第7話 ちゃっちゃと片付けましょ。シャワーの途中なのよこっちは
途端、席に押し付けられるようなGを感じる。
ヴェス・パーは射出機によって空母から弾丸のように発射された。
放射線上に空を滑るヴェス・パーはすぐに落下のスピードに包まれる。
ぐんぐんと地上が近づく中、俺はフットペダルを踏み込んだ。
背部ユニットに備え付けられたバーニアのジェット噴射によって、落下スピードが弱まる。
「あそこか」
モニター越しに地上を確認する。
荒れた山の麓に大きな土煙が二つ立ち上っていた。
おそらくそこに二体のネフィリムが落下したのだろう。
バーニア噴射を調整しながらヴェス・パーを地上に着地させる。
振動がコクピットを揺らす。
モニターに映る光景は、瓦礫の山だった。
ネフィリムが落下した衝撃波のせい――だけではないだろう。
ここは元々街があって、それが破壊された。
目の前の山も何らかの衝撃で削れて大地が剥き出しになり、木々が枯れた跡がある。
過去、ここで大規模な交戦が行われたのだろう。
人々が移動都市に住むようになって、復興の目処も立たずそのまま朽ち果てようとしている。
(客観的に見たら悲惨だな、ほんと)
今まで生まれ育った世界を何の疑いもなく受け入れるだけだったが、
いつかこの世界も、前世と同じくらいに復興させたいものだ。
『アサミ・ヨースター現着』『イリエス現着』『シンヨウ・タカキ現着』
通信音声が次々に入ると共に、ドスンという振動が伝わる。
赤いVN――アサミのサンナイト・ミッド。
青いVN――イリエスのレイン・キグバス。
そして主役機であるシンヨウの黒いVN――マギ・ログリスが、それぞれヴェス・パーの周囲に降り立っていた。
「3機とも合図を待て」
俺は端的に告げながら、濛々と立ち上る土煙の方を注視する。
煙の中で蠢く何かがいた。それらがのそりと姿を現す。
一言で言えば、人型のスライム。
半透明の柔らかそうな肉体をゆらりと動かしながら、ネフィリムが現れる。
起伏のない形状をしていて、四肢には体毛や甲殻、器官らしいものが見当たらない。
ただアメーバのような肉がどろりとゆっくり動いているだけだ。
頭部には口と目にあたる器官があるものの、赤い目玉がくっついているだけで焦点がどこに定まっているのかよくわからない。
口も牙や歯がなく、空洞が空いているだけという感じだ。
虚ろな化け物――日本のアニメで見たデイダラボッチという神とそっくりだった。
『ほんとに二体だけね。ちょっと腕が長いくらい?』
アサミがそう観察した。
彼女の言うとおり、二体のネフィリムの腕部はこれまで観測された個体よりも細く長い。
さしずめテナガザルのような感じだから、作中では『ハヌマーン型』と呼称されていた。
『ちゃっちゃと片付けましょ。シャワーの途中なのよこっちは』
『慢心は禁物です、ヨースター准尉。時間が経てば奴らの体積は倍々で膨れあがる』
その声は艦長のマリアのものだった。
現場の指揮は俺が執っているが、全体の戦略はマリアの差配に委ねられる。
彼女の言うとおり、ネフィリムの半透明の肉体に瓦礫や土や鉱石がずぶずぶとめり込み、内部へと吸収されていた。
奴らは無生命体を際限なく吸収する性質がある。
放っておくと超巨大化する。
そこまでいくとこちらの攻撃は分厚い肉の壁に阻まれ、弱点であるコアを攻撃することも困難になる。
ネフィリム退治は時間との勝負だ。
「――くるぞ」
俺はモニターに映るネフィリムの足下を見ながら言った。
二体のネフィリム――半透明のオレンジ色と緑色の化け物がぐぐっとしゃがみこんだ。
「散開!」
俺が叫ぶと同時に、二体のネフィリムが猛スピードで飛びかかってくる。
俺はスティック型操縦桿とフットペダルを駆使して、ヴェス・パーを横っ飛びに回避させる。
だが着地して振り返るとすぐそこに、オレンジのネフィリムがいた。
長い腕を鞭のようにしならせて振り放ってくる。
両腕で防御。
更にその両腕に人工筋肉を集中させ防御力をアップさせる。
衝撃はあったが、耐えた。
VNの人工筋肉は思念によって自由自在に操作できる。
移動速度を上げたければ脚部に集中させ、受け止めたければ衝突部位に集中させ、攻撃力を上げたければ武器のような形状に変形させる。
ネフィリムと肉弾戦をするために編み出された戦法だ。
俺は素早く攻撃コマンドを入力する。
放ったヴェスパーの蹴りは、しかし呆気なく躱された。
そこに青いVN――イリエスのレイン・キグバスが援護に来る。
ぐるんと、ネフィリムの頭部がレイン・キグバスに向けられた。
『オアアアアアアアアアアアアアアア!』
金切り声のような叫びと共に、ネフィリムの口から衝撃波が放射される。
飛びかかっていたレインキグバスはまともに食らって吹き飛ばされた。
「イリエス!」
叫びながら攻撃コマンドを入力。
ヴェスパーが振りかぶった腕が伸びて、オレンジのハヌマーンへ迫る。
変幻自在の人工筋肉はこうして腕を伸ばす中距離攻撃も可能とする。
奴は嘲笑うかのように崩壊したビルの瓦礫に飛び移る。
だがこれでイリエスとは距離が開いた。
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