第三話 渡辺風花はフラペチーノが飲みたい ⑥
「で、今撮った写真なんだけど、今度はそれを編集してみようか。さっき単体では地味だったアイスコーヒーの方を」
「え? まぁ編集は普段上げるときも普通にやるんで、何をどうすればいいんですか?」
「いじる場所は三つ。そうだな。ざっくりだけど露出をプラス30、コントラストを+20、ブリリアンスを+30くらいに調整してみて」
「え? え? ちょっと待って。露出を、30で、コントラストを……ええと」
「それで、同じ処理を新作フラペチーノの方にも」
「はいはい。これで何が……あ」
手早く編集を済ませた泉美はすぐにあることに気づいた。
「……あれ、アイスコーヒーの方が……美味しそうに見える?」
先ほどはテーブルの色に埋もれていたアイスコーヒーが、指示された処理を施すと急に背景から浮き上がった。
一方で新作フラペチーノの方は、どういうわけか商品が先程よりぼやけて見えるようになっている。
「あ! そうか! 水滴!」
最初に撮ったアイスコーヒーと比べて泉美はその差に気づく。
時間が経ったアイスコーヒーのカップには結露した水滴が付着し、滴っている。
その上で露出とコントラストをいじることでコーヒー周辺の光が強くなり、一見強い夏の日差しの中にあるようにも見えるものになっていた。
「なんとなく『いつ』が加わったように見えない?」
「……確かに、めっちゃ暑い日とかこれ見たら、飲みたいって思うかも?」
「一方で多分だけど、ブリリアンスを上げた新作の方はちょっと美味しくなさそうに写ってるはずだよ」
「確かに……本物に比べると、フレーバーとミルクシェーキの混ざりっぷりがはっきりしすぎてちょっとグロく見えるかも」
「時間が経ったからホイップもちょっとくたってなってるしね。まあ今回は編集加えたから正確な『いつ』を写し取ってるわけじゃないけど、時間が経つことで良く見せられるものと、あまり良く見せられなくなるものがあるってことが、言われないとなかなか気づかない一つ。あとはこれ。スマホならではの撮り方なんだけど」
そう言うと、行人は自分のスマホをさかさまに持って、カメラのある上辺の部分をテーブルにしっかり接地させて、スマホ本体を鷲掴みするように持ち、テーブルに置いてあるアイスコーヒーを、普通に持っては絶対に写せないテーブル上での煽り構図で撮影してみせる。
「スマホはオートで上下反転や補正してくれるから、テーブルの上のものとか地面に近いもの、低いところから高いところを撮りたいときはこの持ち方、意外とお勧め」
「へぇ! これなら無茶なカッコでしゃがんだりしなくていいんだ!」
「そういうこと。あとはそうだな。カメラにグリッド線を表示するのはおすすめしたい」
聞き慣れない単語に泉美が首を傾げると、行人はカメラモードの画面を泉美に向けて見せた。その画面には縦横に二本の白い線が画面を九分割するように走っている。
「この線があると、被写体が画面のどこにあるのかをより正確かつ直感的に把握できる。建物とか風景とか、こういうテーブル上の静物を撮るときは被写体を画角の中心に直角に据えるより、少しズラした場所に置くのがいいことがあるんだ。たとえばこう。見てみて」
行人は、店側がテーブル上に飾っている小さな一輪挿しの花をテーブルの端に寄せると、先程の逆持ちでフォーカスし、縦横に走る線の右下側の交点に花と一輪挿しが来るように撮影する。
撮影した写真に軽く編集を施し泉美に向けると、泉美は真剣に驚いた顔になった。
「わ! 凄い!」
そこにはムンバのテラス席の一輪の花越しに店が面した商店街の様子が微かにぼやけて映し出されていた。
「なんか、こういうのありますよね。文房具屋さんの写真立てとかにサンプルで入ってそうなやつ! 大体海外の写真ですけど」
挙げられた喩えに苦笑するしかないが、行人もそのつもりで撮影したので泉美の答えに満足した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます