第三話 渡辺風花はフラペチーノが飲みたい ⑦

「まあそういうこと。花と一輪挿しは、写真の端っこだけどちゃんと主役になってるでしょ? ただこれは5W1Hの中で『どこで』を重要視したものだけど、主役に何を据えるかで話が変わったりする。これが」



 そう言って行人が差し出した画像に、泉美は今度こそ驚いて目を瞠った。



「いつの間に撮ったんですか。これ」

「さっき小滝さんがそろそろ喉が渇いたって言って、新作フラペチーノに口をつけた一口目」



 テラス席とその背景に前の通りを写していることには変わりない。

 だが主役となる被写体は、何気なくブロッサムホワイトフラペチーノを口にして、一瞬行人から目を離している泉美自身だった。

 アースカラーの背景に泉美の横顔、その中で視線が泉美の持つ淡いピンク色のブロッサムホワイトフラペチーノに誘導されるよう光の位置が計算されているものだった。



「女子を盗撮していい写真撮るってどうなんですか」

「でもいい写真だとは思ってくれるでしょ?」

「まぁ……悔しいですけど……むう。マジでかー」



『良く晴れた午後に』『カフェのテラス席で』『学校帰りの美少女が』『春の新商品を』『リラックスして』飲んでいるという4W1Hの瞬間がバランスよく切り取られている。

 その上で泉美自身と新作フラペチーノが主役ポジションをシェアしており、明確に第三者が撮影している構図から撮影者とモデルのこの写真に対するスタンスまで瞬時に理解できる。



「盗撮じゃなかったらめっちゃいい写真ですよこれ」

「うん。まあ写真部員同士はお互いモデルをやったりするからついやっちゃったんだけど、説明してなかったから盗撮になっちゃうね。だからちゃんと消すよ」



 複雑な顔をする泉美に苦笑する行人は写真を消そうとするが、



「ちょっと待って」


「え?」


「私に送ってから消してください。アカウント、教えるんで」


「え? 気に入ったの?」

「……不本意ながら」



 泉美は顔を顰めながらも、スマホを差し出して顎をしゃくった。



「あ、ああ。インスタでいい?」

「はい。あ、送ったらセンパイのは消してくださいね」

「分かってるよ。ええと、はい、これでいい?」

「どーも……ううんなるほどなー。これでかー。こういうことしてたんだー」

「こういうことって?」

「いえいえ、こっちの話です。今貰ったこれ、インスタに上げていいですか?」

「構わないけど、それじゃ俺が消した意味なくない?」

「いい写真はいい写真なんで。大丈夫です。誰が撮ったとかはボカしとくんで」



 そう言うと泉美はスマホを少しの間いじっていた。



「写真部って、いつもこんなことしてるんですか?」

「いや、今日は仮入部だし特別。去年の三年生がいた頃も、文化祭前とかコンテスト前とかでもなければ結構ゆるーくやってた。もちろん小滝さんが本入部して、例えば本気でミラーレス一眼レフ買いたいとか、お爺さんの古いカメラで何か撮ってみたいとかいうことになったら教えられることは教えるし、逆に俺が教えてもらうこともあると思う。ただそれもケースバイケースで、基本それぞれ好きに自分の好きなもの撮ってお互い見せあって、盛り上がったらコンテストに出して、みたいなのがほとんどだったかな」

「へー。長期休みに撮影合宿とかしないんですか?」

「昔はあったみたいだけど、去年の三年の先輩もそういうことはやってなかった。というかそもそも俺一人じゃ合宿もクソもないし、顧問も名義貸しみたいな状態だから引率とかできないだろうし、小滝さんだっていざ入部して合宿があるとか言われても困るでしょ。部員俺一人しかいないんだから」

「あーそれは確かに……でもぉ」

「え?」

「私が合宿に行ってもいいって言えば、センパイは困りませんよね?」



 自らの容姿に自信があるからこそ出る言葉に、行人は苦笑する。



「いや、結構困る」

「え?」



 泉美は即答されたことが意外で、思わず低い声が出てしまった。



「周囲にいらない誤解されるような活動はできないよ。合宿できるような部費も出ないし」

「はあ」

「だから合宿は絶対にないよ。まあもし小滝さんが撮りたいものとか、挑戦するコンテストのテーマによっては休みの日に集まってってこともなくはないと思うけど……でも三年の先輩がいた去年もほとんどなかったからなぁ」

「そーなんですかぁ。……だからよその部に入り浸れるんですねぇ……」

「え? よその部?」

「いえ、何でもないですよ?」

「あ、でもそうだ。よその部って言えば、一個だけ写真部ならではって活動がある」

「どんななんです?」

「よその部から、広報用に大会や練習の様子を撮影してほしいって依頼がたまにあるんだ。まー……それも今年は俺一人になっちゃったからどこまでできるか怪しいとこではあるけど」



 自虐的に苦笑する行人に、泉美は張り付いた笑顔で尋ねた。



「それが理由で、園芸部にも出入りしてるんですか?」

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