第三章 犠牲者

宮川家の固定電話がなった。ジョチさんは美佐江さんにすぐに出るように言ったが、美佐江さんは、電話に出られそうな余裕はなさそうなので、代理でジョチさんが電話を取った。

「はい、もしもし。ああそうですか。わかりました。じゃあ、すぐに親御さんをそちらへよこします。」

ジョチさんはそう受話器をおいた。

「遺体の身元が、宮川夏央くんと確認できたそうなので、すぐに警察署へ行ってください。ただ殺られ方が少し強烈なので、それは覚悟したほうが良いと言うことです。」

「ということはつまり?」

美佐江さんがそう言うと、

「言わなくてもわかると思いますよ。それにしても、体の13箇所を刺されるという、縁起の悪い数字を使ったのですから、全く犯人には明確な殺意があったのだと思われます。」

ジョチさんは淡々と言った。

「13箇所!」

美佐江さんは泣き出してしまった。

「まあ事実そうですから、そういう事は考えずに、夏央くんを送ることを考えましょう。おそらくご主人も、警察署へ行っていると思われます。とりあえず行って下さい。」

ジョチさんはそう美佐江さんに言って、彼女に出かける支度をするように言った。美佐江さんは動くのも大変そうだったので、ジョチさんは手を引いて、彼女をパトカーに乗せた。それに彼女が警察署内で正常に動けるかどうか心配だったので、ジョチさんは、一緒に行くことになった。ジョチさんはパトカーの警官に頼み、パトカーのカーテンを閉めてもらった。

警察署に着くと、美佐江さんは急いでその中へ飛び込んだ。ジョチさんが宮川夏央くんの遺体が見つかったときいたというと、警官がこちらですと言って、二人を、霊安室へ案内した。

「夏央、夏央、帰ってきて、目を開けて!」

美佐江さんは夏央くんの遺体に向けてそういったのであるが、夏央くんは何も言わなかった。それでやっと夏央くんのお母さんは、夏央くんが死亡したことをわかってくれたらしい。床の上に崩れて泣きはらしてしまった。しばらくしてやってきた、夫で父親の義男さんが、そんなに泣いてしまっては行けないというが、美佐江さんは、泣き続けてしまって、止まらなかった。

「それでは、ご遺体の確認が済みましたら、こちらの長所にサインをお願いいたします。」

刑事たちが、美佐江さんと義男さんに声をかけたが、美佐江さんは、それどころではなさそうであった。ジョチさんはしばらくここで待ってくれと、言った。長所関係は、義男さんがすると言って、別の部屋へ行った。

「大丈夫ですか?」

ジョチさんは美佐江さんに声をかけた。

「私、どうしたら。」

美佐江さんは、泣いたままそう言っているのであった。

「どうしたらってとりあえず、夏央くんの葬儀のことや、埋葬のこと、それらのことを、手続きする必要があるでしょうね。それから、あとは残された真雄くんのことも。」

とジョチさんは言ったが、美佐江さんは泣くばかりで、

「痛かったねえ夏央。ほら、こんなにも傷がある。いちにいさんしいご。」

と言っているので、もしかしたらなにか変になってしまったのかもしれない。

「いちにいさんしいご、、、。」

涙をこぼしながら、夏央くんの遺体についた傷を数えている美佐江さんに、ジョチさんは、

「なにか薬を飲んだほうが良いかもしれないですね。」

と、ため息を付いた。

「それにしても、子どもをなくすってことは、本当に辛いということでしょうね。それに、もう一人いるってことも、忘れているようですね。」

製鉄所では、水穂さんが真雄くんに交響的練習曲のレッスンを行っていたが、真雄くんはとても覚えが良く、すぐに弾けるようになってしまった。でも足が悪いせいで、ペダリングはできなかった。

「そこさえしっかりできてれば、コンクールで優勝できるかもしれないのではないかと思うよ。」

杉ちゃんが言うくらい、真雄くんは上手だった。

「残すは最後のフィナーレだけですね。それにしても、この曲をすぐに弾けるようになるとは、お上手ですね。」

水穂さんはピアノを弾いている真雄くんに向かって、そういったのであった。

「おじさんありがとう。」

真雄くんは、水穂さんに言った。

「本来なら、音大へ言っても良かったんじゃないか?うまいから、なんだかもったいないよ。」

杉ちゃんが急いでそう言うと、

「音大なんて無理ですよ。僕はもう、歩けなくなってペダルが押せないんだから。」

と、真雄くんは言った。

「今なら障害のある生徒さんでも入れるようにしてくれる音大もあるんじゃないか?海外の音大であれば、そういう子でも入れるようにしてくれるところもあるみたいだよ。それならお母ちゃんにお願いしてみたらどうだ?」

