第9話 デュラン! 危ない!

 ヴェス・パーを緑のハヌマーンの元に向かわせる。

 後で色々面倒になりそうな発言だったが、興奮が勝ってどうでもよくなっていた。


(これで運命は変えられる……!)


 自然と口元が緩んだ。

 緑のハヌマーン一体だけなら、通常のネフィリム破壊作戦と変わらない。

 戦闘に駆けつけたとき、マギ・ログリスは損傷しているものの何とか持ち堪えている状態だった。

 12話といえばシンヨウはようやく実戦に慣れ始めた段階だが、その類い希な操縦センスが頭角を現し始めている。

 だからこそ俺はシンヨウの成長に嫉妬し、抜かされまいと焦った。


(今の俺はもうお前に敗北感など覚えない。むしろお前が居たことに感謝するぞ! シンヨウ!)


 緑のハヌマーンは接近するVNが増えたことに警戒したのか、一気に後退した。

 距離を保ち、無機物を吸収して防御力を上げる算段か。


「させるかっ!」


 延伸攻撃を使ってハヌマーンの手を鷲づかみにする。


「長い手が仇になったな!」


 そのまま伸ばしていた腕を急速に収縮させる。

 地面を引きずられたハヌマーンの元にレイン・キグバスの槍状になった右手が突きささり、敵は地面に縫い止められた。

 そのとき、ハヌマーンが虚ろな口を大きく開いた。

 衝撃波の予備動作だ。

 「艦長!」俺はマリアに向けて叫ぶ。


『くらえぇ!』


 別方向から突進したサンナイト・ミッドの、刃状に変化した右手がハヌマーンの胴体を突き刺す。

 ビクリと震えたハヌマーンが、イリエスではなくアサミに向けて衝撃波を放った。

 だがその直前、両者の間に超硬セラミック製の盾が割って入った。

 空中にいる空母シェヘラザードから射出した防御壁が間に合った。

 盾がボロボロと崩れる。同時にハヌマーンの身体にもピシリと亀裂が入っていく。

 コアにダメージを入れた証だ。


「やったか……!」


 第12話はこれで終わりだ。

 俺は生き残れた。

 これで、第15話で特攻しようとするマリアを止めることができる。


『デュラン! 危ない!』


 シンヨウの慌てた声がコクピットに響いた。

 「え?」振り向くと、モニターにオレンジ色の長い腕が映った。

 さっき破壊したハヌマーンの腕?

 なぜ? 

 頭が真っ白になって動けなかった。

 だから、ヴェスパーの前に飛び出してきた黒い機体――マギ・ログリスの背中を見ても、何も反応できなかった。

 オレンジの腕――まさにが、ログリスの腹部を貫通し、更にコクピットのある背部ユニットを

 ずぶりと肉体に吸収された機体の部位はぽっかりと、えぐり取られたような跡だけが残る。


『シンヨウっ!?』

『タカキ君……!』

『タカキ軍曹!』


 アサミとイリエス、そしてマリアの叫び声がいっぺんにコクピットに響いた。

 モニターには崩れ落ちるマギ・ログリスと、オレンジの腕が映る。

 腕はボロボロと崩れ、跡形もなく消え去った。

 爆発音が木霊する。

 緑のハヌマーンの肉体が四散した。

 大地に落ちた肉片はすぐにボロボロになって消えていく。

 その間もずっと、俺は操縦桿を握りしめたまま動けなかった。

 二体のネフィリムは破壊に成功した。第12話が終わった。


 ***


「回収したマギ・ログリスの機体確認が終わりました。胸部に搭載したネフィリム・コアは全損。背部ユニットも、コクピットの大部分がしていることを確認しています」


 空母シェヘラザードに帰還してすぐ、俺達はブリーフィングルームに呼び出された。

 待ち受けていたのは、マリアによるマギ・ログリスの現状報告だった。


「なぜネフィリムの腕だけが動いたのか。そのような現象はこれまで確認されていませんでしたが、事実としてネフィリム――通称ハヌマーン型は、腕部のみによる自律行動を行いました。これは爬虫類などに見られる反射動作の一種ではないかと、本部の調査班は仮説を立てています。ですがあくまで検証の段階であり、事実は断定できていません」


 違う。俺は心の中でそう呟いていた。


(二体同一型のネフィリムだったからだ。おそらく双方のネフィリムはもう一体と機能を共有していたんだろう。原作でも、一方がもう一方を引き寄せて合体する描写があった。だからあれは、緑のハヌマーン型が破壊された方の身体を操っただけだ)


 答えはもう出ている。だけど俺は、口に出さなかった。

 説明すれば、どうしてそんな重要な情報を知っているのかと問われる。

 いまそのことを説明するだけの気力はない。

 それに、原因なんてどうだっていい。

 シンヨウが死んだ。主人公が死んだ。

 俺を庇って死んだ。

 その事実だけが頭の中をずっとぐるぐると駆け巡っている。

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