第22話 あなたは、私の正体を知っていたと言うのですか
大きく開いたマリアの目が、うるうるとにじみ出す。
うっそだろ、おい。
マリアがデュランを好きだった?
そんな描写どこにもなかったじゃねぇか!
設定あるなら少しでも匂わせておけよ、隠す必要あったかこれ!?
制作陣がどういうつもりで設定していたのかまるで分からないが――もしかして、特攻のときに写真立てを抱えていたのは、デュランを想ってのこと?
分かるかそんなこと!
「ど、して、なぜ、あなたが、そんなこと」
涙声でぶるぶるとマリアが震え始める。まるで追いつめられた小動物だ。
かあいい。じゃない、こんなマリアは初めてだ。妙な気持ちになってくる。
「どうしてって……こっちもびっくりしてるというか。あなたはずっと兄貴を好いているものだと、思ってたんだが……」
急な色恋話になって変な汗がぶわっと出てくる。
恋愛事はまったく無関心だっただけに、どう振る舞えばいいかわからない。
そう言えば
「私が、ルーデウス様を……?」上気した頬のまま、マリアが眉をひそめた。
「そ、その、なぜ勘違いされていた、のでしょうか。私が、ルーデウス様に恋心を抱いていた、と」
「それはまぁ……君の素性が素性だからな。バレたら即座に問題になる身分だと考えると、軍に残るのも結構な覚悟だ。つまり兄貴への特別な感情があったから、と考えていたわけだが」
「違います! 私はルーデウス様に恩義を感じこそすれ、恋慕などもってのほかです! 私が憧れたのは」
そこまで口走ったマリアはハッとして、恥ずかしげにうつむく。
こうしてみると、26歳ではなく年齢通りの17歳の少女みたいだ。
……もう確定だな、これは。
俺が前世で恋をしていた相手は、デュランが好きだった。
まさかその男に転生したなんて、どんな運命なんだこれは。
ていうか俺はどうしたらいいんだ。
「――待ってください。おかしくありませんか?」
呟いたマリアが顔を上げる。まだ恥ずかしげだったが、目に理性の光が戻っていた。
「私の素性とは、どういう意味ですか? ルーデウス様に引き取られたことだってさっき話したばかりです。少佐も知らないと仰っていた。なのにさっきの口ぶりは、まるで私の過去を既に知っているかのようでした」
一瞬の間を置いて、血の気がざぁっと引く。口の中の水分が一瞬で無くなった。
(しまったぁああああ……!)
動揺して俺までも口を滑らせてしまった。
確かにさっきの発言は、俺がマリアの正体を知っていないと出てこない。
「どういう、ことですか」
不信感が現れ始めていた。というか拗ねているみたいな感じだ。
まずいな。躱すべきか。誤魔化すべきか。
俺はマリアに睨まれたまま、どう答えるか十分に熟考し、そして。
「……兄貴から聞いてたんだよ」
観念した。
いや無理だって誤魔化すの!
即座に問題になる身分、だなんて具体的に知っているような台詞をうまく取り繕う言い訳が思いつかない。
下手なことを言えば、聡明な彼女はすぐに看過するだろう。
ここから話を整理していくしかない。
もはや出たとこ勝負だ。
「君が、オクトバー防衛軍によって作られたVN用パイロットの実験体であること。肉体急成長の処置によって実年齢よりも上の肉体になっていること。脳波の増幅に失敗して片目を失い、捨てられたこと。そしてルーデウスに拾われたこと……すべて、兄貴から伝え聞いている」
涙が止まっていたマリアの片方の目は、愕然と見開かれていた。
「兄貴が死ぬ前、俺は秘密裏に調査情報を託された。そして君を、マリアをよろしくとも頼まれている」
「ルーデウス様が? そんな、うそ」
「嘘じゃない」
嘘だ。いや正確には、ある展開を無理やり前に持ってきただけで、俺が今知るべき立場でないという意味において虚構に値する。
原作でもデュランはルーデウスから情報を受け取っていた。
だがそれはマリアが死んだ後だ。同艦しているときのデュランは、マリアの秘密をまるで知る由もない。
ここで語ることは、このタイミングの俺が知っているはずのない真実になる。
「ルーデウス様が」マリアは写真立てに視線を落とす。綺麗な眉を寄せていた。
「……あなたは、私の正体を知っていたと言うのですか」
「ああ」
「知っていて尚、黙って知らないふりをしていた、と」
「あ、ああ」
「なぜ」
「なぜ、って」
「私は経歴を詐称しているのですよ。ルーデウス様が用意してくださった身分を使って、この場にいる。本来将校になれるはずもなかった。それどころか肉体改造によって急速に年老いた不気味な化け物です。あなたからすれば異端であり、しかも17歳程度の小娘に命を預けていることになる」
問われて俺は少し考える。マリアの指摘はもっともだ。
不自然でないように答えないといけない。
くどいようだが、前世のことを出して精神病を疑われるのは避けたい。
「兄貴の意思を受け継いでいると感じたからだ」
マリアは黙っている。俺は続けた。
「君の評判は兄貴から聞いていた。確かに詐称は重罪だが、今は人類存亡の危機。細かいことにこだわって有能な人材を手放すことはしたくない」
「ではなぜ、タカキ准尉のことを“民間人風情が出しゃばるな”と仰ったのですか?」
うっ。鋭い。
「第二等市民の彼は専門の訓練を受けていない、偶然からパイロットとして徴用された身です。言うなれば能力はあっても軍人として相応しくない存在であり、私と同じようなものでした。彼に対しては空母から降りろとしきりに言っていたのに、私の場合は能力を買って不問にしていた。その違いはなんですか?」
ちくしょう、過去の俺め。ややこしい事態にしやがって!
確かに俺はシンヨウのことを侮っていた。
精神的にも肉体的にも劣る上に、足を引っ張るだけだと見下していた。
民間人は守るべき対象であり、俺と同じ立場にいるのも許しがたかった。
……ほんとに、俺は馬鹿だったと思う。
息を吸って吐き、俺は冷静にあろうと努める。
「ルーデウスの兄貴は優秀だった。その兄貴が君を認め、託してきた。それが保証だ」
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