第18話 あなたは本当に、デュラン・ワグナー少佐ですか

 毅然とした言葉だった。

 あまりにもハッキリすぎて、俺は一瞬止まってしまう。


「ネフィリム墜落時に現着するまでの時間が増える。その問題が解決されていません」

「だからそれは、シェヘラザードが中継機になることで対応すると言っている」

「人々の生命が脅かされては意味がありません」


 ゾッとするほど冷たく、そして美しい瞳が俺に向けられていた。


「12の管轄になれば、他部隊の現着速度は今より確実に遅くなります。いくら2部隊を投入できるとしても、敵の行動時間も増えます。よしんばネフィリムの落下地点にシェヘラザードが一番近かったとしても、他部隊と合流しVNを移管するタイムロスが発生する」

「それは……」


 確かに彼女の言う通り、そこは俺が計算を甘く見積もっている部分だった。


「遅れれば遅れるほど危険性が増すのですよ」

「――わかっているさ、そんなことは。こちらも承知で言っているんだ。しかし多少の遅れがあったとしても、2部隊分のVNを投入すれば被害を最小限に食い止められるだろう?」

「私が言っているのはロー・アイアスの負担や損耗の多寡ではありません」

「じゃあ何が言いたい」

「あなたは本当に、デュラン・ワグナー少佐ですか」


 疑うような台詞に心臓が跳ねる。

 まさか、なにか怪しんでいるのか。


「危険なのは、大地に残り生活を続ける人々のことです」


 マリアは、肩に掛かった綺麗なホワイトブロンドの髪を払う。


「“棄民”と呼ばれる、移動都市で生活できなくなった人々。あるいは自ら大地の暮らしを選んだ人々。そうした方々は世界中に点在しています。ネフィリムを放置すれば、そうした方々の命が危険に晒されるのです。悠長に2部隊を投入するほどの時間的余裕はありません。将来的に民を統べることになる貴方は、当然そうした視野をお持ちだと考えていたのですが」


 なんだ、前世のことに気づいたわけではないのか。

 少しホッとしつつも、同時に俺は少し困った。厄介な正論を突き付けられていた。

 天ログの世界の一般人は12ある移動都市で生活しているが、等級で区別されたカースト制度があったり、限られた土地を奪い合うような窮屈な暮らしを強いられている。

 たとえばアサミは第3等住民の生まれで、住んでいた場所も日の当たらない地下の貧民街だった。

 随分と辛い生活をしていたことが原作で語られている。

 主人公のシンヨウは第2等住民なので、現代の一般家庭みたいな割と緩い暮らしができている。俺は第1等住民なので不自由な暮らしはしたことがない。

 だからこそアサミはシンヨウや俺みたいな等級の人間を妬み、這い上がろうともがいている。


 だが、誰しもが努力できるわけではない。

 住む場所を追われたり、疲れ切って降りていく人達もいる。

 彼らは前世代のように大地に根を張り集落を作り、自給自足の生活を送っていた。

 それは、ネフィリムによって押し潰されるかもしれないという恐怖と引き換えの自由とも言える。

 マリアは、そんな人々をも気にかけていた。

 普通、移動都市の人間は都市内のことしか考えていない。

 なのに彼女は、人類を分け隔てなく扱う。差別も区別もしない。

 まるで聖母のようだった。


「……少佐。なにが可笑しいのですか」

「――え?」

「笑っています」


 マリアに指摘されて、俺は思わず口元を触る。

 確かに口角が上がっていた。


「いや、違う。これは違うんだ」


 慌てて手を振りながら口元を隠す。

 しまった、気が緩んでしまった。

 前世では、こういう凜々しくも情に厚いこの女性に惚れ込んでいたのだ。

 さすがマリア!ともう一人の俺が喝采を上げている。


「――たかが軍人風情が偉そうに、と思われたでしょう」


 なにか勘違いしているらしいマリアが、眉間に皺を寄せる。


「次期首長への無礼な発言をお許しください。ですがこの艦を預かっているのは、ロー・アイアス司令官より任命されたこのマリア・オフェリウスであり、あなたは私の指揮下に入る部隊のパイロットです。いくら移動都市防衛軍からの特務派遣であろうと、今は私の命令に従っていただきます」

「……君の責任感と忠義を、否定はしないさ。立派な志だ」


 俺は咳払いして気分を落ち着かせ、切り返す。

 マリアの感情はよく分かるし、何も間違ってはいない。

 だが、俺にだって退けない理由がある。


「それでも、理念だけで物事を解決することはできない現実があるんだ」

「すなわち、地上の人々を見捨てろと仰るのですか」

「大を守るために小を捨てる覚悟が必要になる、ということだ」


 許してくれ、棄民の人たち。

 最低なことをしている自覚はある。個人的な好き嫌いで俺は命を選別している。

 俺は、主人公を退場させてしまった責任を取るために、何が何でも第15話のディアブロ型を倒すつもりだ。

 絶対になんとかしてみせる。

 だが、本当にうまくいくかは分からない。

 あまりにも分の悪い賭けだろう。

 薄氷の上を歩くような危険な戦いに三人を巻き込みたくなくて、できれば第15話の時点では遠くに居てほしかったのだ。

 マリアはじっと俺を睨み付けていた。「艦長」副艦長が気遣って声をかけるが、まるで聞こえてないように黙り込んでいる。


「――わかりました」


 沈黙が永劫続くかと思えたところで、マリアがぽつりと呟く。

 俺は内心でホッと胸を撫で下ろす。


「どうやらワグナー少佐とは話し合いが必要なようです。申し訳ありませんがミーティングは一時中断です」

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