Day15-3 エンターテイメント
悪意の魔法は変換され、お菓子が大量に降る。
ステージの外にいくつか漏れており、それがまた人を呼んでいる。
「なにこれ、食べていいの?」
「いいんじゃない? あのお兄さん、めっちゃ食ってるし」
なんかもう面倒だから、俺が率先して拾って食べている。無害であることを伝えるためだったら何でもやるしかない。
全部包装してあるあたり、あの先生らしい真面目な魔法だと思う。
俺はできるだけ前のほうで写真を撮り続ける。
向井さんも警戒しながら進めている。悪くない。
「てかさ、今まであんな人、いなかったよね?
誰なんだろ? 専門のスタッフさん雇ったんかね」
「だったら、宣伝しそうなもんじゃない?
あんな目つき悪い人、そうそいいないよ?」
しかし、ひそひそ話が意外と聞こえるし、また目立つんだよな。これはメンタルがやられる。
横からだけじゃなくて、正面と反対側、歩き回る。
カメラを向けて、シャッターを切る。
風太君がちらちらと視線を送っている。
風間花野井ではなく、花澤風太。
二人を行ったり来たりしている。
なるほど、訓練の時の俺はあんな感じだったんだ。
「確かに気になるか」
ピースを返して、集中するよう促す。
俺のカメラもそうだけど、予想外のことが起きているのはとっくに気づいている。
それが魔法で本気で狙っているのも、分かっている。
それが怖いか。俺もカメラがなかったら、どうなっていたか。考えたくもないな。
悪意のあるお菓子の弾を避けて、笑顔を絶やさず、どうにかしようとしている。
パニックにならないのはすごい。
けど、これは無理だ。露骨すぎるもん。
「ハッハハ! とんでもないいたずらっ子がいるようで!
こんのっ……馬鹿がよォ! おっと失礼、お馬鹿がよォ!
全っ然懲りねえなァ!」
あ、ついに馬鹿って言った。
言い直しても馬鹿は馬鹿だ。
こんなに口が悪かったっけ。
ウチらのせいか、これ。
別に謝らなくていいか。
挑発はこういうもんだ。
たまに流れ星が散り、花が咲く。
お菓子を投げて、黄色い声が上がる。
観客は不思議そうに楽しんでいる。
本物の魔法と思っているか、誰かの仕込みと思っているか。
まあ、裏にある悪意に気づかなければどうでもいいや。本部は今頃、どうなっているのかな。
マジで引っかかるとは誰も思わなかっただろうし。
絶叫しながら走り回っているのが容易に想像がつく。これは大変なことになった。
嫌な空気はずっと流れている。
これ、終わるまでやるつもりか。
「へえ、あれがエンタメ魔法使い? 超頑張ってるじゃん」
パチンと鳴ると、ふっと空気の流れが変わる。
嫌な空気が追い風になる。
お菓子は舞い上がり、ゆるやかに降る。
後ろを見ると、金髪で髪の長い男がいた。
飴をタバコみたいに咥えている。
かなり背が高い。金色の目をスッと細める。
「スタッフさん? いや、退魔師で、狩人のほうか。彼は一般人だよね? で、あのおもちゃをあげたのは君か」
「ウチの倉庫にあったのを持ってきたんですよ。
鬼ヤバでしょ、ウチのエンタメ魔法使い!」
誰だか知らないが、こうなったら開き直るしかない。
「私ですら扱えなかったガラクタをああも楽しそうに使いこなせてるんだから、すごいもんだ」
指をくいと曲げると、お菓子は消え、ハートのステッカーに変わる。歓声が上がる。
「そろそろ、お菓子も飽きてきた頃でしょ。リスペクトを込めて、私の魔法を貸してあげる。
今後のためにも、君もちゃんと見ててね」
「何なんです、アンタ」
問い詰める前に姿を消した。
目の前にいたのに、どこに行った。
『さあさあ、お菓子の雨に今度はシールですかね! 私も見たことありません! 今日の天気は楽しいゲリラ豪雨でしょうか! 次で最後の魔法! 何を見せてくれるのか!』
いよいよ大詰めか。ハートが舞う中、踊り続けている。カメラを向け、レンズ越しに覗く。
シャッターを切る。
さて、あの人から悪意は感じなかった。
リスペクトか。本物の魔法使いか?
