第3話 城を探索していたら、新たな仲間に出会った件
「さて、どこまで続いてんだ、この城……」
魔王アークノアこと、元・大学生の荒久空(あらく そら)は、城の長い廊下を歩きながらぼやいていた。
このあいだは自分の力を確認するつもりが、城のあちこちを破壊してしまい、魔族たちからはその強大な力に歓声を送られたものの、実際は本人もまだ完全にこの世界に馴染んでいるわけではない。
ふと気づけば、廊下の壁には豪華なタペストリーや古びた絵画が飾られ、足元は赤い絨毯が広がっている。
普段の生活では見かけないような装飾品に囲まれ、空は少しだけワクワクしていた。
(せっかく魔王に転生したんだから、この城も見て回らなきゃ損だよな)
魔王城は思っていた以上に広大で、今の空にはまだその全貌がわからない。
広いことはもちろんだが、どうやらこの城には数百年の歴史があるらしい。
転生前の生活とはまるで違うが、せっかく手に入れた「魔王の城」だ。
探検しない手はない、と彼は意気込んでいた。
「さて、どこから回るかな……」
歩き始めてすぐ、彼は城内の複雑な構造に少しばかり戸惑いを感じていた。
廊下は分岐が多く、やたらと長い上に、何か不思議な力で満たされているような感じがする。
少し進んでは引き返し、別の道に入ってみるものの、気がつけば同じ場所に戻ってきている。
「……もしかして、迷ったか?」
呟く声が廊下に響いたそのとき、後ろから足音が近づいてきた。
そして、空が振り返ると、そこには長い黒いローブをまとった白髪の年配の男が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「ご機嫌よう、アークノア様。城の探索中でいらっしゃいますか?」
その物腰の柔らかさと、落ち着き払った雰囲気に、空は一瞬たじろいだ。
相手は明らかに長年この城に仕えているような風格があり、背筋をピンと伸ばしている。
「あ、ああ、そうだ。少し城を見て回ろうと思ってな。もしかして、君は……?」
「はい、私はゼベル。この城で執事を務めております」
ゼベルは丁寧にお辞儀をし、そのまま空をじっと見つめている。
彼の瞳には長年の経験が積み重ねられているような奥深さがあり、ただの執事というには少し異様な雰囲気を感じさせる。
「執事……そうか、君みたいな人がいるなら、最初から案内を頼むべきだったな」
空が照れ笑いを浮かべながら言うと、ゼベルはくすりと微笑んだ。
「お気になさらず。何しろ、アークノア様は復活されたばかりですから、まずはご自身でこの城を知るというのもよろしいかと思います」
「なるほどな……じゃあ、せっかくだし、いろいろ案内してもらえるか?」
ゼベルは軽く頷くと、空を先導するように歩き始めた。
歩きながら、彼は魔王城の歴史や各部屋の役割について説明をしてくれる。
「こちらが謁見の間でございます。歴代の魔王たちはここで、外部からの訪問者を迎え入れてきました」
広間に足を踏み入れると、天井には見たこともないほどの大きなシャンデリアが輝き、左右の壁には壮麗な装飾が施されている。
空は、あまりの豪華さにしばし見入ってしまった。
「いやぁ、こんな部屋があるなんて……」
「ふふ、これでも控えめなほうですよ。続いては、こちらをご覧ください」
ゼベルは淡々とした口調で空を導き、次は大図書室へと案内してくれた。
図書室の棚には、びっしりと古びた本が詰まっており、どれも異世界の言語で書かれているようだった。
「これらはすべて、魔法や錬金術の記録、そして魔族の歴史に関する書物でございます。魔王様であれば、いつでも閲覧が可能です」
「こんなにたくさんの本が……!魔法の研究とかもできるわけか」
空は内心、少し興奮していた。
現実世界ではお目にかかれない知識がここには山ほど詰まっているのだ。
魔王としての力を鍛えるのもいいが、知識も深めてみるのも面白いかもしれない。
ゼベルは空の興奮に気づいたのか、少し微笑みを浮かべながら続けた。
「そして、最後にぜひご覧いただきたい場所がございます。これは歴代の魔王だけが知る場所であり、少し特別な部屋でございます」
「へえ、そんな部屋があるのか」
空の興味がさらに掻き立てられ、ゼベルの後について廊下を進む。
何度か曲がりくねった道を抜け、石壁の前でゼベルが立ち止まった。
「ここがその部屋です。魔王様にしか開けられない仕掛けがございます」
ゼベルの指示に従い、空が手を石壁に触れると、かすかに光が差し込み、石壁が静かに開いていった。
その先には、隠し部屋が広がっており、古代の遺物が保管された棚や、武具がずらりと並んでいた。
「こ、これ全部、歴代の魔王が集めたものか?」
「はい、こちらには魔王たちが生前に収集した魔法の武具や禁書が保管されております。ただし、いくつかの物品は非常に危険ですので、取り扱いにはご注意ください」
空はその忠告を聞き流し、棚に並んだアイテムの数々に目を輝かせた。