杉ちゃんが言うと、

「いいえ大事なのは自立することです。音大は意味がありません。」

と、水穂さんは言ったが、

「でもね、真雄くんは、やりたいこともなかなかできなかったわけだし、それでは、4年間くらい、夢を忘れないで、思いっきりやっても良いんじゃないかと思うんだよね。そのほうが公開しないと思う。それなら、今の交響的練習曲も無駄にならないってわけだ。」

杉ちゃんがすぐ言った。

「でも、自立するために役に立つ学問を。」

水穂さんが言うと、

「そうかも知れないけどさ。でも、真雄くんには音楽を学ばせてやったほうが良いと思うんだよね。今の時代は、学んできた学問をそのまま活かすなんて人は、本当にいないんだし。それなら、やれる可能性がある若い頃に、一生懸命殺らせてあげることが大事なんじゃないかな。」

と、杉ちゃんはそう言ってあげた。

「それに、今の時代、習った学問どおりに就職する人は、全くいないと言ってもいいじゃないか。全然違うもので活かしてる人なんて5万といるんだし。」

「そうですか。学問なんて何に役に立つのかもわからないですか。」

水穂さんは、ちょっと考えるように言った。そして、

「じゃあね、真雄くん。そういうことなら、頑張ってフィナーレをやってみようね。ちょっと難しいけど、ゆっくりやれば弾けると思うよ。じゃあフィナーレのはじめからやってみようね。」

水穂さんがそう言うと真雄くんはうんと言ってピアノを弾き始めた。真雄くんはやはり上手であった。

「真雄くんは上手だね。きっと、夏央くんよりもお前さんのほうが上手にできるね。もし、夏央くんと真雄くんが、一緒に弾けたら、二人ですごいうまいチームになるだろう。」

杉ちゃんがそう言うと、

「夏央はどうしているかな?」

と、真雄くんは言った。

「僕の代わりに、夏央が何でもしてくれるから、僕は夏央のことは心配なんだよ。」

それと同時に水穂さんのスマートフォンがなった。

「もしもし、はい。ああそうですか。わかりました。」

水穂さんはすぐ電話を切った。

「それでは近い内に、夏央くんの葬儀が行われると思います。」

「そうか。逝っちゃったのか。夏央くん。それでは、犯人にまつわるものや、凶器になるものは出てきたの?」

杉ちゃんがそう言うが、水穂さんはそれは真雄くんの前で話すのは辞めたほうが良いと言った。それでは真雄くんが可哀想だと言うのである。

「僕、大丈夫だよ。」

涙をこぼしながら、真雄くんは言った。

「ママはきっと大変だろうけど、きっと僕、ママを助けてやることができるよ。そうしなくちゃだめなんだ。犯人は弱い人だから。」

「それで、身代金受け渡しから、犯人は特定できたんだろうか?」

と、杉ちゃんが言うと、

「それが、受け子役になったのは、まだ中学生で、インターネットの仲介サイトで、その仕事を請け負ったらしく、主催者が誰なのか全く知らないと言うことです。」

水穂さんはそう答えた。いわゆる闇バイトというやつだろうか。

「じゃあ、つまり、主宰者が誰なのか、どんなやつなのかも知らないで応募したのかな?」

「そういうことだと思います。今の時代電話なんかしなくても、十分要件は伝えられますし、逆に、電話は繋がらないから、苦手とする若い人もいます。」

水穂さんの言う通り、製鉄所の利用者の中でも電話はできないが、メールなら大丈夫という人は少なくなかった。それでは行けないと、さんざん言い聞かせているが、電話をしないで、メールならOKという若い人は、確実に増えている。

「まあそういうことか。すぐに犯人逮捕というわけにはいかないんだね。」

と杉ちゃんがそういった。

「それに関してはもう少し、警察に任せましょう。待っていたほうがずっと良いです。」

水穂さんが外を眺めていった。

一方その間、華岡たちは、富士総合運動公園の3キロ以内に、緊急配備を敷き、不審な車や人物がいないかを、必死に捜査していた。すると、総合運動公園の駐車場に、白い車が止まっているのを、刑事が発見した。

「あのすみません。失礼ですが、なぜこちらに車を止めて、、、。」

と警官が近づいて、車の中を覗いてみると、助手席に包丁が落ちていた。運転をしていたのは、赤い髪の中年の女であった。警官がちょっと、来てもらおうかと言って、彼女を警察署へ連れて行った。