シャッターを切ると、発射音と共に光が降り注ぐ。
誰もが口を開けて、空を見上げていた。
びろびろと落ちてきた銀色のテープが体に落ちる。静寂が訪れる。
俺はため息をついて、拍手を送る。
誰もが我に返り、拍手や声援が響く。
もう何が何だか分からない。
リスペクトね。
あの人、さてはアイドルオタクか。
『おおお……コレは売れっ子アイドルにしか許されない銀色のテープ……! 何気にめっちゃレアなのでは……?』
向井さんはテープを手に、目を輝かせている。
あの様子だと害はないらしい。
魔力は感じない。
とりあえず、終わったんだな。
「お姉さん、本音が漏れてるよ。
だけどさ! こんなの俺も聞いてないんだけど!」
『おっと、そうでした! さて、誰からの贈り物でしょうね! ねえ、そこのカメラのお兄さん!』
「だよな! 最初からパチパチやっててさ!」
俺はテープを外すのに夢中で、何も聞いていなかった。誰もが俺を見ている。
「え、何? 呼んだ?」
「アンタしかいないでしょ。
どっから持ってきたんだよ、そのカメラ」
風太君が笑う。
ドンと背中を押されて、ステージに飛び出る。
「え、今背中押したの誰?」
「あんだけ好き勝手やっておいて、それはないだろ。魔法使いのお兄さん!」
バチンと左目をウィンクする。
「うっわ、いろんな意味でキツい。
さては、俺のせいにしようとしてる?」
「ハッハハ! ネガティブだな、お兄さん!
俺のおかげで盛り上がったって、言えばいいのに!」
背中をバンと叩く。
「マジで助かった。本当にありがとう」
さっと呟く。
『すごいでしょう! これねえ、本物の魔法使いがやったんですよ! 全部持って帰っていいですからねー!』
言われずとも体についたテープやらなんやらを拾っている。ちゃっかりしてんなあ、俺から視線を外さずにやってるんだもん。
「話を合わせて、大丈夫。怖くないから。
適当に手を振って、無理して笑わなくていいから」
さっと耳打ちする。
手を振ると歓声が上がる。
『ねえ、お兄さん! あなた、何者でしょう!
ハートマークが可愛らしいですね!』
向井さんがマイクを渡す。
何が何でも俺の魔法ってことにしたいらしい。
マイクを持つ俺の発言に注目している。
「もう何でもアリだな。
みなさん、初めまして。
現役魔法使いのお兄さんです」
「名乗れ」
「そうですよ! 逃しませんからね!」
逃げ場がない。
中途半端じゃ許されないか。
「分かったよ! よく聞いてください!
俺は狩人同盟シオケムリ支部の露木です!
退魔師ってより狩人のほうが通じるか?
そこ! 狩人って言った瞬間、ビビったな!
そーだよ! 魔法で日夜バケモンと戦ってるんです!」
「分かったよ、分かったから……落ち着けって」
一息つく。心臓が出てきそうだ。
「けど、超カッコいいでしょ。風間花野井。
俺なんかじゃ全っ然敵わないのよ。
なんでかって? 同じ魔法でも全然怖くねえんだもん! なァ!」
スピーカーがキンと鳴る。
ぎろっと風太君を睨む。
お前だけ逃げるのは許さないからな。
「そりゃあ、こっちも頑張ってるけど。
限界だってあるわけだ。なんせ一般人なので」
静まりかえってんのがすごい怖い。
何でこんな真面目に聞いてるの?
そんなおもしろいことは言ってないんだけど。
「だから、助けてもらったわけね。
本物の魔法使いにさ。すげえんだから」
「俺も十分助けられたよ。
お菓子もハートも銀テープも、楽しいことを考えれば自然と出てくるもんなんだな」
まあ、ハートと銀テープは俺じゃないけど。
そういうことにしよう。
説明するのも面倒だ。
「だろ? これだからやめられないな!
魔法使いは!」
ハイタッチする。
「そういうわけで! 風間花野井と!」
「狩人の露木でした!
一般魔法使いの話、聞いてくれてありがとうございます!」
自然と二人で手を突き上げていた。
歓声が上がり、盛り上がる。
俺は向井さんにマイクを押し付けて、逃げるようにして裏に引っ込んだ。
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