特に、黒光りする剣や、不気味な紋様が刻まれた書物には興味が尽きない。
「これは……すごいな」
「魔王様であれば、これらを自由に使うことも可能です。ただし、使い方を誤ると、非常に危険ですので」
「なるほど、注意するよ」
そう言いつつも、空はひときわ目を引く「漆黒の杖」を手に取ってみた。
握った瞬間、杖から淡い光が発せられ、周囲の空気が一変したかのように感じる。
「……これって、何かすごい力が宿ってたりするのか?」
「それは『闇の支配者の杖』と呼ばれ、魔力の増幅作用がございます。扱いを誤ると、使用者自身が魔力に飲み込まれる可能性があるため、どうか慎重に」
空は興奮しつつも、ゼベルの忠告を思い出し、慎重に杖を棚に戻した。
「こんな場所があったなんて……本当に魔王城って奥が深いな」
「ふふ、お気に召していただけたようで何よりです」
ゼベルは少しだけ満足げな表情を見せ、空の興奮を受け止めるように穏やかに微笑んでいた。
その後、空とゼベルは隠し部屋を後にし、城内をさらに歩き回った。
途中で城内の厳重な警備体制や、魔族たちが集う訓練場にも案内された。
そこでは魔族たちが日々鍛錬を行っており、さまざまな戦闘技術や魔法の練習をしている様子が見られる。
「この訓練場では、魔族たちがそれぞれの力を鍛える場として使用しております。アークノア様も何かご興味があれば、どうぞご利用ください」
ゼベルはそう言いながら、訓練場に集う魔族たちに軽く合図を送る。
(新しい魔法を試すならここだな)
魔族たちはアークノアが入ってきたことに気づくと、動きを止めて一斉に敬礼した。
彼らの尊敬の眼差しに、空は少し照れくさい気持ちを覚えながらも、自然体で手を振って応えた。
(まさか魔王として尊敬される日が来るなんてな……俺、普通の大学生だったのに)
魔王城を探索する中で、自分がこの場所で一目置かれる存在になっていることを改めて実感する。
もちろん、異世界に転生し、魔王という立場に戸惑いがないわけではない。
しかし、こうして魔族たちの姿を見ると、少しずつ「魔王アークノア」として生きていく覚悟も芽生え始めていた。
再びゼベルの案内で、空は廊下を歩き出した。ふと、ゼベルが立ち止まり、真剣な表情でこちらを見つめてきた。
「アークノア様、少しだけお時間をいただけますか?」
「うん、何かあるのか?」
ゼベルは少し間を置いてから、静かに口を開いた。
「実は、城には他にも隠された部屋が存在しています。しかし、それらは特別な許可が必要で、魔王であるアークノア様におかれましても慎重に扱われるべき部屋でございます」
「まだ隠し部屋があるのか……?」
空は驚きつつも、その部屋に対する興味がますます強くなった。
この魔王城には、まだ自分の知らない秘密が数多く眠っているのだ。
「ですが、すべての部屋が開かれるべきとは限りません。その中には、歴代の魔王が封印した危険な魔力や生物が封じられている部屋もございますので」
ゼベルの言葉には、慎重さと忠告が込められていた。
どうやら、魔王であってもすぐに触れてはいけない領域があるらしい。
「なるほど……そういう部屋もあるってことか」
「はい。ですが、アークノア様が望まれるのであれば、いずれこれらの部屋もご覧になることが可能です。くれぐれも、その選択にはご注意いただきますよう」
ゼベルの忠告を胸に刻みつつ、空は深くうなずいた。
この城には、歴史や知識だけでなく、魔王としての責任や覚悟も詰まっているのだと改めて感じさせられた。
その後、城内の探索を終え、空は玉座の間に戻ってきた。
広大な魔王城の全貌を知るにはまだまだ時間がかかりそうだが、今日のところは十分な発見と経験があった。
ゼベルに案内されて巡ったことで、空の心の中には少しずつ「魔王としての役割」が根付いてきている。
「ゼベル、今日は案内してくれてありがとう。おかげで、この城のことが少しわかってきた気がする」
「とんでもないことです。アークノア様のお役に立てることが私の務めでございます」
ゼベルは丁寧にお辞儀をし、静かにその場を後にしようとする。
だが、その背中を見送りながら、空はふと思いついたことを口にした。
「ゼベル、これからもよろしく頼むよ」
その言葉にゼベルは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな微笑みに戻り、静かに頷いた。
「……かしこまりました、アークノア様。これからも、私にできる限りお力添えいたします」
こうして、空は魔王城における頼もしい仲間を得ることができた。そして、心の中で「この城での生活も、案外悪くないかもしれない」と思い始めていた。
魔王に転生したけど、初日から勇者が来た件 ヤム @yam42sh
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