第13話 仲間が死んだんだ。当たり前だろ

 航空戦闘空母シェヘラザードは常に空を航行している。

 ネフィリムがいつ墜落してくるか分からない以上、絶えず空の上を巡回することで警戒を続けている。

 独立遊撃部隊は13隊あって、それぞれが独自の裁量で動き回り、宇宙に向けて監視の目を光らせていた。

 腕時計を見ると、時刻は深夜1時を回っていた。

 今頃空の上は星々が輝いているだろうか。この時間になるとさすがに乗員とすれ違うこともない。当直以外は寝静まっている頃合いだ。

 だから、その部屋に明かりが灯っていることに軽く驚いた。

 俺は息を潜めて明かりが付いている部屋――トレーニングルームに近づく。

 数々の運動器具が設置された広い部屋には、一人の少女の姿しかなかった。


(アサミ……?)


 栗色の髪をアップにまとめたスポーツウェア姿のアサミ・ヨースターは、ランニングマシンに乗ってひたすら走っている。

 額や首筋からしたたる汗の量を見るに、相当前から走り込みをしているようだ。

 俺は逡巡したものの、心配が勝ったので部屋に入った。

 ドアをノックする。

 アサミはビクリとこちらを振り向いた。

 俺の姿を確認すると眉をひそめる。

 ランニングマシンを止めて、肩にかけていたタオルで汗を拭った。


「……なにしてんの、こんな時間に」

「それはこっちの台詞だ」


 俺はアサミの方まで歩み寄り、ぐるりと周囲を確認する。やはり誰も居ない。


「深夜一時だぞ。万全の体調を維持するのもパイロットの務めだろう。疲労が蓄積した状態で、ネフィリムと満足に戦えるとでも思うのか」

「っさいわね。もう上がろうとしてたわよ」


 ランニングマシンの操作盤にもたれかかったアサミは、備え付けのペットボトルで水分補給する。「……あんたこそ」


「自分が休んでないじゃない。あたしは放っておいて寝たら?」

「ああ。お前が帰るのを見届けてから、そうする」


 アサミは露骨に嫌そうな表情を浮かべた。


「そんなこと言ってあたしの部屋についてくるつもり? ナンパしてんの?」

「そんなわけあるか。チームメンバーの体調を案じるのもリーダーの役目だ」

「はっ……チーム、ね」


 アサミは自嘲気味に笑った。


「そりゃまぁ、シンちゃん居なくなっちゃったもんね? これ以上メンバーが居なくなったらチームは瓦解する。あんたの戦績に泥を塗ることになる。そうなったら、移動都市に戻ったときも議会の連中に舐められちゃうか、そりゃ大変だ」

「俺は移動都市に戻るつもりはない」


 アサミにいつもの調子で――いや、いつも以上に鬱憤を叩きつけられたが、付き合うつもりはなかった。


「俺は選ばれたVN操縦者だ。その役目を果たす。一人だけ安全地帯に逃げるなんてことはしない」


 アサミはキョトンとした後、胡乱げに見つめてきた。


「あんた、本当にデュラン・ワグナー少佐殿ですか?」

「……なんでだ」

「だって、こんなに真面目でしたっけ? いや日頃からクソがつくほど規律に厳しくてあたしら階級の低い人間とは無駄話もしないザ・士官様って感じだったけどさ。近頃のあんたは、人が変わったみたい。なんていうか人間っぽい」

「まるで昔の俺が人間じゃなかったみたいだな」

「ほら、そういうところ。俺様を愚弄するのか、とか急に怒ったり、話通じなかったじゃん。今はコミニュケーション取れてる」

「本当にお前は、遠慮ってものを知らんな」

「それがあたしの美点でしょ?」

「お前の感性が正直うらやましいよ」


 俺は苦笑いする。まさにアサミの言うとおりだった。

 傲慢と差別のフィルター越しにシンヨウやアサミを見ていたから、こいつらと本音で話し合うことなんて無駄と考えていた。

 取っ払ったからこそ、自然体で話せている。


「あんた本当に変よね……あ、もしかして」


 軽口を吐いたアサミは、何かを思いついたようにニヤリと笑った。


「もしかして、あんたもシンちゃんが死んじゃったことに傷ついてんのかしら? へぇー、下々の人間に対してそんな感情持つんだ? 第一級市民かつワグナー家のおぼっちゃまが」

「……そうだな。さすがの俺も、あいつの死は堪えた。悲しいよ」


 今度こそアサミは絶句していた。

 きっといつも通り嫌味に対して俺が荒れる場面を予想していたのだろう。

 第三等市民であるアサミは、その劣等感から何かと突っかかってくることが多い。自分の中の苛立ちを少しでも解消しようとしているのだろう。

 なのに怒りを買うどころか受け流されたのだから、アサミ本人がどう反応したらいいか分からなくなっているに違いない。


「仲間が死んだんだ。当たり前だろ」

「で、でも。普段からあいつはトロいって馬鹿にしてたでしょ」

「そうだな。でも、分かったんだよ。あいつは凄い奴だったって」


 前世の記憶が蘇ったから、とはさすがに言えない。


「それはお前も同じだろう? アサミ・ヨースター。あいつを認めて、信頼してたからこそ、あいつの死に打ちひしがれている」

「は、はぁ? なんであたしが、あいつのことなんかで。お坊ちゃまほどじゃないけど、ぬくぬくと平和な世界で生きてきた、危機感の薄い唐変木なんて気にかけてたわけ、ないじゃない」

「嘘をつくなよ」

「嘘じゃない」

「ならなぜ、あんた“も”傷ついている、なんて言い方したんだ?」


 ハッとしたアサミは、すぐに視線を背ける。

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