天牢のマギ・ログリス~前世の記憶を持つライバル、主人公がいないアニメ世界を救うため暗躍する~
伊乙式(いおつ しき)
第1話 俺……あの、デュラン・ワグナーだ
視界がチカチカしている。身体は物凄く痛い。頭は茹で上がったような熱さで、締め付けるような頭痛に始終襲われているというのに、手足がびっくりするくらい冷たくて、身体の芯が凍るようだった。毛布にくるまっていてもガタガタと体が震える。
「……死ぬ、かも」
天井を見つめながら独白する。
激しく咳き込む。喉が焼けるように痛い。ヒューヒューと、途切れるように息を吸い込むのがやっとだ。
自分がヤバい状況だってことは分かっている。二日前くらいに発熱していたが、仕事のため無理して夜遅くまで動き回った。あ、これマズいかも、と思って仕事を切り上げ自宅に戻った頃には、全身の倦怠感と共に40度まで発熱していた。
きっとアドレナリンが切れたんだろう。こうなる前に病院に行っておけばよかったのだろうが、仕事に忙殺されてそれどころじゃなかった。
(誰かに……助けを……)
もう動けそうにない。誰かに来てもらわないと。そう考えても、その誰かが思いつかない。
なぜならここは、外国だ。日本じゃない。
海外赴任中で単身で乗り込んでいるから、近くに日本人の知り合いがいない。親族は海の向こうだ。
救急サービスを使うべきだろうが、頭がくらくらしていて、タダでさえ拙い英語力で色々説明したり誰かと会話できる自信がなかった。
あとは同僚に頼るしかないが、現時刻は真夜中。知っている携帯番号はすべて業務用で、私用の番号を交換した人間がいない。
仕事仕事でドライに割り切っていたのが裏目になった。海外はこういうことがあるからコミュニティに属しておけと上司から忠告されていたのに。
完全に詰んだ。
「俺……終わるのか……」
咳き込みながら、俺はこれまでの人生を振り返った。
俺――斉藤政幸は35歳にして、独身。仕事一筋で生きてきた、と言えば格好良いが、本当は夢もやりたいことも無いから適当に生きてきただけだ。気づいたら友人たちは結婚して子育てしたり、自分の目標や夢を追いかけていた。
一丁前に役職だけは上がっていたから海外担当に抜擢されたが、別にやり甲斐があったわけじゃない。
俺は何も、大切なものを手にできていない。
このまま終わりたくない。
枕元の鞄に手を伸ばす。もう日本に助けを求めるしかなかった。それで誰かを寄越してもらおう。向こうは朝で、連絡はつくはず。時間がかかっても仕方ない。
鞄を取ろうとしたが、うまく掴めなくて床に落ちる。笑えるくらい力が入らないな。
咳き込みながら、床に落ちた鞄に手を伸ばす。携帯電話を取ろうとして――ふと、違うものに目が行った。
それはアニメキャラクターのアクリルスタンドだ。ホワイトブロンドのストレートの長髪に、片目を眼帯で隠しているのが特徴的な、軍服姿の成人女性キャラクター。
俺が大好きなアニメキャラで、青春時代からずっと最推しで、密かに持ち歩いている。マリア・オフェリウスという名の、俺の想い人。
アニメタイトルは『
荒廃した地球を舞台に、月から飛来する化け物と戦う本格的なSFロボットアニメ。高校時代に放映されたその通称『天ログ』と呼ばれるアニメは、続編1作と映画3作と多数のスピンオフが作られるほど人気の作品だった。
その中でこのマリア・オフェリウスという女性は、主人公の上官かつ配属された航空戦闘空母を指揮する女艦長という立場だ。メインヒロインではないし、何ならアニメの中盤で主人公を守るために敵に特攻して死んでしまった。その後のスピンオフ作品で幾らか触れられることはあったが、物語のメインに据えられたことはない。
いわゆる、扱いが不遇のキャラ。当然、人気もさほどじゃない。
それでも俺は、このマリアという女性が好きだ。
彼女の生い立ちは凄く悲惨で、最後まで幸せにはなれなかったけれど、そんな辛さをおくびも出さない気高さと主人公に見せた儚げな笑顔に惚れた。
俺の初恋だった。
以来、俺はずっとマリア推しだ。数少ない彼女のグッズを買い支え、二次創作を読み漁り、数少ない公式の供給を夢中になって集めた。
現実にこんな人がいたら――それはそれでついて行けなかったかもしれないが、心の中で俺はずっと、彼女のような女性に出会いたかった。そして、幸せにしたかった。
俺は携帯ではなく、マリアに手を伸ばす。彼女を抱えていたら何とかなりそうな気がする。もし病院に運ばれたとして、彼女を誰かに雑に扱われるのも嫌だ。
そうしてアクリルスタンドを手にしたとき、バランスを崩してベットから落ちる。変な声が出て、振り絞った気力が根こそぎ霧散していくのを感じる。
俺はただマリアを握りしめて――意識は暗闇に落ちていった。
***
知らない天井が見えた。
いや、知らないわけがない。これは俺の部屋だ。眠りにつく前、何度も見上げている天井だ。
じゃあさっきまで見ていた景色はどこだったのかと言えば、夢だ。夢の景色だ。
俺は夢を見ていた――と、言い切ることができない。
上半身を起こす。シルク生地の寝間着が擦れる音がする。自分の手を眺めた。さっきまでの俺はスーツ姿だった。手足も成人男性の大きさだったのに、今やすっかりと細く、白くなっている。
いや、そうじゃない。俺は変わっていない。だって俺はまだ18歳だ。急に縮んだわけじゃない。
なのにこの違和感。俺が生きてきた思い出の中に、もう一人の俺の情報が混ざってきている。
俺はベットから抜けだし、部屋に備え付けてある鏡を覗き込んだ。
映っているのは、金髪碧眼の少年の顔。線が細く華奢で、少し神経質そうな鋭い目つきをしているが、イケメンの部類には入るだろう。痩せているわけではなく筋肉もちゃんとついているし、背だって高い。35歳の中年とは大違いだ。
俺はずっとこの姿で生きてきた。自分が成長してきた過程も覚えている。今更自分の姿に驚くわけがない。
だというのに、今日このときの俺は、自分の顔面に驚かずにはいられなかった。
「嘘だろ……」
この顔に、見覚えがある。
「俺……あの、デュラン・ワグナーだ」
両方の記憶と照らし合わせてみても、間違いない。すべての情報が、アニメ作品のそれと一致する。
どうやら
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