第4話 今のは、そう、寝ぼけていただけだ。

「到着されましたか、ワグナー少佐」


 部屋の入口で立ち止まっていると、空母の副艦長から声をかけられた。

 艦長を補佐している50代後半くらいの背の高い男だ。

 こういうサブキャラにもいちいち感動してしまうな。


「すまない、遅くなった。はじめよ――」


 いつもの口調で歩みを進めたとき、その女性が視界に飛び込んできた。

 サラサラのホワイトブロンドのロングヘア。

 身長は決して高くないのに、その佇まいからモデルかと錯覚しそうなほどの引き締まった体型。

 小顔だが、から漏れる覚悟の決まった眼光は、良い意味で愛嬌の欠片もない。

 二十六歳という年相応の見た目にも関わらず、艦長という肩書きを一発で納得させる雰囲気を身に纏っている。

 なにより、俺の目には輝いて見えた。


「マリア」


 バッと四人が俺の方を向いた。

 シンヨウは驚愕したように眉を上げ、副艦長は訝しみ、アサミは「はぁ?」と困惑の声を上げ、イリエスは変わらず黙っている。


「いや! これはちが……!」


 しまった、つい前世の癖で名前呼びしてしまった。


「……ワグナー少佐」


 凛とした涼やかな声が、女性の口から漏れる。


「貴殿が栄えあるワグナー家の跡継ぎであり、いずれ十二都市の一角を担う首長になられるお方であることは、私も心得ています。上に立つ者は民衆に対し謙遜する必要はないでしょう。しかし現在は第13独立遊撃部隊に配属された将校の一人でしかなく、私の指揮下に置かれている身であることをお忘れなく。上官への無礼に当たりますし、将来的に誤解を生みそうな態度は慎んでもらうようお願いします」

 

 理路整然とした窘めの言葉がスラスラ出てくる。

 片目でジロリと睨み付けてきたマリアに対し、俺は精一杯に頷く。


「わ、わかっている。今のは、そう、寝ぼけていただけだ。分別は弁えているつもりだ、オフェリウス艦長」


 咳払いして地球儀の前まで歩み出る。

 危ない、前世の感覚に引っ張られてしまった。

 今はデュランらしく振る舞っているが、なんとなく違和感がある。

 たぶん敬語を使っていないせいだ。

 もともとジュライ防衛軍からの特務派遣なので、マリアであっても敬語は使っていなかったが、サラリーマン的には上司に敬語を使わないのはアウトだという感覚がある。

 ちょっと慣れる必要があるな。


「なんだ、艦長に手を出したわけじゃなかったのね色男」


 隣のアサミが頭の後ろで手を組んで意地悪げに笑う。

 相変わらずだなという呆れと、そうそうアサミっぽい台詞だと楽しむ感覚が同時にやってくる。ううむ。

「……私語を慎めヨースター准尉」いつもの調子を心がけて言う。


「単に間違えただけと言っただろう。それに俺は女に手を出さん」

「へぇーじゃあ男色の方? シンちゃん狙いっすか?」


 「え!?」シンヨウが振り返る。なんですぐ信じるんだお前。


「なにを馬鹿な……これだから訓練兵上がりは」


 言ってから、しまった、と思った。

 この発言は地雷だ。

 昨日までならともかく、今の俺は彼女の出生をすべて知っている。


「なによ、またその差別? そりゃ将官候補かつ御曹司のあんたと比べれば育ちは悪いでしょうがね、あたしみたいな程度の低い女とあんたで戦績に違いありましたっけ? むしろそんな雑種に散々助けられてその言いぐさは都合のいい記憶してますねぇ」

「それに関してはいつも感謝している」


 「へ?」アサミが意表を突かれたようにポカンとした。

 言い争いを窘めようとしていた副艦長も、出鼻を挫かれたように目を丸くしている。


「だがここは軍だ。余計な摩擦を生むような言動は慎め、と言っている。俺も、さっきの発言は軽率だったと思う。すまない」

「な、なによそれ……きもちわる」


 アサミが気味悪げに視線を向けてくる。


「なんだか、デュランぽくないね」


 シンヨウが驚いたように言う。

 俺はとっさに誤魔化す。「いつも通りだろ」

 なにか変な感じになってしまったが、過去を知っている分もうアサミを真正面からなじる気にはなれなかった。

 しかし今みたいに人が変わってしまったかのように捉えられるのは、注意したほうがいいかもしれない。

 前世の記憶が蘇ったんです、そしてあなた達はアニメキャラだったんです、なんて言えば頭がおかしくなったとみなされて野戦病院に送られかねない。


「よろしいですか、ワグナー少佐」

「ああ、話の腰を追ってしまったな。はじめてくれ艦長」


 マリアは頷き、地球儀に触れる。

 くるくると回った地球儀のある一カ所が光り、そこが拡大映像として中空に表示された。


「07:00に監視衛星より入電があり、ネフィリムの降下を確認しました。確認できた数は二体。最短時間で落下地点に到達できる部隊は我が「シェヘラザード」になります。これより第十三独立遊撃部隊はネフィリム落下直後より交戦状態に移行し、目標二体を殲滅します」

「はいはーい。捕縛はしないの?」


 アサミが手を上げる。


「二体だけなんでしょ? 楽勝じゃん。コアを取り出せたら勲章もらえるしさ、狙わない手はないでしょ」

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