第10話 ……なんで、あいつだったのよ
「事実として確定していることは、我々がマギ・ログリスという貴重なVN一機を失うことになったことです。機体自体は修理すればまだ稼働させられるとの見解ですが、ロー・アイアスは現在ネフィリム・コアを保有しておらず、マギ・ログリスの再投入は絶望的です。部隊編成を調整してVN一機を回してもらうよう進言していますが、時間がかかるでしょう。体制が整うまではスリーマンセルチームで任務を継続せざるを得ません……パイロットの負担が増すことになりますが、艦長としては更なる奮戦を期待します」
「なんでいまそんな話なわけ?」
マリアの淡々とした説明に横やりを入れたのは、アサミだった。
「あいつが、シンヨウが死んだのよ。なのにすぐ今後のこと? ほかにないわけ?」
「上官への侮辱と取られるぞ、ヨースター」同席していた副艦長が嗜める。
「ネフィリム侵攻はまたいつ起きるか分からない。しかもVN一機を失っている。現状は決して楽観視できんのだ。先の話をすることの何がいけないことか」
「あいつのことになんで触れないのかって言ってんのよ!」
噛みついたアサミは、マリアを睨み付けギュッと拳を握りしめていた。
彼女は本気で怒っていた。
マリアは双眸を細め、少し間を置いてから答えた。
「……タカキ軍曹のことは、残念でした。民間人ながら立派に戦い抜いたと、部隊を代表して私から彼のご遺族に報告します」
「それだけ?」
「略式かつ徴用された身分とはいえ、彼はロー・アイアスに登録された立派な軍人です。二階級特進で准尉となり、遺族報償も支払われます」
「っ……! 金払ってお悔やみ言えばいいわけじゃないでしょ!? そんなことが聞きたいんじゃないわよ! アンタはどう感じてるのかってこと!」
「私の気持ち、ですか」
アサミと真っ向から睨み合うように、マリアが鋭い眼光を返す。
「感傷に浸りたい気持ちは、理解できます。ですが、私の感情を述べたところでネフィリムが退散してくれるわけではありません。我々は彼の死を乗り越え、戦い続けなければいけない。悲しむのは全てが終わったあとです」
「……はっ。あー、そう」アサミは気が抜けたように肩を竦める。
「艦長にとってあたしたちは駒だもんね。VNは貴重だけど、操作できるパイロットは他にもいるかもしれないしさ。だからあいつの死なんかより、VNが無くなったことのほうが一大事なんだ」
「それは……!」
俺は思わず口を挟んでしまった。
アサミに胡乱げに見られる。「なによ?」
「な、なんでもない」
視線をそらして誤魔化す。
マリアは決してアサミが思うような冷血漢ではない。
原作でそれを知っているからこそ擁護したくなってしまった。
けれど今のこの俺は、マリアの心境や過去なんて何も知らないことになっている。
擁護すれば絶対に変な空気になるに違いない。
「ヨースター准尉。あなたは誤解しています」
腕組みしたマリアは、言った。
「この空母に乗船している全員が、人類存亡という目的を果たすための駒に過ぎません。代わりはいるのです、あなたも、私も。あなたはそれを承知でパイロットになったのではないのですか? まさか特別な存在として優遇されるために来たわけではないでしょう」
アサミは何も言い返せず、舌打ちするだけだった。
「消耗品として扱われるのが不服なら、今すぐ船を下りることを推奨します。残るのであれば、戦士として前を向きなさい」
誰も何も言葉を発せず、艦橋にあるブリーフィングルームは機械の駆動音だけが響いていた。
気まずい沈黙の中、俺は皮肉な笑いが出そうになるのを堪えていた。
(まさか、シンヨウ抜きで第13話のやりとりをするなんて、な)
第13話では俺ことデュランが大怪我を負って除隊し、ヴェス・パーを代わりに操縦できるパイロットを選抜するまでの間はスリーマンセルチームになると命令があった。
そこでマリアがチームリーダーに選んだのは、シンヨウだった。
シンヨウはリーダーに抜擢されて階級も上がり、そのことにアサミが反発した。
シンヨウもシンヨウでそんな重大な責任は負えないと辞退しようとした。
そんな二人を、マリアはさっきと似たような言葉を語って黙らせた。
(主人公がいなくなっても物語は同じように続くってわけか? ……ちくしょう)
奥歯を噛みしめていると、マリアが資料をトントンと整えて小脇に抱える。
「話は以上です。イリエス准尉、ヨースター准尉は別名あるまで待機。ワグナー少佐は、スリーマンセルチームの移行に伴う戦術・戦略の調整がありますので、準備が出来次第ミーティングにお呼びします。では解散」
淡々と、何の感情も込めずに告げたマリアは、皆の間を通って部屋を後にする。
副艦長も自分の仕事に戻っていった。
「お前達はもう休め。疲れているだろう」
俺は二人にそう声をかける。パイロット二人は動かない。
イリエスは、窓から覗く空を見つめている。誰かに思いを馳せるように。
アサミは渋面で地面を睨んでいる。
「……なんで、あいつだったのよ」
アサミが掠れた声で呟く。
その言葉は、俺を責めているように聞こえた。
「ああ……本当に、そうだな」
俺は投げやりに吐き出す。
ぽっかりと穴が空いたような胸の奥は、ズキズキと激しく痛んでいた。
シンヨウは主人公だ。退場するような存在じゃなかった。
ここがアニメ世界なら、主人公は絶対に死なないご都合で成り立っているんじゃないのか。
あいつが居なければ物語は破綻してしまう。
人類が負けてバッドエンドに達してしまう。
それともこの世界は、第12話で誰かが退場するという筋書きさえ守れれば、別に主人公でも構わないということなのか。
だとしたら、シンヨウを殺したのは――俺だ。
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