第5話 マリア……やっぱり君を死なせることはできない
アサミがそう提案しているのは、ネフィリムのコア部分を確保することが対ネフィリム都市群複合軍事機構<ロー・アイアス>の目的の一つだからだ。
それをネフィリムに叩きつけると、ネフィリムはVNのことを「味方」だと判別し、吸収機能が一時停止する。
これを「共振」と呼称している。
ネフィリムへの唯一と言っていい有効な戦法だが、難点が一つある。
それは、
ネフィリムを倒すのは一筋縄ではいかない。
ましてやコアを無事な状態で入手するのは至難の業になる。
だからこそロー・アイアスはコアを入手したパイロットに勲章を授与し、昇進が約束されている。
第三等住民という貧民街出身のアサミにとっては、自分の地位を少しでも上げるために魅力的な報酬なのだろう。
気持ちは分かるが、今回の敵はそんな簡単な連中ではないことを俺の記憶が知っている。
「駄目だ。二体だろうと確実に仕留める。コアを取るのはチャンスがあったらにしろ」
「へー? 臆病風なんて、やっぱり体調が悪いんですか隊長」
「十分に健康だ。二体とはいえ相手はネフィリム。舐めプしてると足下を掬われるぞ」
「……舐め? なんて?」
「相手を見くびるなと言っている」
あっぶね。現代言葉がこっちで通用するはずがなかった。
「私もワグナー少佐と同意見です」
マリアが俺とアサミを見比べて言う。
「二体だからこそ迅速に破壊すれば被害は最小限に抑えられる。それこそが我らに求められた使命です」
俺はマリアの冷静な判断に大きく頷く。さすがだ。
アサミは面白くなさそうな顔をしていたが、そうなるのも仕方がない。
これまで戦ってきたネフィリムは十体同時出没なんてこともあった。
二体というのはかなり少ない方だ。下心が覗いてもおかしくない。
(分かるよ、アサミ。本来は俺もお前に同調してたからな)
原作では、コアを狙おうと提案したアサミに俺が乗っかっていた。
マリアやシンヨウは危ないと止めてくれたが、俺は聞く耳を持たなかった。
父親の除隊命令とシンヨウへの嫉妬で躍起になった俺は、コアを奪い取ることで武勲を上げようとした。
そうすれば隊を去らなくてもいいと思っていた。
しかしその油断が命取りになって、原作の俺は両足切断という状態になってしまった。
結末が分かっているからこそ、同じ轍は踏まない。
いやまだ踏んでないんだけど。
(……よし、決めた。退場は、しない)
俺は説明を続けるマリアの顔を盗み見る。
凜々しい横顔で語る彼女はとても綺麗だった。
胸の奥で甘い苦しさが生じる。
(今まで何とも思わなかったのに、不思議だな)
俺ことデュランは女に興味がなかった――と言うと語弊があるな。
女に興味を持とうとしていなかった、が正しい。
ワグナー家の跡継ぎとして、許嫁の女性を娶ることが決められていた。
つまり許嫁以外の女とは全て破局する運命だ。
遊びで終わるような関係は馬鹿馬鹿しいだけだと、俺は勉学と訓練のみに力を注いできた。
シンヨウ視点だとプライドの高い嫌な男だったが、誠実だったと付け足してくれてもいいくらいだな。
まぁその努力がシンヨウに覆されたのが屈辱だったわけだが。
そういうわけでマリアに対しても特別視していたわけではない。
年だって26歳と18歳で、8歳も年が離れている。
上官としか見ていなかった。
けれど――
彼女の実年齢が17歳であることを。
マリアはアサミと同じ第三等住民――移動都市の労働力として酷使される貧民街の出身で、移動都市オクトバーの軍部研究所に売られた過去を持つ。
彼女はそこで非道な人体実験を受けた。
研究所が進めていたのは、VNの即席パイロット養成方法だ。
ネフィリム・コアほどではないが、VNを操れるパイロットも数を揃えることが難しい。
コアと反応する特殊な脳波であるFP波の持ち主は、先天的な素養でしか生まれない。
俺も偶然その素養があったからVNパイロットに抜擢されることになった。首長の息子すら使うという状況が、その絶対数の少なさを物語っている。
研究所はその脳波を増幅しつつ、戦闘に耐えうる状態まで肉体を急成長させる薬物を開発していた。
いつ人類が滅亡するか分からない以上、パイロットの確保は急務だったのだろう。
マリアはその研究の実験台にされた子供たちの一人で、急激な成長による負荷で左目を失明している。
更にFP波も思ったほど出力されていないことが分かったことで、廃棄品として捨てられてしまった。
天ログはこういうダークな設定がそこかしこにある。
前世でも胸糞に感じる話だったが、こうして作中の人間になった今は反吐が出るほどおぞましい。生身の人間として存在を感じるからだろう。
だが、マリアの運命はそこから転機が訪れる。
廃棄された実験体は、見た目は成人だから慰み者として将校が買うことが多かったらしい。
彼女も例に漏れず将校に買われたが、その相手が俺ことデュランの腹違いの兄――ルーデウス・ワグナーだったのだ。
ルーデウスが彼女を買ったのはその才能を見込んだからで、マリアは軍人の知識・技能を彼から教わった。
更にはマリア・オフェリウスという偽の身分を与えられ、ルーデウスの補佐官として活躍した――というのが、ルーデウス主役のスピンオフで語られた内容だ。
言うなればマリアは
本来、原作のこの時点で
けれど、全てを知った今は、放っておけない。
(マリア……やっぱり君を死なせることはできない)
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