第21話 君が好きなのは、ルーデウスではなく、俺だったのか?

「何でこんなもの持ってるんだ」

「え!? あ、その……!」


 目に見えて狼狽するマリアを差し置いて、俺は写真立てに近づく。その方が自然な行動だろう。


「子どもの頃の兄貴と俺じゃないか。どういうことだ? もしかして、ルーデウスの兄貴から預かったのか?」


 写真立てを掴む。

 微笑むルーデウスと、むっつり顔の生意気そうな俺が映っていて、思わず苦笑してしまう。


(……やっぱりマリアは、ルーデウスが好きだったんだろうな)


 マリアは15話までに死んでしまって、恋をしていたかどうか語られることはなかった。

 ルーデウス主役のスピンオフ作品でも明確に言い切られたことはなく、匂わせ程度だった。

 しかし、俺でなくても作品のファンなら薄々感づいていることだ。

 死ぬときまで写真を抱きかかえるなんて、それはもう好意以外のなにものでもないだろう。

 自分を拾って育ててくれた年上の頼れる男を慕うのは、気持ちの流れとして不自然ではない。

 「え、あ、う」マリアはかなり動揺して挙動不審になっている。

 初恋相手の弟に見られたのはさすがにショックだったか。

 きりのいいところで止めておこう。


「どういうつもりか知らないが……兄貴だけにしたほうがよくないか? もし形見のつもりなら、こんな憎たらしい顔つきのガキが一緒に映っていても不愉快だろうに」


 笑い話にしようと言ってみる。

 そんなことないですから、みたいなお世辞が返ってきて雰囲気が和らぐことを期待した。


「絶対に! 駄目! ですっ――!」


 金切り声が返ってきた。


「いくらデュラン様といえどデュラン様王子様を切り取なんて狼藉は許せません!」


 ――いま、なんて言った?


「お返しください」


 ずいとマリアが近寄って、手を差し出してくる。

 本人は頭に血が上っているせいか、どういう発言をしているのか分かっていない様子だ。


「デュラン様、って、言ったよな」


 俺が指摘すると、マリアがハッとなる。

 その顔色はまっ赤になった後、すぐに真っ青になっていく。

 だが、写真立てを返せと主張する手は引っ込めようとしない。


「俺のこと名前で、しかも様付けで呼んだよな?」

「違います」


 即座に否定したマリアの額には、玉のような汗が浮かんでいる。


「いいや、聞き間違いじゃないぞ。デュラン様って言った」

「言ってません」

「言った」

「少佐の耳がサマーンみたいな機械音を拾ったのでは」

「どんな機械だよ!? ていうか俺の耳がおかしいって言うのか」

「デュラン様のお耳に欠陥などあるはずがありません!」


 そう叫んだマリアは、叫んだ口のまま固まって、ぱくぱくと金魚みたいに呼吸した。


(……どういうこと、これ)


 状況がまったく飲み込めない。

 マリアは密かに俺のことを様付けで呼んでいた?

 原作でそんな描写は一度もなかったぞ?

 兄貴をルーデウス様と呼んでいたからその延長上でついでに――なんて考えてはみたものの、だったらそう説明すればいい。

 マリアは明らかに狼狽している。それは知られたくなかったからだ。

 斉藤政幸35歳の俺が知らなかった事実があるのか?

 もしかしてマリアには、制作者が作った未公開の設定があったりして。


「艦長、もう少し詳しく聞き――」

「――っ」


 マリアが俺に迫った。

 写真立てを引っ掴もうとしてくる。


「ちょ! こんな狭いところで……っ!」


 ほぼベッドにスペースが占領されている部屋で向かってこられたら、どうなるか。

 案の定、俺は避けることもできず彼女の勢いをそのまま受け止めて、足元がよろめいた。

 ベッドに倒れ込む。俺につられるようにマリアも倒れた。

 ホワイトブロンドの長い髪が綺麗に広がる。


「だから、言ったろう」


 ため息を吐き、両手をついて上半身を起こしたところで、ギクリとする。

 俺は彼女をベッドに押し付けるような格好になっていた。

 壁ドンならぬベッドドンだ。

 マリアの驚きを含んだ目と、 真正面から見つめあった。

 ドクンと心臓が高鳴り、顔が熱くなる。


「わ、悪い。すぐどくか――」

「ふ」

「ふ?」

「ふぇええええん」


 マリアの口から、小動物みたいな鳴き声が漏れた。

 彼女はそのまま俺の腕の間を滑り落ちて、ベッドの脇にずるずるとへたり込んだ。


「艦長?」

「……だめ、ですぅ。さ、触ら、ないでぇ」


 蚊の鳴くような声だった。

 ベッドの上から見下ろしたマリアは、うつむいて縮こまっている。

 髪の毛の隙間から見える耳がまっ赤だった。


(なん、なんだ? 一体どうしたんだ?)


 マリアはこんな情けない声を出すキャラじゃなかった。

 いつも毅然として格好良くて時に優しくて時に苛烈で、頼れるお姉さんという感じだった。

 いくら中身が十七歳とはいえ、弱々しい姿をさらすことはなかった。

 原作の様子と比較すれば、まるで別人のようだ。

 けれどさっきから俺の中で、ある既視感が持ち上がっていた。

 女性がこんな感じになっているのを俺、というか35歳の俺斉藤政幸は見たことがある。

 これはそう、推しの過剰なファンサービスに腰砕けになって黄色い悲鳴を上げている、女オタクの姿だ。


「マリア」


 俺は自分の仮説を確かめるため、そっと耳元で囁いてみた。

 びくぅとマリアの肩が跳ね上がる。


「マリア、聞いてくれ」


 なるだけイケボ(イケメンボイス)を心がけてみる。

 瞬間、マリアはシュバババと壁際に逃げ込んで自分の身体を抱き抱く。

 涙を溜めているその顔は、俺を恐れているというより、あまりの興奮で泣きそうになっている感じだった。

 ……マジか。マジなのか、これ。


「き、君が好きなのは、ルーデウスではなく、デュランだったのか?」

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