送り届けますので。それまで持ち堪えてください』
「だから待てぇ! 勝手に行くな! 話を聞け! ここで大人しくまっ」
ブツっと通信が切れる。
無視かぁぁぁぁぁぁぁい!
俺は頭をガリガリと掻き地団駄を踏む。後ろのアサミがポカンとしていた。
「ああもう! どいつもこいつも! ……ヴェス・パーの稼働はいけるか!」
俺達のやり取りを聞いて固まっていた整備員が、ハッとして頷く。「さ、3分後に!」
「1分で頼む!」
そう指示すると、「なになにこれなに!?」呆気に取られていたアサミは、金縛りが解けたように動き出した。
「どうなってんの今? えっ、あたしどうすればいい?」
「待機!」
「わ、わかった!」
あまりにパニクっているのかアサミが親指を立てて素直に頷く。
俺はヴェス・パーに近寄ってコクピットに入り込み、急いで機体を稼働させた。
「各部点検省略、強制起動。バックグラウンド処理は一時無視して、最大出力までゲインを上げる。ヴェス・パーにはフライトパックを装備。射出口に向かうぞ! 進行上にいる乗員は道を開けろ!」
通信機越しに早口で捲し立てる。
わらわらと乗員達が逃げていき、整備班長が怒号のような声を上げながら射出口までのルートへ誘導してくれる。
ヴェス・パーが射出口まで移動すると、天井が開き翼を付けたバックパックが降りてきた。
VNが指定位置に固定されると、標準装備のジェットパックからフライトパックに換装される。
マードックを追うためには着陸支援装備ではなく、長距離航空移動装備が必要だ。
『換装完了。エネルギーチャージ接続。油圧問題なし。隔壁展開します』
オペレーターの声と共に、目の前の扉がゆっくりと開き、青空が見えてくる。
もう朝日が登っていた。雲海が広がっていて、霧のような濃さだ。
『進路確保。いつでもどうぞ!』
「デュラン・ワグナー! 野暮用で出撃する!」
開かれた空へ、ヴェス・パーが飛び出す。
***
上空から一気に地上を目指し、雲の中を突き進む。
視界は悪いが、行く方向は分かっている。
俺は発信器の在処を示す小型端末を確認する。
「よし、まだ遠くまで行っていないな」
レイン・キグバスは軟着陸用のジェットパック装備だった。移動には向いていない。
着陸してからはVN自身の足で移動する必要がある。
VNパイロットではないマードックは人工筋肉操作もできないから、移動速度も大したことはないだろう。
フットペダルとスティック型操縦桿を操作し、段々と高度を下げていく。
雲の中を抜け出す。
モニターに映るのは、一面の黄色い砂の大地だった。
(そうか、ここ一帯は砂漠地帯だったな)
好都合だ。森林や廃墟だったらVNが身を隠したり、本人が機体を乗り捨てていくこともあったかもしれないが、ここなら全て丸見えになる。
速度を上げ、砂漠の上空を移動していくと――モニターの中に粒のような移動物体が映る。
索敵のセンサーも、俺が持っている発振器も、あれがレイン・キグバスであることを示している。
「いたな!」
俺は更にフットペダルを踏み込み、全速力でヴェス・パーを移動させる。
対象にぐんぐんと近づくと、砂漠の中に青いVNがいた。
よろよろとした動きをしながらもこちらに背を向けて必死に走っている。
そして、それを追うようにVTOLの姿が見えた。
マリアとイリエスが乗っている垂直離着陸機だ。
「マリアめ、勝手なことを!」
合理的だと思っていたのに、まさか自ら飛び出すなんて。
いくら相手が満足にVN操作できないとは言っても、障害対応兵装もあるから危険なことに変わりはない。
VTOLにしても機関銃は搭載されているが、誘導ミサイルの類はない。
一体なにを考えているのか。
――いや、彼女なりにちゃんと考えた上での行動なのだろう、きっと。
マリアは自分の価値を最底辺に置いている。
だから我が身の危険性よりも、周囲にとって最善な行動を優先してしまう。
具体的には、第15話の特攻がそれだ。
本人的には問題ないのだろう。
でも、俺が嫌だ。何か起こる前に引き返してもらわないと。
水しぶきのように砂が飛び散った。
VTOLが青いVNに機関銃を撃っている。
だが弾丸は砂漠に着弾するばかりで、依然としてレイン・キグバスは逃げ続けている。
脚部を狙っているのだろうか。
確かにこの後に作戦参加するとなると、機体を傷つけないような回りくどい攻撃しかできない。
そのとき、レイン・キグバスが走るのを止めて振り返った。
VTOLとは距離がある。人工筋肉操作ができないマードックでは
瞬間、青いVNの肩の装甲が展開した。
障害対応兵装のニードルガンだ。
「っ! マリア!」
肩の装甲からニードル上の弾丸が複数射出される。
追い掛けてきたVTOLが緊急回避したが、ニードルが翼部を掠めた。
黒煙を上げたVTOLがコントロールを失い砂漠に落下していく。
頭の中でブチッと音がした。
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