第二話 渡辺風花はそわそわしている ⑪
午後の五時間目の授業はここから五分後のチャイムで始まることになっている。
「ごめんね大木くん。結局大した話もできなくて」
「そんなことない。話せてよかったよ」
「それじゃあ部活に来てもらえるようになったら連絡するね。先に教室に戻ってください。私、お弁当箱とか片付けないといけないから」
「わかった。それじゃあ、また」
「うん。…………あ、大木くん!」
部室を出ようとする行人を、エルフの渡辺は大きな声で呼び止めた。
「どうしたの?」
ドアノブに手をかけて振り向いた行人に、エルフの渡辺はこの日一番の笑顔で微笑んだ。
「また、『渡辺さん』って呼んでくれて、ありがと。すごく、嬉しい」
「……俺は、ごめん。またそう呼ぶのに、時間がかかっちゃって」
「ううん。いいの、呼んでくれるだけで、十分」
何故か行人はエルフの渡辺のその笑顔を見ていられなくて、少し急いで扉を開け園芸部の部室を出た。
薄暗い部屋から明るい外に出たので一瞬視界が白く染まり、
「きゃっ!」
「あっ。ごめん!」
外の廊下にいた誰かとぶつかってしまった。
そこには驚きつつも険のある顔で行人を睨みつける、派手めな装いの小柄な女子がいた。
「ごめんなさい! どこか痛めてないですか⁉」
初めて見る顔だったので、同級生か上級生の可能性も考え丁寧に尋ねると、小柄な女子は一瞬、行人の背後の園芸部部室の扉を見て、一段階険しさを強めた。
「何があったか知りませんけど、そこの扉重くて固いんだから、そんなに勢いよく出てこないでください」
「あ、う、うん、ごめん、本当に。怪我とかしてないといいんだけど」
声も険しいが、明らかに自分に非がある状況なのでここは平謝りするしかない。
「次から気を付けるから、本当、ごめん」
「次からとかいいです、センパイはもうその扉使わないでください。それじゃ」
一方的に言われるがままだった行人は冷や汗をかきながら、今のやり取りがエルフの渡辺に聞かれていないか、心配を掛けなかったかどうか不安になり、一瞬扉を振り返った。
エルフの渡辺が出てくる気配はなかったので、行人は足早に教室へと戻る。
一応誰にもぶつからないように注意しながら教室に戻ると、何故か哲也が不満そうな顔で行人に体当たりしてきた。
「痛っ! 何だよ!」
「昼休みはお楽しみでしたね!」
「何がだよ! 今後の部活のこと話し合いながらメシ食っただけだよ!」
「へっ、どうだかな。あの分厚い扉の向こうでナニしてたんだか。あんな門番まで用意して、そんなに俺の出歯亀が怖いか! 怖いと思うことやってたのか!」
「堂々と覗き行為宣言するお前はマジで怖いよ。っていうか、何だよ、門番って」
「あ? トボけんなよ。あれは写真部か? 園芸部か? めっちゃ可愛いちょっとギャル入った一年生の子が、園芸部の部室の前で周囲をドスの効いた目で睨んでて、誰も中には入れねぇって感じだったんだぞ。後輩パシってナニしてたんだ? エエ⁉」
「……人聞き悪いことしか言わない奴には、待ち受けになりそうな渡辺さんの写真は見せてやらない」
「嘘だってマジ嘘だってごめん許してくれ行人! もう悪いことしないから!」
「どっちにしろすぐ消すって約束してる画像だから。残念でした」
軽薄オブ軽薄な哲也を自分の席に押し返した行人は、ふとスマホに表示された、『部室の渡辺風花』の画像を見る。
「消すって約束だったもんな」
行人は、エルフの渡辺を撮ったはずのその画像を、約束通りに消去した。
◇
「分かってない。やっぱ何にも分かってない、あのセンパイ」
五時間目開始のチャイムが鳴る中『めっちゃ可愛いちょっとギャル入った一年生』の女子は、廊下を踏み抜かんばかりの足音を怒り任せに立てていた。
「風花ちゃんも高校入って気が緩みすぎだよ。なんであんなの部室に入れてるの」
そして自分の教室に戻った一年生の女子は、
「
五時間目の授業の担当教諭にやんわりと注意されて自分の席につく。
だが小滝泉美と呼ばれた少女の瞳は授業にまるで集中せず、昏い闘志に燃えていた。
「あんなのが風花ちゃんの彼氏になるなんて、私は絶対認めない」
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