「じゃあ、そういうことなら、宮川夏央くんをさしたことを、認めるんだね。」

と華岡が言うと、

「はい。」

と赤い髪の女は答える。

「それならなぜ、宮川夏央くんを殺害しようと思ったのか教えてくれませんか?」

「相変わらず、警視は取り調べが下手だよな。」

華岡の発言を、マジックミラー越しに基地ていた部下の刑事が、そういう事を言った。

「でも、今回の犯人も、すぐに犯行を自供するとは、あっさりしすぎているような。」

もう一人の刑事がそういう通り、確かに、彼女は簡単に犯行を自供して、犯行を認めてしまっているのも確かだった。

「私が、どうしても止めなければ行けないと思いました。だって、宮川さんご夫妻は、兄である真雄くんのことは全く気にかけないで、弟の夏央くんのことばかりかわいがっている。それなら夏央くんがいなくなればいいと思い、夏央くんを、殺害して、土手の上に、遺体を放置しました。」

赤い髪の女は、華岡の質問にそう答えるのだった。

「じゃあ、3000万をとって、受け子を雇ったのは?」

華岡がまた聞くと、

「可哀想な真雄くんに上げようと思ったんです。だってあの子は、お年玉だって一度ももらったことがなかったんですよ!」

と、赤い髪の女は言った。

「受け子になってくれた方には、ただお金を受け取ってくれればいいと言っておきました。名前も住所もわからなかったけれど、ちゃんとそれをしてくれました。」

3000万円入ったカバンは、女の車の後部座席から出てきた。女は、それを、本当に真雄くんにあげるつもりだったのだろうか?」

「それにしても、本当にそれだけで、夏央くんを誘拐して殺害したのか?夏央くんの体の傷は、13箇所もあった。13回も滅多刺しにするなんて、相当恨みがあると思うんだがな?」

華岡がそうきくと、

「はい。外国では13という数を縁起が悪いとして、嫌うそうではありませんか。だから、私もそうしたかったんです。だって、本当に真雄くんが可哀想です。ご両親は、夏央くんに厳しすぎるくらいピアノのレッスンを課して、コンクールには頻繁に出しているのに、歩けなくなってしまった真雄くんのことは放置しっぱなしで、誕生日も私が祝いましたし、動物園だって私が行きました。本当はそれではいけませんよね。だから、私は、夏央くんを殺害しようと思ったのです!」

と、女は答えるのであった。

「あの二人が、夏央くんばかりかわいがって、真雄くんの事を、ないがしろにしていたのは。見ればすぐに分かるくらいですよ。そうしてくれれば、あたしのしたことが間違いじゃなかったということが、わかってくれるでしょう?」

華岡たちは、彼女の主張に困った顔をして、大きなため息を付いた。

製鉄所で、ピアノのレッスンをしていた水穂さんのスマートフォンがなった。水穂さんはすぐに電話に出た。

「はいもしもし。はあそうですか。わかりました。そういうことなら、本人に知らせることも必要ですね。ええ、そう言って置きます。」

水穂さんは電話を切った。

「夏央くんを誘拐して、身代金を要求してきた犯人が捕まったそうです。犯人の名前は、小栗香里さん。動機も自供してくださいました。ご両親の宮川さん夫妻に、真雄くんの方を向いてほしくて、それで犯行に及んだそうです。」

「はあ、そうなんだねえ。」

杉ちゃんは言った。

「なんか、ハーメルンの笛吹きみたいな事件だね。ほらね、笛吹き男が、ネズミを退治してさ、街の人が報酬を支払わなかったから、笛吹き男は、子どもたちを連れ去った。しかし、足の悪くて歩けない子や、盲目と聾唖の子が残ったという。」

「そうだね。杉ちゃん。」

水穂さんも言った。

「しかしあの女中さんが犯人だったとはな。あんな優しそうな女が、子どもを誘拐するとは、びっくりしたよ。」

「そうですね。でも真雄くん本人の前では言わないほうが良いかも。」

水穂さんがそう言うと、

「おばちゃんが、夏央をやったの?」

と真雄くんが言った。水穂さんたちは少し考えて、話そうか迷ってしまったが、

「そうだよ。」

と、杉ちゃんが答える。

「どうしておばちゃんが。おばちゃん、あれだけ優しくて、いい人だったのに。」

「お前さんが、お母ちゃんに放置されっぱなしだったのが、我慢できなかったんだって。」

杉ちゃんは正直に犯行の理由を言った。

「なんで?僕はもう放置されても平気なのに。夏央のことだけかまってくれれば大丈夫なのに。なんで夏央を。」

真雄くんが必死でそう言うと、

「でもおばちゃんはきっと、真雄くんがつらそうにしているのが我慢できなかったんだよ。お父ちゃんや、お母ちゃんにお前さんの方を向いてほしかった。そのためには、夏央くんを消してしまうしか無いと、おばちゃんが思ったんじゃないかな?」

