たった一人の魔族とたった一人の人間
第22話 すれ違い
「あー、疲れたー」
「そう? いい運動になったよ」
「さいですか」
もう野暮に突っ込むのはやめよう。
エネルギーを少しでも節約したいから。
「あ、ごめんね待たせて」
昇降口で、その生徒はビクッと反応する。
流れるような亜麻色の髪を、器用に小さなリボンの形にしている少女。
マナ・フィーラさんだ。
「いえ! むしろ
「そのフィーベル様ってなんなの。同じ一年でしょ?」
「フィーベル様はフィーベル様です!」
「うーん。まあ、好きに呼んでいいけどさ」
そんな風に話していると、セインが口を挟む。
「さて、早く行こうか。時間は有限なんだから」
気のせいじゃない。
マナさんに対するセインの態度は明らかに、おかしい。
こいつはわたしにひっついて回るけど、わたしが誰かと一緒にいるときのプライベート(大体フラン、まれにアンナさんくらいだけど)は邪魔をしたりしない。
「ね、セイン」
わたしは耳打ちする。
「なんでマナさんにあんな態度取るの?」
「それはもうすぐ分かるよ」
わたしの疑問は、あっさりと流されてしまう。
こういう時のセインは、いつもそうだ。
自分だけが知っているって、そうやって結局、正しい行動を取る。
正しいからこそ、わたしはとある感情がくすぶっているのだ。
「あの、この狭い道を通る必要があるのでしょうか?」
「うん。隠れた名店ってやつだよ」
あれ、このやり取り、なんかデジャブだ。
ていうかほんとに、この先に店なんか――
「きゃっ!」
その時だった。
セインがマナさんを、路地裏の壁に追い詰める。
いわゆる、壁ドンというやつだ。
いや、そうじゃなくて。
「何やってんの!?」
セインはわたしの問いを無視して、目の前の相手に向かって言う。
「君、魔族だよね」
「え?」
マナさんが魔族?
でも、魔力では何も分からない。
大抵の魔族の場合、種族に流れる血はその特性の因子とでも言おうか。
それを大なり小なり持っているもので、同じ魔族であれば特に分かりやすい。
加え、種族ごとに身体的な特徴が入り混じっているので、隠し通すことは普通できない。
わたし?
わたしがこの学園でバレずにいられたのは、フィーベル家のルーツが異系交配にあることにある。
この呪いの血族は様々な種族が混じり合っていて、歪な均衡を保っている。
わたしが魔族だとバレなかったのは、そのおかげ。
そもそもの発端も、そのせいなんだけど。
「私のどこをみて、魔族だと?」
「色だよ」
「えと、どういうことでしょうか」
「私は魔力を色で判別する。人間は暖色、魔族は寒色系統に寄る。別に他意はないよ。ただそう見えるってだけ」
しれっとすごいことを言い放つ。
が、わたしはこいつに一目で見抜かれているという過去がある。
おそらく、わたしには見えない何かが見えているんだろう。
「それで、私は何色だったのでしょうか」
「――君は色がない。透明なんだよ」
「それは別に、魔族だと判定する材料にはならないのでは?」
「確かにね。透明っていうのは魔術の回路が存在しない場合だ、極稀だけど、あり得る話だ」
ただ――とセインは更に詰め寄る。
「それ以外としては、意図的に隠しているという、その可能性だ」
「…………」
答えは沈黙。
にはならなかった。
この場合、それは認めたようなものだ。
けれど、隠していたとしてなんだ。
そんなに悪いことなのか。
セインは、自分の善悪の基準が絶対だとでも思ってるの?
「そうしなきゃ学園に通えなかったとかじゃないの。マナさんの事情だって汲んであげなきゃ」
「そうだね。じゃあ弁明はあるかい?」
「は? 何その言い方」
「ああ、ごめん。君は気づいてなかったんだね。彼女は、そもそもこの学園の生徒ではない」
え?
セインの言葉に、わたしは固まる。
「なん……で、わかるの」
「簡単さ。私はすれ違った人物や、ふと見た別のクラスの光景を全て覚えている。その風景に、彼女は存在しなかった」
「それはっ! そんなの、全員とは限らないじゃん! 事情があって登校できてなかったのかもしれないじゃん!」
「手っ取り早く言おう。合格発表の時、私は面白半分で見に行ったんだ。普通科も他の学科も含めて。そこに――「マナ・フィーラ」なんて名前は存在しなかった」
「…………あんたは」
どこまで完璧で、人を追い詰めることができるの。
食い下がるわたしに、マナさんが深く息を吐く。
「フィーベル様。ありがとうございます。でも、もう正直に話しますから」
「マナさん……」
「かばってくださって、本当に嬉しかったです。だから私も、身の丈を話させて頂きます」
そうして――
彼女は、訥々と話し始める。
「私は人間の母と、魔族の父との間に生まれました。ですが私は魔族としての側面が強く、色々あって家から追い出されてしまいました」
「え? いや、色々の部分が知りたいんだけど!」
「すいません。では簡潔に……。母は父と別れ、人間の男と再婚しました。そして義父は私のことをよく思っておらず、娘が生まれると同時に。私はもう、居場所が無くなってしまったのです。程なくして三年前の頃、両親は私が一人で暮らしていけるだろうと判断。いや、判決を下され私はお払い箱になりました。今は違う所に居を構えていますが、当時私は最低基準の物件に契約されました。そうして私は、一人で生きていくことを選び、今まで生きてきた。……というのが、私のつまらない人生です。申し訳ありません、長々と喋ってしまって」
「そんなことないよ!!」
人間と魔族のハーフは、わたしも同じだ。
環境は違えど、わたしは似たような境遇で生まれ、違う苦労を味わってきた。
「ミラ、惑わされないで。彼女は騙してこの学園にやってきたんだ。ハーフというのはおそらく本当かもしれないけど、今の話がどこまで本当かわからない」
ああ、そうか。
わたしの中にくすぶっていた感情が、ようやくわかった。
全てができる、完璧で最強の存在。
わたしはそれを、否定したい。
間違ってはいない。
思えば原点は、この感情だったはずだ。
彼女は――セイン・ヴィグリッドは敵なのだから。
「――んだよ」
「ん?」
「うるさいんだよ!!!」
わたしは目一杯、叫んでいた。
「人間と魔族のハーフで、人間様を騙していたのはわたしだって同じだ。あんたにとっては、どうせわたしも信頼できない敵だもんね!!」
「そんなことは――」
「ない、なんて言い切れるの? あんたにとっては、マナさんもわたしも半端者の――駆除する対象、そうでしょうが」
「…………ごめん。言葉が悪かった。ただ違う、違うんだ。私は――」
「最強の『勇者』様で、わたしにとっての敵だよ」
言葉を失うセインを横目に、わたしはマナさんの手を取る。
「いこ。ちゃんと落ち着ける場所で、マナさんの事情を聞くよ」
「は、はい……」
セインの横を、わたしは通り抜けていく。
「「…………」」
言葉はない。
こうして――――わたしとセインは、すれ違っていったのだ。
魔族の玉座は空いている~魔王(予定)のわたしは、最強の勇者を倒すために彼女と同盟を結びます~ ふく神漬 @sample0421
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