第23話 い、意地悪なさらないでください、少佐
「兄君の評価で判断していた、と?」
「そうだ。シンヨウ……タカキ准尉については、俺が侮っていた。ポテンシャルを見抜けなかった。今ではシェヘラザードに必要不可欠な存在だったと思っているよ」
マリアは眉根を寄せていた。
疑っているというより、判断に悩んでいるという感じだ。
もう一押し必要か。
「それに君の素性は正直、危うい。オクトバー防衛軍の悪事の証拠だからな。俺が不用意に接近したり、些細な会話から正体がバレれば、防衛軍の連中が証拠隠滅に動き出すかもしれない。いや、絶対にそうなる。だから見守ることにした」
よし、我ながらうまい作り話だ。自分を褒めてやりたい。
マリアは黙っている。悩ましげな表情ながらも「……なるほど」と呟く。
納得してくれただろうか。
「ルーデウス様が秘密裏に動かれていたことは薄々感づいていました。それを弟君が受け継がれていたとは気づきませんでしたが……でも、それならなぜ、私には教えてくださらなかったのか」
「元々、君が被害にあった人体実験の黒幕を突き止めるためだったからだな。巻き込みたくなかったんだろう」
「……そう、なのですね」
マリアが、持っている写真立てを慈しむように抱きしめる。
片方の目に雫の光が見えた。
「ありがとうございます。ルーデウス様と、そして、あなたに、私はずっと守られていたのですね」
マリアが微笑む。その表情に、俺は見惚れた。綺麗だ。
「これ以上の至福はありません。私は果報者です。お二人の想いがあれば、この先も一人で生きていけます」
「……一人?」
「? ええ。おかしいですか?」
「俺のことは、いいのか?」
「え?」
「え?」
互いに見つめ合うこと、数秒。
これはあれだろうか、いい雰囲気、というやつなんだろうか。
あまり男女間の経験がない俺でも、高揚でドキドキしてくる。
「はっきりと、言っておきます」
しかし、俺が言葉を口にする前に、マリアが硬い声音を発した。
「私は、あなたと、その、恋仲……とか、お、お嫁さん……になることを、望んでいたわけではありません」
「え? 違うの?」
「ち……! ちがい、ます」
どこか歯切れが悪いが、マリアは言い切った。
俺はその言葉に、胸をどつかれたような感触があった。
なんか、普通にショックだ。
「墓場まで持っていくつもりのことを、ご、ご本人様に知られてしまったのは痛恨の極みですが……私の望みは、ルーデウス様の意思を継いで皆を守ること、それだけです。私的な欲は一切ありません。この戦いが終わって平和になったら、あなたの前からすぐに姿を消します。どうか今は鬱陶しくてもご容赦ください」
マリアが、凜々しい顔に微笑を貼り付ける。
その顔は元の、艦長としての表情だ。
胸の高鳴りが、スンと静まった。
(……ああ、そうか。これまで見ていたのは、この顔だったんだな)
いつも鉄壁な仮面のように、艦長としてのマリア・オフェリウスを身に纏って生きていたのだろう。
誰にもバレないように、秘めた想いを胸にしまいながら孤独に戦っていた。
前世の俺はその彼女に惹かれていたわけだが……なんだろう、今は少し、痛々しく感じてしまう。
こほん、と咳払いしたマリアは立ち上がる。
「不測の事態に取り乱してしまいました。数々の無礼、心より謝罪いたします少佐。ですが今までの発言は、互いに内密にしておきたい都合もあるでしょう。個人的な話の件は無かったことにしませんか」
「さっきの
無理があるだろそれは。
「んぐぅ」マリアに大ダメージが入る。
「い、意地悪なさらないでください、少佐。私の言いたいことが分からないわけではないですよね?」
拗ねたようなマリアは、また素がまたちょっと出てきていた。
可愛らしいなと思う反面、これ以上踏み込むと怒られるな、とも感じる。
「……こちらこそ、プライバシーに踏み込みすぎた。すまない」
俺も職業モードに戻って返す。
マリアは安心したようにホッとしていた。
しかし、これでいいのだろうか。
迷っていると、マリアは乱れた衣服や髪を手で直す。
「事が事です。続きはもう少し腰を据えたほうがよいでしょう。お茶を入れます。あちらの部屋でお待ちください」
そうして俺の隣を通っていくマリアは、いつも通りの態度だ。
内心はどうだか知らないが。
彼女が通り過ぎた後の残り香が鼻孔をくすぐる。
ベットに押し倒していたときの感触を思い出して、俺の迷いは更に膨らんだ。
***
簡素な私室には丸テーブルと椅子が二つある。
椅子に座って待っていると、マリアがお茶を持ってきた。
ソーサーに置いたカップを差し出して、自分も椅子に座る。
「これから私をどうなさるおつもりですか」
マリアは湯気が上るカップを口に近づけ、ゆっくりと紅茶を口に含む。
「どうもしないさ」
俺も紅茶を飲む。なかなか良い味だ。
「この紅茶は、ルーデウスの兄貴から教わったのか?」
「はい。デュラ――少佐がお好きな味と聞いていたので」
少しはにかむマリアに、胸の奥がくすぐられ、一抹の寂しさを覚える。
自分の恋心が知られた後でも、マリアは平静を保とうとしている。
実際にはまったく保てていないどころかにじみ出る素を隠せていないポンコツぶりだが、それでも取り繕うのを止めないということは、宣言通り俺とこれ以上の進展なんて望んでいない、ということだろう。
「――さっきの話だが」俺は自分の胸中を悟られないよう、いつもの調子を心がける。
「兄貴の懐刀だった君を信頼している。艦長として適任の逸材だ。幸い、ここであったことは誰にも知られていない。だったら俺が黙っていれば、現状は何も問題ない」
「評価していただき、大変光栄です。ですが、今の発言は貴方の矛盾になります」
「なに?」
「第13独立部隊の解散のことです。私の能力を買ってくださっているのなら、解散するのは評価と真逆の行為ではないのですか?」
飲み途中の紅茶が喉に引っかかった。
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