第27話 俺がどこまで気づいてるか教えてやろうか? 全部だよ

 彼女の言ったことは、俺が考えた作り話だ。

 確かにルーデウスは生前、バビロンについて調べていた。

 スピンオフ作品でそれが語られていた。

 だがそれはマリアの人体実験を調べていく過程で辿り着いたもので、巨大な組織が暗躍していることまでは突き止めたものの、ロー・アイアスに内偵が潜んでいること、バビロンの目的までには辿り着いていない。

 兄貴はその前に死んでしまった。

 真相に辿り着く前に死んでしまった兄貴だが――俺がマリアに説明するにあたって、そんな兄貴の行動が利用できた。

 前世の知識で分かっていたんです、なんて説明することはできないので、ルーデウスがことにして、俺はそのルーデウスが残したレポートを密かに受け継いだという体にした。

 兄貴自身はもうこの世にいないし、秘密裏の行動なら誰も知らなくておかしくはない。

 そうしてマリアの様子を影で見守りつつ、バビロンの動向を探っていた――というのが、彼女に話した筋書きだ。

 どこかで矛盾が生じる可能性はあるものの、マリアに納得してもらうことと、バビロン相手に一直線に向かうためには、この説明が一番楽だった。

 マードックは困惑しながら地面を見つめている。

 その口角がゆっくりと上がっていった。「――くっくっく」


「なるほど、あの男の仕業か。隅々まで洗ったつもりだが、弟への情報伝達を見抜けなかったとは」

「……え?」


 マリアが目を見開き、マードックの後頭部を睨む。


「あなた達、ルーデウス様に何かしたのですか」

「何を言っている。自分が暗殺対象になってることを察知して、弟に情報を託したんだろう?」


 腕を捻り上げられた状態のまま、マードックがちらりと後ろを振り返った。


「廃棄された実験体、34号。お前は単に見逃されていただけだ。何も知らないまま軍に貢献していれば、生かされ続けていただろうに。ルーデウスと同じ事をすれば、奴の二の舞にがあああああ!?」

「お前達がルーデウス様を……?」


 マリアが更に腕を捻り上げた。

 瞳孔が開いた目が負の感情で濁っている。


「答えろ、お前達が――」

「止めろ、マリア」


 俺は彼女の肩に手を置く。

 しかしマリアは俺の方を見ず、手を緩めることもしない。マードックが苦しげに呻く。


「……ご存知だったのですか、デュラン様」


 彼女が聞きたいのは、ルーデウスを殺したのがバビロンだということを知っていたのか、ということだろう。

 ――もちろん、俺は知っていた。

 スピンオフで語られたルーデウスの死は、バビロンの仕業だった。

 アニメではネフィリムとの交戦中の戦死と語られていただけに、裏ではこんなところでも繋がっていたのかと驚いた。

 そして、バビロンに兄を殺された弟が、その組織の宇宙空母を使って主人公を助けるという構図も、伏線回収のようで美しかった。

 だがそれは一読者の、傍観者としての感想だ。

 この世界に生きるデュランになった今、分かってはいても普通に胸糞悪いし、こいつらへの憎しみは感じる。


「なぜ、すぐに私に教えてくださらなかったのです」

「伝えなかったことは謝る。動揺させたくなかった」


 苛烈な瞳が俺に向けられる。

 怯みそうになるが、俺は首を横に振った。


「復讐したい気持ちは分かる。だけどまだその時じゃない。冷静に行動してもらうために、あえて隠した」


 マリアが唇を噛みしめる。

 葛藤している彼女は、ややあってマードックの拘束を緩めた。


「あなたの仰る通りです、デュラン様。頭に血が上ってしまったようです」


 こちらに顔を向けたマリアは、もういつもの様子だった。


「やはり、デュラン様は凄いお方ですね。感情を乱されず理知的に行動されている。私はまだまだです」

「い、いや、俺は単に真実を知ったのが随分前だったから」

「それでもお兄様の仇であると分かっていながら、艦内で普通に過ごされていた。誰にも気取られなかったその精神力、感服いたします」


 俺は笑って誤魔化した。

 前世の記憶がなかった時は文字通り気づいていなかったし、記憶が蘇った後でもこいつを悲惨な目に合わせることは決定事項で後回しにしていただけ――というのを説明するのはできないので、黙っておこう。


「それで、この後はどうしましょう」

「予定通りだ。バビロンのアジトを吐かせる」

「貴様の目的は、なんだ?」


 脂汗を流したマードックが顔を上げた。

 困惑気味に俺を見てくる。


「どこまで把握しているかは知らないが、バビロンを甘く見るなよ、小僧。ロー・アイアスをけしかけたところで、ただでさえ貴重な戦力が瞬く間に消し飛ぶだけだ」

「お前達の準備が整ったら、不毛な消耗戦になるかもな。それは避けたい」


 俺は男に対して、不敵に笑って見せる。


「だが、今はそうじゃない。違うか? こそこそ隠れているのは、戦う準備ができていないからだろう?」

「……っ」

「何より、襲われたくないのはお前らの方なんじゃないか? 自分達の船出を邪魔されたくないもんな」


 男は目を見開く。

 どこまで知っているんだこいつ、という感情が顔に浮かんでいた。


「俺がどこまで気づいてるか教えてやろうか? 


 戦慄しているマードックの顔を見ると愉快だ。

 せいぜい動揺して恐怖に陥るがいい。

 と、そのときだった。


『監視衛星より入電! 月面のワームホールよりネフィリムの発生を確認! 総員直ちに第一種戦闘配備へ移行してください! 予測では2時間後にシェヘラザードの進行上で接触します!』


 赤いランプが点滅してアラート音が鳴り響く。

 俺はマリアと顔を見合わせる。


(まさか第13話のネフィリムか!?)


 完全に予想外だ。

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