第二話 渡辺風花はそわそわしている ⑩

「渡辺さん?」



 その笑顔が、何故か見たことのないような笑顔だったので、行人は一瞬確認するように尋ねた。

 エルフの顔を見慣れないものとは違う、泣きはらした目の影響でもない、何か不思議な感情の色のようなものがあった気がした。

 父のフィルム一眼があれば、もしかしたら『輝く被写体』だったりしたのだろうか。



「私こそ、大木くんが良いなら、続けさせてください」



 だがエルフの渡辺はその微かな心の香りをすぐにかき消し、悪戯っぽく笑って見せた。



「でももし私をモデルにするのが難しいって感じたら、そのときは遠慮しないで言ってね。大木くんは園芸部の一年生を大事にしてくれたけど、大木くんのコンテストだって大事なんだもの。私に無理にこだわって納得いく写真が撮れなかったら、本末転倒でしょ?」

「ああ。まぁそれは……でも、前にも言ったけど、渡辺さん以外に引き受けてくれる当てもないし、俺が渡辺さんを撮りたいってのも本音だしさ」

「隠れ渡辺ファンだから?」

「うえっ⁉」



 突然急角度からブチこんできたエルフの渡辺に、行人は奇声を上げてしまう。



「き、き、聞こえてたの⁉ 哲也との話!」

「エルフなので、耳は良いんです。ふふ」



 そう言うと、泣きはらした目の下の頬を少しだけ上気させる。



「ただ……ときどきクラスの男子から見られてることには気づいてたんだけど、小宮山君の言い方だと、私、結構あちこちから見られたって感じなのかな。何だか、恥ずかしいな」

「だ、大丈夫だよ! エルフの姿を知ってるのは俺だけだし……!」



 行人のフォローになっているかなっていないかと言われたら確実にフォローになっていない一言に、エルフの渡辺はまた小さく微笑んだ。



「そのせいで今、大木くんは困っちゃってるじゃない」

「いや、まぁ、そりゃ困ってないとは言わないけど、でも……」

「ふふ。それはともかく、もし本当に私をモデルにし続けるのが難しいと思ったなら、私が新しいモデルを紹介できるかもしれないから、そのときはちゃんと言ってね」

「渡辺さんが紹介?」

「うん。さっき話した一年生の新入部員のこと」

「いいの? 勝手にそんな約束して」

「事情を話せば協力してくれると思う。礼儀正しい真面目な可愛い子だよ」

「新入部員って女子なんだ。その言い方だと、もしかして元から知り合いな感じ?」

「同じ中学の後輩なの。また来てもらえるようになったらそのとき紹介するね」



 ふと、渡辺風花は思案顔で続けた。



「でも紹介したら、大木くんすぐにモデルを乗り換えちゃうかも。どっちの私よりも可愛い子だし、中学から男の子に何度も告白されたって言ってたからなぁ」

「どれだけ可愛いか知らないけど、多分そんなことにはならないよ」



 エルフの渡辺の軽口に、行人は真剣に反論した。



「俺はこのコンテストで渡辺さんを撮りたいと思って撮ってるから」

「…………うん。そっか」



 エルフの渡辺は、穏やかに微笑んでそれ以上は何も言わなかった。

 そんな二人の空気を読んだように昼休み終了の予鈴が鳴る。

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