第24話 あいつの代わりに、皆を守ってやる

(頭がいいな、さすがだ)


 内心では感心しつつも、面倒な矛先は俺に向けられている。

 何とかやり過ごさなければ。


「だからそれは、シンヨウを欠いた今はチーム運用に危険性が伴うからで」

「別部隊でもスリーマンセルを運用した実績があります。それでもなお貴方が危険だと訴える根拠はなんですか。残ったメンバーの実力不足ですか?」

「ヨースター准尉とイリエス准尉の実力は認めている」

「ではやはり、指揮を執る私の差配に不満や不安がおありでしょうか」

「そうじゃない。君の実力も認めている」

「そう、あなたは先ほどからそう仰ってくださっている。であれば、一体何が問題なのですか?」


 丁寧に退路を塞がれていく感触だ。

 ますます好きになった、じゃない、面倒だ。


「……俺だよ」


 残された理屈は、これしかなかった。


「怖じ気づいたんだ。俺がリーダーのままじゃ、また誰かを失うかもしれない。だから他の隊に吸収してもらおうと思った」


 正直、それも本心ではある。


「なんだ、そんなことでしたか」


 心底くだらないと言いたげに、マリアは首を振った。


「少佐。あなたの実力は折り紙付きです。リーダーとしての資質も責任感も十分にあります」


 俺の能力を、欠片も疑っていないという目だった。


「少し前までの貴方は視野狭窄のところがありましたが、今は違う。タカキ准尉の死によって心境の変化があったのかもしれませんが……不遜なくらい他者を圧倒し引っ張っていく貴方の持ち味に加えて、痛みに寄り添い他者のことを考える理解力を感じます。貴方ならきっと、スリーマンセルを的確に運用できます」


 きっと彼女は、本心からそう思っている。

 隊を解散されたくないがためについたお世辞なんかではない。


「マリア、俺は――」

「ひゃ!」


 俺の言葉はマリアの甲高い声で掻き消された。

 彼女は顔を手で覆い、恥ずかしげにうつむく。


「すみません、名前で呼ばれるの、慣れてないので」


 うーん、やはり中身は17歳か。可愛らしいが、笑ったら怒られるだろうな。


「悪い。ええと、どこまで言ったか……」

「自信がない、とおっしゃいました。もしそれが懸念であれば、私が貴方の盾となります」


 艦長の顔に戻ったマリアは、真摯な目で俺を見つめてきた。


「元よりルーデウス様より貴方のことを守るよう仰せつかっています。解散されては、それもできません」

「君にも大切な役目があるだろう。俺に構うな」

「分かっています。ですが最悪の場合、私は自分の身を犠牲にしてでも、貴方のために動きます」


 揺るぎない決意だった。ちょっとやそっとでは動かなさそうだ。

 俺は腕組みして、鼻から息を吐く。

 迷いは、どんどん大きくなってきていた。

 第15話でやろうとしていることにマリア達を巻き込みたくなくて、俺は解散すべきだと考えた。

 不確定要素が多すぎて、成功するかどうか分からないからだ。

 けれど、俺はマリアの執着を知ってしまった。

 隊を解散したところで、第15話になれば俺を守りに駆けつけてくるかもしれない。

 それくらい強い感情、いや、誓いに縛られている。

 もはや呪いだ。

 自分を大切なものの一番下に置いているマリアは、いつだって俺のために命をかけようとする。

 離れたところで大人しくできないのなら、独自の動きをされるだけ厄介だ。


「……艦長。手を、出してくれないか」

「? はい」


 不思議そうにしながらも、マリアはテーブルの上に手を出す。

 俺はその手をギュッと握りしめた。


「少し我慢してくれ」

「え、ええ、はい」


 上ずった声を上げながらマリアが耐えている。

 俺が手の甲や指を撫でると、ビクビクと反応していた。


(こうなるのは、俺だからなのか)


 きっと副艦長やシンヨウらが同じことをしたところで、彼女はまるで意にも介さないだろう。

 本性を悟られないために身につけた鉄の仮面は、ちょっとやそっとじゃ剥がれない。

 でも、俺は違うらしい。

 言うことを聞かせられるのは、俺だけ――。


「艦長。いや、マリア」

「あの、だから名前呼びは」

「辛抱してくれ。これから俺と君は秘密の関係になる」

「ひ、秘密?」

「言っておくが、男女の仲じゃないからな」


 そう言うとマリアは「で、ですよね」とはにかんだ。

 ただ、少しだけ笑い方がぎこちない。

 完全に欲を絶っているわけでもない感じだ。

 そうだったらむしろ、俺が嬉しいんだけどな。


「俺はこれから、シンヨウが居なくなった穴を埋めるための策に出る」


 俺は、覚悟を決めた。

 大事な人達を遠ざけて問題から逃げるのは、止めだ。

 俺はデュラン・ワグナー。

 そこらの凡人とは違う。主人公のライバルキャラだ。

 あいつの代わりに、皆を守ってやる。


「どんな敵が来ても、どんなネフィリムが相手でも、完全に屠れる荷電粒子砲武器を手に入れる。俺の財力と権力と行動力を持って」


 あと前世の知識も合わさって、だ。


「武器……?」


 訝しむマリアに対し、俺はゆっくり頷く。


「正直なところ、うまくいく可能性は低い。そんな賭けみたいなことに付き合わせたくはなかった。だけど俺一人では荷が重いことも確かだ。もし君が俺に力を貸してくれるなら……部隊の解散ではなく、この部隊を最強にすることで全ての問題を解決する。ついてきてくれるか、マリア」


 名前を呼んでも、今度は極端な反応は無かった。

 代わりに、ギュッと握り返してくる。


「承知しました。でゅ、デュラン様」


 おっかなびっくりという感じで、マリアが俺の名を呼んでくれる。


「貴方を支え、お守りします」

「よろしく頼む、マリア」


 俺は笑いかけながら、少しだけの罪悪感を味わう。

 本当は全部、ただの言い訳だ。

 俺も、欲が出てしまった。

 俺を好いていると言ってくれた前世の初恋の女を、手放したくなくなっただけなんて――それこそ、墓場まで持っていく真実だろうな。

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