第2話 ちょっと待て、整理だ。落ち着け俺様

「ちょっと待て、整理だ。落ち着け俺様」


 ベットに座って独白した瞬間、かーっと恥ずかしくなった。


(お、俺様とか使ってたのか……うわぁ)


 デュランこと俺はたまに一人称に「俺様」を使う。

 幼少期の名残で、今までは何とも感じていなかったが、35歳の俺斉藤政幸の知識が入り込んだことで、あまりに幼稚な一人称という自覚が芽生えてしまった。


「くそ、今はそんなことはどうでもいい!」


 頭を振って恥ずかしさを頭の隅に追いやる。考えることは山ほどある。

 部屋を見回す。殺風景で無機質な造りのユニットの個室を誤魔化すように、煌びやかな調度品や分厚い書籍をつめた本棚や天蓋つきのベッドを押し込んでいる。

 なんというか、ちゃんと見てみると悪趣味だな。

 大人だった前世の思い出があるせいか、余計に居心地が悪い。そのうち変えよう。

 なぜこんな風景にしたかと言うと、少しでもリラックスしたかったからだ。

 ここは「航空戦闘空母シェヘラザード」の中。

 いつどこで戦闘が始まってもおかしくはない。

 この部屋は待機場所であって、その役割から設備は最小限に抑えられている。

 ちょっとでも自分の気分を落ち着かせたいと思うのは、自然なことだろう。……悪趣味だけど。

 今も俺を乗せた空母は、約一万メートルの上空を悠々と飛行していた。

 数ヶ月にも及ぶ哨戒任務をこなしているので、ほとんど空の上から降りることはない。

 当然、ここに居る俺も軍人だ。

 全ての移動都市から選りすぐりの戦士を集めた、対ネフィリム都市群複合軍事機構<ロー・アイアス>の第13独立遊撃部隊<シェヘラザード>に所属する、ヴァリアブル・ノイドVN専属パイロット。

 そして、天ログの主人公であるシンヨウ・タカキが所属するチームのリーダを務めている。


 ……と、今までは大仰な所属の職業軍人(かつ人類のために戦う英雄)として自分を認識していたが、まさかアニメ作品の設定だったとは。

 なんだか複雑ではある。

 だが、人類存亡の危機は本当だ。

 俺が生きているこの世界は、決してフィクションでは済まされない。

 ここで見聞きした生と死は、すべて本物だった。

 アニメだとか笑い飛ばす気にはなれない。

 『天閃のマギ・ログリス』は、ジャンルで言えばSFロボットアニメになるだろう。月に空いた大穴から出現する<ネフィリム>という化け物と戦うため、そのネフィリムコアを組み込んだロボット――ヴァリアブル・ノイドVNを使って、人類は絶滅一歩手前の攻防戦を繰り広げていた。

 ネフィリムの脅威は、原作通りだ。

 奴らは「波動存在オーバーロード」という地球外生命体が送り込んだ殲滅兵器で、地球に降り立ったネフィリムはを際限なく自分の身体に取り込んでエネルギーに変換していく機能を持つ。

 水も土もコンクリートも全てを体内に吸収しながら体積を増大させ、吸収を続ける限りはほぼ無限に活動する。

 人間を含む生命体は吸収されないが、代わりに巨大化した手足で蹴散らされるか踏みつぶされるだけだ。

 まさにと戦っているに近い。


 ネフィリムの厄介なところは、地球というから無限にエネルギーを接種できることだ。

 自然物はもちろん、近代兵器のほとんどが弾を打ち込み対象を破壊するという仕組みだから、ネフィリムに効かないどころか餌にされてしまう。炸裂弾もナパームも大した効果がない。

 打開策は、吸収を上回るほどの強大な破壊エネルギーをぶつけること。

 そのために大量の広範囲爆撃が多様され、核兵器も使われた。

 しかし、それらの方法は人類にも諸刃の刃だ。

 使いすぎれば大気を汚染し都市を破壊する。

 現にこの30年間の戦いで、人類は国という形を維持できず<移動する都市>を作り、大気汚染がなくネフィリムから逃げられる場所に住むようになった。

 これ以上の汚染は避けなければいけない。

 そこで生まれたのが、ネフィリムのコアを使ったVNだった。

 ネフィリムが吸収できないものは生命体と、そしてという解析結果が出ている。

 そのためネフィリムコアの<共振>という機能で吸収を阻害し、その隙に対象を破壊できる人型駆動兵器が製造された。

 人類はそのVNを効果的に運用し、かつ月から飛来してくるネフィリムに即座に対応するため、航空戦闘空母を使って日々襲撃に対応している。

 俺はVNのパイロットとして、すべてのネフィリムを破壊するために空母に乗っている。

 この地獄を終わらせるために。人々が安心して暮らせるために。

 その悲願は、前世である「政幸」の記憶のおかげで、可能であることは分かった。いや、、と言えるか。


「まさか、シンヨウの奴が救世主とはな……」


 苦笑いが浮かんでくる。

 俺こそが人類を救う人間だと思っていたのに、軟弱者と侮っていたシンヨウが主人公で、あいつこそが必要な人間だったなんて。

 冗談みたいだ。

 デュランとして生きてきた俺は、正直悔しいと思っている。

 だが、憎んだり恨む感情はまるでない。

 それは35歳の俺斉藤政幸が、あいつの苦悩と頑張りをずっと視聴者側から眺めていたからだ。

 あいつは俺みたいに自信過剰で自惚れたりせず、人の死を嘆き悲しむ感受性を持ち続けて周囲の信頼を得ていた。

 血反吐を吐いても誰かのために戦った。

 誰もが、あいつならと言わしめた。

 俺は、負けて当然だ。

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