第19話 この艦の乗員は皆、私の家族です
「――は?」
「これから二人で話し合います。少佐、よろしいですね」
「待て! いま分かったって言ったろ!?」
「あなたがびっくりするくらい分からず屋だということが、わかったと言ったんです」
ムスーっと、マリアが拗ねた顔をしていた。
……なんか滅茶苦茶怒ってる。しかもこんな人前で感情をむき出しにするとか、原作であっただろうか?
「お三方は一旦持ち場に戻ってください。ワグナー少佐はこちらへ」
マリアがつかつかとドアへ向かっていく。「あの、艦長?」ベテランの副艦長すら唖然としていた。
ドアから出て行く彼女を見送った男達は、責めるような表情を俺に向けてきた。
「ち、ちょっと待てぃ!」
俺は慌てて、彼女を追った。
***
コツコツと小気味良い靴音を立てながら、マリアが無言で廊下を進んでいく。
揺れるホワイトブロンドの髪を見ながら、俺は不信感たっぷりに聞いた。
「どこまで行くつもりだ。会議用の個室なら通り過ぎたが」
「私の私室です」
「部屋ぁ?」
俺が素っ頓狂な声を上げても、マリアは歩みを遅くすることはなかった。
「あなたに見せたいものがあります」
その台詞に、俺はハッとする。
(この流れ。まさか、まだ第13話の展開をなぞっている……?)
前世の記憶を思い出す。
間違いない、これは天ログ第13話のやり取りだ。
――デュラン・ワグナーというチームリーダーを失ったシェヘラザードは、
そこでマリアが新たにチームリーダーに任命したのが、シンヨウ・タカキだった。
プライドの高いアサミは反発し、自信のないシンヨウも命令を拒否する。
しかしマリアは、シンヨウこそがリーダーであるべきだと自説を曲げない。
苦悩するシンヨウに対し、マリアは二人きりで話そうと提案して、自室へと招いた――。
(シンヨウだから発生するエピソードだと思っていたんだが……偶然なんだろうか)
シンヨウは己の自信のなさからリーダーになることを断った。
それはスリーマンセルチームの運用を拒否したわけで、今の俺の話と同一だ。
対象人物は違うが、同じ話題を扱っているからこそマリアはシンヨウを説得したときと同じ行動に至った――そう考えればいいのだろうか?
漠然とした違和感を抱えて歩いていると、いつの間にかマリアの自室に付いていた。
彼女は指紋と網膜センサを通してドアを開ける。
「どうぞ」
入った部屋は、俺の部屋と構造が体して変わらなかった。
空母の中だから平均化されているのだろう。
部屋の奥にはもう一つ小さな部屋がある。
確かマリアはそこをベッドルームにしていたはず。
そして、その部屋に彼女の秘密がある。
「こちらは私の寝室です。少々見苦しいかもしれませんが、貴方に見て頂きたい」
マリアは寝室のドアを開ける。
視界に飛び込んできたのは壁一面の写真だった。
シンヨウ、アサミ、イリエス、副艦長、整備班長、マードック、そのほかにもこの空母に乗艦する全員分の顔写真と、数人が集まった写真が貼られている。
「これは……」
俺は驚いた、ふりをした。
前世の知識があったので知っていました、なんて言えない。
ましてや、お前達はアニメのキャラクターなんだと説明すれば、かえって俺の頭がおかしくなったと思われる。
いま移動都市に強制送還されるのはゴメンだ。
「この空母に乗艦している全ての乗員の写真です」
マリアは部屋に入り、壁に貼ってあるシンヨウの写真を慈しむように指で触れる。
「撮られた記憶はないんだが」
「そうでしょう。私がこっそりと撮影していたものですから。全員分を隠し撮りするのは大変でした」
マリアはくすっと、茶目っ気のある微笑をこぼす。
「何のためにこんなことを?」
「この艦の乗員は皆、私の家族です。だから家族の写真を残しておきたかった」
端から聞いていると意味の分からない発言だが、俺は既に彼女の真意を知っている。だから怖くも不気味でもない。
逆にシンヨウは物凄く動揺したことだろうな。そのときのあいつの気持ちを考えると、ちょっと面白い。
「貴方は私の経歴からご存知でしょう。私は以前、貴方の兄君であるルーデウス大佐の補佐官を務めていました」
「知っているさ。兄貴が戦死するその直前まで、空母ペンテシレイアで様々な任務をこなしていた優秀な将校であると」
「恐れ入ります」
俺が褒めても、マリアは一切の喜びもなく答えていた。
「では、これはご存知ないでしょう。私は一身上の都合により、ルーデウス大佐に引き取られた身なのです。いわば大佐は私の保護者でした」
「それは……知らなかったな」
嘘だけどな。
「帰るべき場所も肉親も居ない私は、軍にしか居場所がありません。戦場で生きるしか能の無い、軍の付属品のような女です。だから私は、この空母こそが帰るべき場所です」
「ここは君の家だから、俺達は家族扱いということか?」
「ちょっと違います。私と違って、皆には帰るべき場所、愛すべき家族がいる。私は絶対に、彼等をそこへ戻さなければいけません。一人も欠けることなく。そこで私は、任務中のこのときだけでも、預かっている皆を自分の家族と思い込むことにしました……部下でも仲間でもなく、守るべき対象であると制約することで、私はいつも気持ちを強く持てる。何の思い入れもない無味乾燥な軍という居場所を守ると、誓うことができる」
そこでマリアの言葉が止まった。
俺が何も言わずにじっと見つめていると、ようやく振り絞るように、呟く声が聞こえる。「――でも」
「私は、タカキ准尉を……シンヨウ君を、死なせてしまった。あの子には戻るべき場所も、家族もあったのに……私は、守れなかった。全員欠けずに戻すという誓いを、守れなかった」
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