第一話 渡辺風花は園芸部の部長である ⑥
「これって……あ」
L判の写真を収めるための透明なOPP袋。
その中には菊祭りで撮影した渡辺風花の巴錦の選りすぐりのカットが二枚、入っていた。
「私の菊の写真を、どうして大木君が?」
渡辺風花は驚きのあまり何度も写真と行人を見比べる。
「実は俺、その菊祭りに行ったんだ。そこで渡辺さんの菊と名札を見て、もしかしてって思って、それで、その、そしたら今日、表彰されたから、やっぱりそうだったのかな、って」
そこまで言ってから行人は、目を丸くしている渡辺風花の顔を見て、突然自分がとんでもなくキモい行動に及んだのではないかという考えに至った。
これまで特に交流が無かったのに急に声をかけ、本人が出そうとした写真を予め持っていて、分かっていたように差し出したのだ。
ことによれば、行人が渡辺風花に何らかの下心を持って接触したように見えなくもない気がして、行人はつい言い訳がましく言葉を続ける。
「俺の家、樋川神社から近くで、この日はたまたま近くを通って、本当、偶然にこの菊を見つけて、ほ、他にも色々撮ったんだけど、もしかしてって思っただけで……!」
それこそ傍目に見れば拙い言い訳を重ねれば重ねるほど怪しくなるのが自分でも分かるが、吐いた言葉は取り消せない。
そしてそれに対する渡辺風花の反応は、ある意味で行人の想像を更に超えたものだった。
「そっか! 大木君って写真部だったよね。もしかして撮影の練習しに行ってたの?」
「知ってたの⁉ 俺が写真部だって」
何度も言うが、自分と渡辺風花の間には今日このときまでほとんど交流がなかった。
それなのに彼女が自分の所属する部活を知っていることに、行人は強い衝撃を受けた。
「先月の文化祭で写真部の展示の前を通ったとき、大木君の写真をたまたま見たの。夏休み前に学校の東門の花壇に咲いてたアジサイと、赤と白のニチニチソウ!」
「そこまで覚えててくれたの?」
「花がとても綺麗に写った写真だったから、この人はもしかして花が好きなのかなって思って、それで見覚えのある名前だったから、あ、クラスメイトの大木君のだ、って」
そう言って微笑むと、渡辺風花はOPP袋に入った写真を両手で顔の前に上げると、まるでそれに口づけするような仕草で上目遣いに行人を見た。
「この菊の写真、もらっていいの?」
「もっ……もちろんっ!」
声が上ずった。上ずらざるをえないほどに動揺したのだ。
「やった。やっぱり得意な人がちゃんとしたカメラで撮ると綺麗に写るんだね。私のスマホの写真、もっとへぼへぼだったから、恥かいちゃうところだった」
心から嬉しそうな笑顔が、自分の撮った写真を大切そうに抱きしめていた。
撮った写真を褒められたことは何度かあった。
だが、家族以外の誰かのために写真を撮ったのも、その本人に喜んでもらったのも、行人には初めてのことだった。
「ありがとう大木君。写真、大事にするね」
「う……んっ」
まるで咳でもしたような上ずった返事を行人は激しく後悔した。
何故ならこの瞬間、行人はこれまで全く交流の無かった渡辺風花に、恋をしてしまったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます