第17話 第13独立遊撃隊シェヘラザードの、解散だ

「現状、ネフィリムに対しては「共振」という手段で吸収を防ぐしか破壊の術がありません。よって標的を停止させるキーパー、他個体からキーパーを守るディフェンサー、標的を破壊するアタッカーという役割分担をするのが戦術として最適解となります。最も重要なのはキーパーがどれだけ敵個体を抑えておけるか。フォーマンセルをチームの基本とするのは、二体をキーパーとする、あるいは一体のキーパーを二体のディフェンサーで守るという図式が成り立つからです。スリーマンセルでは、作戦遂行の難易度は格段に上がるでしょう」


 マリアの説明を聞きながら俺は、まるでデジャブを見ているような感覚になった。


(これ、第13話か……)


 脱落した俺の代わりにシンヨウがリーダーに抜擢されたとき、マリアが説明していた台詞とまるで同じだ。

 しかし考えてみれば無理もない。マリアだって性格も考えも同じなのだから、同じ状況なら出力だって一緒だろう。


「ですが副艦長の説明通り、ロー・アイアスに余剰戦力はありません。また敵もこちらの都合を考慮してくれるわけではない。限られた兵器で最大限の戦果を上げなければなりません。でなければ、人類が滅びるだけです」


 マリアが俺を含めて場の全員を睥睨する。

 片目が眼帯で隠されているにも関わらず、刺すような威圧感があった。

 今までの俺はそれを、彼女の才能なのだと考えていた。

 類まれな長としての素質が雰囲気にも現れているのだろう、と。

 しかし事実は違った。相当な修羅場をくぐってきたからこそ生まれたもので、それは否応なく身についてしまったものなのだ。

 でなければ実年齢が17歳の少女に、大人を顔負けさせるほどの胆力が生まれるはずがない。

 別の意味で、俺は彼女を尊敬し始めていた。

 いや、35歳の俺斉藤政幸の感覚を引き継いだ、とも言えるだろうか。

 どちらにせよ彼女の言葉は正しい。

 正しい、が――。


「補給および増員の要請は常に打診し続けています。ですが、それを待っていては我々は戦場に向かうことはできない。ネフィリムの脅威を見逃すことにもなるのです。よって現時点では、スリーマンセルの運用を安定させるための戦術の改良が最適案であると考えます。まずこの資料を――」

「少し待ってくれないか、オフェリウス艦長」


 マリアが端末を操作して資料を共有しようとするのを、俺は手を上げて制止させた。


「何でしょうか、ワグナー少佐」

「俺からも1つ、提案したい」


 全員の視線が俺に集まる。

 俺はゆっくりと、自分の考えを告げた。


「第13独立遊撃隊シェヘラザードの、解散だ」


 場が沈黙し、どこかから聞こえる静かな駆動音だけが聞こえてくる。

 「……解散?」マリアが柳眉をひそめた。

 「そう、解散だ」俺は言い聞かせるように繰り返す。


「なにもスリーマンセルという危険な運用を行う必要はない。このシェヘラザードに搭載しているVNを、別の部隊に振り分ければいい。そうすれば残りの12部隊のチームが増員され、チームの作戦成功率も上がるだろう」

「な、なにを仰っているのですか?」


 珍しくマリアが困惑をあらわにしていた。


「それは独立部隊を一つ潰すことに他なりません。世界を13の管轄区域に区切って哨戒することで、ネフィリムの落下に対して迅速に対応することができるのです。12の区域にまで減らせば、一つの部隊が哨戒すべき範囲が広がります。それではネフィリムの落下時に早急に対処することができません」


 「艦長の仰るとおりですぞ、ワグナー少佐」副艦長が深く頷く。


「ネフィリム殲滅は時間との勝負。野放しにする時間が多ければ多いほど、奴らは大地や山や海の無機物を吸収し体積を増大させる。そうなれば一部隊だけで手に負えなくなる」


 そんなことは提案した俺がよく分かっている。

 分かっていて、押し通そうとしているんだ。


「早合点しないでいただきたい、二人とも。シェヘラザードを倉庫で眠らせるわけではない。シェヘラザードは13の部隊の中で一番足が速い最新鋭の空母だ。その特性を活かし、空母から空母への部隊運搬の役目を担う」


 全員がピンと来ていない顔だった。

 それはそうだろう。俺は更に説明する。


「ようは、ネフィリム対処には必ず2部隊を向かわせるということだ。近くの部隊が交戦中、シェヘラザードは増援に適した部隊からVNを受け取って現場へと運ぶ。逆にシェヘラザードが落下地点に近ければ、対処部隊からVNを受け取って現場へと運ぶ」


 「なぜそのような面倒なことを」と副艦長。


「空母の燃料消費を抑えるためだ。空母はVNの格納庫でもあり、数多くの戦闘員を乗せている。撃ち落とされるわけにはいかない。だからこそ燃料切れには敏感になっている。そこで、シェヘラザードを中継役として運用することで、他の空母を後方で温存できる。作戦が終了すれば、待機している空母に送り届ける。この方法であれば2部隊を無理なく投入できる。パイロット達にとっての負担も軽減されるだろう」


 「なるほど」感心したように頷いたのはマードックだった。


「少佐の説明通りであれば部隊の増強と、広がった管轄区間という問題への対応ができますね。考えたものです」


 いの一番に賛同するのがマードックだったことに若干嫌悪感があったが、俺は何とか取り繕って笑う。

 それに、意外なわけでもない。この男はイリエスの監視と堕天システムの発動が任務で、それが妨害されるような案でなければ普通の判断になるだけだろう。

 複雑な気分だったが、しかしこの流れは活かしたい。


「整備班長はどう考える?」


 ひげ面の男は腕を組み、その手で自分の顎をじょりじょりと撫でていた。


「うーん……そうさなぁ。この艦に残れば別部隊のVN整備を臨時で引き受けるって形になるわけだろ? やってやれねぇことはないが」

「では賛成であると」

「俺ぁ決める側じゃねぇよ。命令なら従うまでだ」


 いかにも軍人らしい答えだが、悪くはない。これならマリアも納得するだろう。


「どうだろう、艦長。この提案を元に本部に掛け合って――」

「私は反対です」

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