第12話 俺が、死ねばよかったのか?

「くそったれが……!」


 机の上にある資料を全部払い飛ばす。

 俺は机の上で頭を抱え、金髪をガリガリと掻き毟った。


「駄目だ、このままじゃ……くそ」


 部屋に戻ってから俺は、これからのことに思索の時間を費やした。

 今はまだ第12話が終わった段階で、これからもネフィリムは襲撃してくる。

 先はまだ長い。戦いはまだ続いていく。

 むしろ、状況は絶望的だと言えた。

 この先の第15話は天ログのターニングポイントであり、大いに盛り上がった回だった。


 月から飛来した一体のネフィリムが消息を絶ち、次に現れたときそいつは凄まじい能力を獲得していた。

 驚くべきことに隠密行動を取ったネフィリムが人類の索敵から逃れつつ海の無機物を吸収し、そこで得たエネルギーで自分の肉体を強靱な形態へと進化させていた。

 まるで悪魔のような出で立ちになったネフィリム――通称ディアブロ型は、破壊の限りを尽くした。

 これまで計画性など皆無だと思わせた敵側に、何らかの考えがあるのだと初めて示された回だった。

 何より衝撃的だったのは、主人公側がまるで歯が立たなかったことだ。

 レイン・キグバス、サンナイト・ミッドはそれぞれ大破。

 シェヘラザードも追い詰められ、マリアは乗員に退避命令を出して、自分一人だけ空母を操りディアブロに突っ込み自爆した。

 その強大な自爆エネルギーでコアを破壊する算段だったが、あろうことかディアブロは無傷。マリアは無駄死にで終わる。

 一人残されたシンヨウは、狙われた故郷ジュライを守るために一人立ち向かう。

 しかし彼だけではどうにもならず、絶体絶命のピンチに陥った――そのとき。

 覚醒が起こった。

 VNに搭載されていたブラックボックスシステム、通称『堕天システムルシファザード』が発動。

 シンヨウの怒りに応えて第2形態になったマギ・ログリスは、ディアブロの身体を根こそぎ搭載したコアの中にしてしまう。


 敵を吸収するという意趣返しも驚愕だったが、その後の展開も凄まじかった。

 タイミングを狙いすましたかのように月から複数のネフィリムが飛来し、移動都市ジュライの上空を覆った。絶望する住民達。

 しかし覚醒したマギ・ログリスは、吸収したネフィリムのエネルギーを使って広範囲のエネルギー攻撃を天空へ放出。

 通称天穿の槍ブリューナクで上空のネフィリムを全て屠る。

 その光景は圧巻の一言だった。

 ――空母と仲間の機体を失い主役が覚醒するという怒濤の展開で、次の流れがまるで読めなくなり、第15話は神回だと評された。

 俺もイチ視聴者としてとても興奮したが、マリアを失った衝撃も凄くて学校を休んだりもした思い出の回だ。


 端から見るとカタルシスのある展開だろう。

 けれど、中の住人になった今では冗談じゃないと思わせられる。

 つまるところ、堕天システムがないと敵が倒せない。

 そしてそのシステムは、原作では主人公であるシンヨウしか操れなかった。

 第15話になった時点で、シンヨウを失った俺達に勝ち目などない。

 その後も物語の根幹に関わるそのシステムによって、幾度も窮地を脱する場面があった。

 シンヨウという主人公がいかに大切な役割だったかを思い知らされる。

 俺は憂鬱な気分を引きずりながら、散らかしてしまった資料を拾い上げる。

 そこにはデュランの知識と、35歳の俺斉藤政幸の知識を使って何とか破滅を回避しようと抗った痕跡があった。

 だが、解決策は何も出てこなかった。


「我ながら、こんなにも無力を感じたことはないな」


 自虐的に笑いながら資料を机に放り投げる。

 俺は椅子にもたれかかり、天井を見上げた。

 デュランとして生を受けて以降、俺はエリートとして突き進み将来を有望視された。

 何をやってもうまくいったし、他人を従えてきた。

 自分が無力だなんて思ってもいなかった。

 今は違う。何をやってもどうにもならないことがあると、気づいてしまっている。


「俺が、死ねばよかったのか?」


 虚空に問いかけても、返ってくる言葉はない。

 不意に、懐かしい感触がこみ上げる。

 これは前世で感じたもの――斉藤政幸として幾度も味わった敗北感だった。

 斉藤政幸は普通のサラリーマンだった。流されやすく、それでいて一丁前に責任感もあったものだから、損な役割を押し付けられた。

 お世辞にも成功した人生じゃなかった。何も報われずに死んでしまった。

 だからというわけではないが、デュラン今の俺は報われたくなったのだと思う。

 前世の俺は、マリアが生き残った世界を見たいと心から願っていたし、そういうifが描かれた二次創作も山ほど読んできた。

 平凡でつまらない人生を彩ってくれた彼女のために、何より頑張っていた前世の俺に報いるために、違う結末を描こうとした。

 そんな願いは、間違いだったのだろうか。


「シンヨウ……お前とだって、違う関係になれたかもしれないのに」


 少し前の俺はシンヨウのことを、うだつの上がらない民間人の少年で、適正な軍事訓練も受けていないと侮っていた。

 ハッキリしない態度にイライラすることも多かった。

 だが前世の記憶を通すと、彼の印象はガラリと変わった。

 シンヨウには隠された真実があった。

 実は幼少期、VN開発者の父親に虐待のように戦闘シミュレーションを叩き込まれ、しかもという人体改造を施されていた。

 それが堕天システムを引き出す要因だったことは後に語られる。

 シンヨウは極度のストレスでこの過去を忘れていたが、物語が進むことでこの真実に直面することになる。

 それでも彼は優しさを保ち、努力を続け誰かのために奮い立った。

 誰も恨まず、憎むことなく、手を差し伸べることを止めなかった。

 あいつはすごい奴だ。俺には真似できない。

 だからこそ、馬鹿にしてきたことを心から謝りたい。

 そして、できるのなら友人になりたかった。

 35歳の俺斎藤政幸が憧れたからじゃなく、デュラン今の俺が本心からそう願った。

 そんな未来は、永遠に失われた。


「――っ」


 視界がぼやける。俺は袖で目元を拭い、立ち上がって部屋を出る。

 一睡もせず悩み続けて、そろそろ気力も尽き欠けていた。

 気分転換でもしないとやってられなかった。

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