第28話 格納庫だ! あいつ今のうちに逃げるつもりか!

 第13話は前半パートにシンヨウとマリアの話し合いがあり、後半パートがスリーマンセルでの初陣だった。

 どんな敵が来るかは事前に把握している。

 だが35歳の俺斉藤政幸は、は分からない。

 アニメの時間経過なんて逐一読者に知らされるわけがない。

 フィクションだから色々とご都合なこともあるだろう。

 できるのは、第13話の背景からそれが昼か夜なのか察することくらいだ。

 日中だったので夜は来ないと俺は踏んでいた。

 しかし今はまだ夜中だ。

 腕時計を確認する。午前4時を過ぎた頃だった。

 後もう少しすれば朝日が昇ってくる。


(ということは、第13話の戦闘は早朝だったってことか……!)


 何て間の悪いタイミングだ。

 予想できない流れだったとはいえ、可能性を考慮していなかった自分に腹が立つ。



 声をかけられる。振り向くと、マリアは既に艦長の顔に戻っていた。

 階級呼びになっていることを踏まえると、作戦は一時中断、ということか。


「……分かった。今はネフィリム殲滅が優先だ。すぐにブリーフィングルームへ――」


 言葉が続かなかった。

 俺の視界がぐるぐると回り、一瞬後に何か固い物にぶち当たった。


「貴様ぁ!」


 マリアの怒声と共に発砲音が続く。

 だが「きゃ!」という悲鳴の後、すぐに静かになった。


「ぐっ……!」


 壁に手を付いて立ち上がる。

 顎と口の中がズキズキと痛み、視界が明滅していた。

 廊下にはマリアが倒れている。

「マリア!」すぐに駆け寄って身体を抱き起こすと、彼女は額を押さえながら頭を振った。


「大丈夫か!」

「も、申し訳、ありません……デュラン様。一瞬の隙を突かれて、奴に逃げられました」


 廊下を振り返る。赤いランプが点滅する通路にマードックの姿はない。

 俺は蹴り上げられたであろう顎を触り、口の中の血を唾と共に吐き出す。


「謝らなくていい、俺も油断した。それより怪我は?」

「大丈夫です。軽い脳震盪です」


 深呼吸したマリアは俺の手を支えにして立ち上がり、男が逃げた方向を見据えた。


「追いましょう。作戦開始前に捕まえないと。不穏分子を艦内に放置したままでは、作戦中に背中を撃たれかねません」

「ああ……!」


 俺とマリアはすぐに走る。

 最悪の事態だけは避けなければならない。

 走りながら俺はモバイル端末を取り出す。

 逃げられたのは迂闊だったが、こんなときのために奴の服に発信器を付けておいた。

 タダで転んでなるものか。

 発信器はちゃんと動いていた。

 どんどんと移動している。

 奴は迷いなくどこかへ向かっていた。

 この逃げ場のない航空戦闘空母で隠れ場所などないというのに、どこへ行くつもりだ?

 そこまで考えてハッとする。


「格納庫だ! あいつ今のうちに逃げるつもりか!」


 意図に気づいたマリアが走るスピードを上げた。

 俺も全速力でついていく。

 空母の格納庫へ到着。警報で起きてきた整備員達が慌てふためきながら戦闘準備を進めているところだった。


「おい! マードックを見なかったか!?」


 近場の整備員に声をかける。

 男は振り返り「マードックさん?」と首を傾げる。


「ああ、それならさっきレイン・キグバスの方に向かってました。なんだか血相変えてましたけど、どうしたんですか?」

「あいつ……!」


 俺はすぐさま青いVNの方へ走る。

 待機中のレイン・キグバスの周囲では、何やら慌てている整備員たちがいた。


「マードックさん何してるんです!? 降りてください!」

「駄目だ離れろ! 稼働してるぞ!」


 膝立ちだった青い機体が拘束具を引きちぎるように立ち上がる。

 周囲の整備員たちが叫びながら散り散りに逃げ、拘束具の破片が床に落ちていく。


「止まれ!」


 俺は懐から銃を取り出して発砲する。

 だがレイン・キグバスの装甲は拳銃の弾など物ともしない。

 そのまま青いVNは格納庫のハッチまで進み、強引に扉をこじ開け始めた。

 VNの発進は射出口のみと決められているので、他の扉は原則固定されている。

 空中で扉を開けるとどうなるかは、火を見るより明らかだからだ。


「まずい! ハッチを強制解放しろ!」


 格納庫に到着した整備班長が叫んだ。

 聞いていた整備員が血相を変える。


「そんなことしたら出て行かれますよ!?」

「こんな空の上で開けっぴろげになるつもりか馬鹿たれ!」


 怒鳴り声で事態を理解した整備員が、慌ててハッチを操作した。

 メキメキと不協和音を立てていた扉は、閉じ込めることを諦めたように重低音を鳴らしながら開いていく。

 暴力のような激しい音と共に、圧倒的な風の力が格納庫に入ってくる。

 急速な減圧によってありとあらゆる物が凄い勢いで空に舞う。

 俺も整備班長も咄嗟に近くの物に捕まって、空に放り出されるのを防いだ。

 その間にも青いVNは扉に掴まり、そして空へと飛び出していった。


「閉めろ! はやく!」


 班長の指示によってハッチが閉まっていく。

 ひしゃげていながらも、扉は無事に動いてくれた。

 扉がしまったことによって格納庫を掻き乱していた暴風も止む。

 ガタンバリンと甲高い音を立てて物が床に散らばった。


「どういうこったよ少佐ぁ!」


 扉が閉まった瞬間、俺につかみかかる勢いで整備班長が問い詰めてきた。


「なんでマードック先生がレイン・キグバスに乗って出ていっちまったんだ!?」

「後で説明する! それよりも残りのVNを出撃できるようにしてくれ! 時間がない!」

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