杉ちゃんはできるだけサラリと言った。すると真雄くんはワッと泣き出してしまった。それを水穂さんが受け止めて、辛かったねと言いながら、そっと顔を拭いてくれた。

杉ちゃんたちは、真雄くんが泣き止むのを待ってくれた。二人は、止めてしまうことはせず、そっとしてあげたほうが良いと言った。長い時間が立って、真雄くんが泣き止むと、

「じゃあね、真雄くん。これはおじさんからのお願いなんだけど。」

水穂さんは、真雄くんの頭を撫でてやりながら言った。

「お父さんやお母さんがお迎えに来たら、笑顔で受けてあげることは、できるかな?」

真雄くんの表情が変わった。

「僕、できるかも。」

小さな声で真雄くんが言うと、

「それこそ男だ!」

と、杉ちゃんが言った。

「じゃあ、フィナーレのレッスン続けようね。もう一度頭からやってみてくれる?」

水穂さんは、楽譜を指差すと、真雄くんは、一生懸命ピアノを弾き始めた。フィナーレは、大変むずかしい曲ではあるが、一生懸命真雄くんは弾いた。確かに、弟の夏央くんよりも音楽の才能はあるのではないかと思われた。もちろんペダリングはできないけれど。

「真雄くんは上手だね。フィナーレ、すごいよく弾けてるよ。」

水穂さんが、そう褒めてあげるが、

「ううん。僕より、夏央のほうが、本当はうまかったんだ。だって、ちゃんと、音も取れたし、ピアノのペダルも踏めたんだから。」

真雄くんはそういうのであった。

「だって、僕はもう用無しになっちゃったんだ。だから、夏央が代わりに一生懸命ピアノを弾くんだ。僕のママは、すごく偉い人だから、自分の技術を誰かに伝え無いとだめなの。僕はそれができないから、代わりに、夏央にやってもらってるんだ。ママの演奏技術を、僕たちに継がせるために。」

「そうなんだねえ、真雄くん。だけどねえ。僕も、ママと同じようにピアノを弾いて生活してきたけど、本当に技術がある人は、一代限りで終わってしまうものだよ。それは子供さんに弾き継がせようとか、そういうものではないもの。そんな、自分の技術を子どもや子孫に押し付けるなんて、まず初めにそこが、まずいのではないかと思うけどね。ピアノの演奏は、本人がやりたくなってすればいいの。親から押し付けられるものではないんだよ。」

水穂さんは優しく真雄くんに言った。

「そうなんだ。でも僕はピアノが好きだし、ママと同じくらい好きだから、やっぱりこの曲を最後まで勉強する。」

真雄くんはしっかりと言った。

「さっきのハーメルンの笛吹の話、杉ちゃんしてくれたでしょ。あれは、健康な子どもを連れ去っていったんだよね。僕みたいに、足の悪い子は騙されなかったんだ。おばちゃんもそれとおんなじこと考えていたのかな。だから僕は、残された子どもとして、夏央の分まで頑張るよ。」

「無理してそんなこと言わなくても良いんだよ。」

水穂さんはそういったのだが、真雄くんは交響的練習曲を続けていた。

一方、警察署では、容疑者になった、小栗香里さんの取り調べが進んでいた。まず初めに、夏央くんを拉致して、身代金を要求した犯行の詳細と、受け子を、ウェブサイトで雇って、取りに行かせたことを、聞き取ることから始めた。香里さんは、それはずべて自分で作った犯行と答えた。夏央くんを連れ去って本来なら、身代金を取って、家に返そうと思ったが、夏央くんが、大変反抗的であったため、夏央くんへの殺意を思いつき、ホームセンターで包丁を買って、夏央くんを滅多刺しにしたことも認めた。ウェブサイトで募集を出したのは、SNSをやっていたので、それで簡単にできてしまうと言う。電話もかけなくていいし、メールアドレスと聞き取らなくても、SNSの機能で全て完結してしまう。そういうことが直ぐにできてしまう時代なのだと、小栗香里さんは自供した。

香里さんは、自分自身、あまり感情の処理が得意ではなく、人にあたってしまいやすいことも話した。そして、髪が赤いことで色々差別的に扱われてきたことも話して、真雄くんと、夏央くんの扱い方が違うのが、どうしても許せなかったのだと、言った。それはもしかしたら、人間であれば必ず発生する感情なのかもしれなかった。だけど、それをどう処理するかは、人それぞれで、難しいのかもしれなかった。

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