第20話 やはり、デュラン様ですね
華奢な肩が震えていた。
壁を向いているので表情は見えないが、もしかすると泣いているのかもしれない。
あまりにも健気で、辛そうな背中だ。
(――んぐぅうううう堪えろぉぉぉ俺ぇ……!)
後ろから抱きしめたい衝動に駆られる。手をわきわきして悶える。
何も前世を思い出した途端に都合良く女の好みが変わるわけじゃない。
どうやら
そう考えると、鉄壁な仮面を被っている艦長としてのマリアを恋愛対象として見られなかったのも頷ける。肉体的にはだいぶ年上だし。
しかし、この気持ちは悟られてはいけない。
「自己矛盾だな」
俺はあえて冷徹な声を出す。
「自分を鼓舞したいようだが、その思い込みでむしろ恐怖を抱き始めている。本末転倒とはこのことだ。そんな風に自分を追い込んでも、いつかは艦長の方が潰れるだろう。いっそ部下とも道具とも思い込んだほうが楽というものだ」
マリアは黙って聞いている。
だから俺は言ってやった。
「もう肩の荷を下ろしてもいいんじゃないか、オフェリウス艦長。あなたがそこまでして戦い続ける必要はない。軍から離れられなくても、後方にだっていくらでも仕事はある。心を削るように戦ったところで、得られるものなど何もない」
俺の言葉に、彼女はなんの反応も示さなかった。
考え込んでいるのだろうかと思うと、「――ふふ」と微かな笑い声が漏れ聞こえる。
「本当に、ここ数日のワグナー少佐は、らしくない。まるで人が変わったようです」
「……そうだろうか」
「ええ。とても。ですが芯までは変わっていない」
マリアが振り返る。ドキリと胸が跳ねた。
艦長として不釣り合いなほど目尻を和らげ、普通の女性のように微笑んでいる。
「少佐。逆に聞きますが、あなたは軍を降りて移動都市ジュライに戻り、戦いから離れて生きることはできますか?」
話を誘導したいことはすぐに察したが、俺は自分の考えを曲げることはできなかった。
「そのつもりはない。前線から逃げるつもりはない」
「私も同じ考えです。自分だけ後方で安全に暮らすことなど、したくありません」
「……」
「それに恐怖心は、私に大切なことを教えてくれました。シンヨウ君を失ったこの喪失感。きっと彼のご家族は、この何倍もの痛みと悲しみを味わっているのでしょう。彼の家族だけでなく、今も多くの人々が辛く苦しい絶望に嘆いている」
マリアは自分の胸に手を置く。
「私はもうこれ以上、こんな思いを誰にも味わってほしくはない。移動都市の人々も、棄民も関係ない。私は、守るべき人々から目を逸らして楽になるつもりはありません」
「それは、君である必要はあるのか」
「失うもののない私以外に、誰が行うと言うのです」
「俺だ。この地獄は、俺のような選ばれた人間が背負うべきものだ」
嘘偽りのない感情だった。
斉藤政幸という男も、大好きだった作品を無茶苦茶にさせたくないと願っている。
「やはり、デュラン様ですね」
眩しげに目を細めるマリアを前に、俺はぽかんとしてしまう。
「いま、様づけした?」
「あ、いえ、今のは……!」
もごもごと口の中で転がしたマリアは、恥ずかしげに身体を横に向ける。
「言い間違えました、申し訳ありません」
「そ、そう。なら別にいいんだけど」
「――ワグナー少佐のお考えは、伝わりました」マリアが咳払いして、また真面目な顔になる。
「しかし私に言わせれば、貴方こそ次期ジュライ首長となるお人です。死なせるわけにはいきません。残念ながらVNパイロットが不足している今、貴方にはまだパイロットを続けていただくしかない。その代わり、私の命に変えても必ず守るとお約束します。いざとなったら私の身を犠牲にしてでもお助けします。だからスリーマンセルの運用を――」
「そんなこと言うな!」
マリアがビクリとする。
俺は、彼女の両肩を掴んだ。
「犠牲になっていい存在なんていない! 君にだって死んで欲しくないんだ! だから俺は、アレと戦う間くらい離れて欲しくて……!」
「あ、あの、少佐……?」
マリアの顔がまっ赤だった。
俺は自分のしていることに気がつき、慌てて手を離す。
「す、すまない」
「いえ、こ、こちらこそ」
混乱しているのかマリアもよく分からないことを返した。襟元をぐっと掴んで恥ずかしげに俯く。
見た目と違って中身は十七歳の少女だから、急に男に掴みかかられてびっくりしただろう。
いかん、失敗した。
15話の特攻を思い出して、つい我を忘れてしまった。
「そ、そういえば、俺の写真がないな?」
気まずさを解消しようとして、つい別の話題を振ってしまう。
壁には全員分のバストアップ写真があるのに、俺の分だけない。
誰かと一緒に映っている集合写真に映り込むことはあっても、個人だけのものはなかった。
原作を見ているので理由は分かっている。
とはいえ、この部屋に入った俺が写真がないことに気づかないというのも不自然だから、怪しまれないように言及してみた。
「あっ、そ、れは」
マリアが気まずそうに視線を逸らす。
正確には、ベット脇の写真立てをチラ見していた。
俺はすぐに写真立てに気づく、ふりをした。
「その写真、ルーデウスの兄貴と……俺か?」
軍服姿のルーデウスと幼少期のデュランが映った兄弟写真は、ルーデウスの形見だ。
マリアはそれを大事にしていて、第15話の特攻のときにも胸に抱いていた。
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