第16話 何を勘違いしていたんだ、俺は
自室に戻った俺は、ベットで横になって天井の回転ファンを眺め続けた。
歩いても気分転換にならなかったどころか、むしろ悪化した。
「……ちっ」
舌打ちしても苛立ちは収まらない。
俺は、どうすればいいだろう。
彼女達の涙に報いることが、何かあるだろうか。
責任を取って死ねと言われれば従ってしまいたい気分だが、そんなことをしても意味がないことは分かっている。
俺は、償わなければいけない。
デュランという仲間としても、斉藤政幸という作品の大ファンだった男としても、こんな最悪なんて望んでいない。
苛立ちと悲嘆がとぐろを巻く胸中は、胸焼けしそうなほど不快だ。
ポーン、と電子音が鳴った。
『ワグナー少佐。オフェリウスです。スリーマンセル構成のチーム運営についてミーティングを行います。ブリーフィングルームまでお越しください』
初恋だったアニメキャラの声も、今では感情を揺さぶられない。「……わかった。すぐ向かう」
気怠さの残る上半身を起こし、のろのろとブーツを吐く。こんなときでも日常は回る。物語の行く末を上手い具合に進めてくれる制作者は、どうやら存在しない。
俺達が考えて、決断しなければいけないらしい。
と、そのときだった。
俺の中で、天啓のような閃きがあった。
「……そうか。いないんだ。当たり前だ。何を勘違いしていたんだ、俺は」
いくらアニメ世界だとしても、俺達は誰かに操られているわけじゃない。
それぞれが独自に考えて動いた結果、収まるべきところに収まり、結果に結びつくだけだ。
シンヨウは主人公だった。けれど、彼を守ろうとする力は――辻褄合わせは発生しなかった。
当たり前だ、これは俺達の現実なのだから。
だったら別に、物語の構成を破綻させるようなことをしたとして、誰からも文句は言われまい。
俺は入口に向かう前に、床に落ちているノートを取り上げる。
それを机の上に広げて、思い出せる限りの「天ログ」の情報を書き込んだ。
***
艦橋のブリーフィングルームに到着すると、艦長、副艦長、整備班長、医療班長が揃っていた。
俺はそのうち、医療班長の男の顔を、視線に気づかれないよう確認する。
(――そうか、この段階ならあいつもこの艦に搭乗していたんだったな。バビロンから派遣されたイリエスの監視役、マードック)
副艦長と雑談している医療班長マードック・カジワラは、白衣を着て眼鏡をつけた清潔感のある三十代くらいの男だ。
人の良さそうな顔つきをしていて、邪悪さは欠片もない。
だがこの男は、イリエスを作った組織バビロンの所属で、俺達の協力をするふりをしながら堕天システムの発動タイミングを見計らっている。いわばスパイだ。
この男がこそこそ動いているのは、イリエスが生みの親たちから自分の使命を知らされていないからだった。
堕天システムはネフィリムの蓄えたエネルギーを逆に吸収し利用する術だが、それを使うとパイロットは精神崩壊を起こす仕組みになっている。
無事なのは、作中ではシンヨウのみだった。
余計な知識をつけると逃亡したり反逆する恐れがあるから、外部の人間が堕天システムのトリガーを握っている。
ようはこいつは、イリエスを生贄にしようとしているゲス野郎に他ならない。
第15話以降で正体を現してシンヨウやイリエスを追いつめるのだが――第12話が終わった段階の今はまだ、表向きの顔で過ごしているのだろう。
(まぁ今は見逃してやる。今はな)
そう考えていると、マードックが俺の方を向いた。
「どうしましたか? ワグナー少佐。僕の顔になにか?」
「……いえ、少し考え事をしていただけです」
俺は白を切ってブリーフィングルームの椅子に座る。
皆が集まったところでマリアが話し始めた。
「先にお伝えしていた通り、スリーマンセルのVN運用体制に関する摺り合わせを行います。しばらくは三体のみでネフィリム討伐を行う必要があるため、機体側とパイロット側の状況を把握している整備班長、医療班長にもお越しいただきました」
「事情は分かってるが、その前に艦長さん。やっぱVNの補充はできねぇのかい?」
発言したのは整備服を着た無精ヒゲで筋肉質の、いかにもガテン系な整備班長だ。
「三体で運用ってことはよ、欠けた一体分の負担を三等分して請け負うってことだぜ? VNの損耗率から考えて負荷が多すぎる。ただでさえ連戦で消耗してきてるってのによぉ」
「同感ですね」マードックが眼鏡のブリッジを中指で押しながら頷いた。
「パイロットへの負荷も見過ごせません。タカキ君の戦死によってヨースター准尉、イリエス准尉にも精神的な変調が見られます。ワグナー少佐、それはあなたにも言えますが」
マードックが目配せしてくる。「まぁ、少なからずは」俺はいつもの調子を保って答える。
「VNとパイロットを補充するのがベストな対応策であると具申します」
「貴兄らの考えはもっともではある」答えたのは副艦長だ。
老齢に差し掛かった彼は年若いオフェリウスを様々な面で補佐してくれる熟練の士官だった。声も渋くて、原作でも女性から割と人気があった。
その彼が、難しそうな顔で白髪を手で撫で付ける。
「補充はもちろん機構本部に打診している。だが承知の通り、VNの運用にはネフィリム・コアが必要だ。他の部隊でも捕獲を試みているが、今のところ成功している部隊はない。それにパイロットはともかく、VNの配備は功績をあげている部隊に優先的に回される。もし稼働できるVNが生産されたとしても、第1独立部隊か第6独立部隊に向けられるだろう」
副艦長の説明に、整備班長もマードックも黙り込んだ。
分かってはいたがやはりか、と言いたいような硬い表情だ。
「あなた方の懸念はよくわかります」
凛とした声でマリアが話を引き取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます