Day15-2 エンターテイメント
チラシをあらかた配り終わって、イベントの控室に向かう。
ドアを開けた途端、その場にいた全員から視線が向けられる。
ひりついた空気が流れる。
「花澤さん? 隣の人って」
「……彼、魔法使いですよね?
いいんですか、連れて来ちゃって」
小声で喋りながら、じっとこちらを伺う。
いきなり連れて来られたから、かなり警戒している。
護衛にしても過剰すぎるし、こうなるか。
「俺が頼んだんです。いろいろあって、ちょっと何があるか分からないから」
「初めまして。狩人同盟シオケムリ支部の露木です。
今日はすみません、無理を言ってしまって。
よろしくお願いします」
一歩前に出て、大人しく頭を下げる。
こうする以外、何も思いつかない。
「ちょっと、魔法使いってなるといつもこうなんですから! 全然大丈夫ですよ! 彼も立派な退魔師ですから! 私たちもおもしろいものが見られると思って楽しみにしてたんです!」
ポニーテールの女性が明るく笑い、空気を破る。
「あ、私、イベントスタッフで退魔師もやってる向井葵です。
司会進行役、頑張るのでよろしくお願いします!」
「どうも。よろしくお願いします」
「あの、露木さんってモモちゃんさんと一緒に訓練やってますよね!
あんな戦える人いないから私、よく見てるんです!
なんかトラブったら、全部私に投げちゃってください!
幻覚魔法でどうにかします!」
親指を立てる。
よかった、他に魔法使いがいた。しかも、訓練所のギャラリーの常連か。
思わぬ味方が現れた。
「モモちゃん、さん……?」
「見ただろ? モモさん、小さいけど戦えるから、実はそれなりに有名人だったりする」
「その後輩なワケだから」
「当然、俺も知られてるわけですね。
まあ、魔法使い同士のしがらみは気にせずに、自分のやるべきことをやってください。先生」
『向井さんがそこまで言うなら』とそれぞれの顔に書いてある。警戒は解けたようだ。
カバンを置いて、道具を取り出す。
「ちょい来て」
「何?」
顔に何かを張り付けて、べりっとはがす。
「はい、これで親衛隊結成ね」
鏡を見ると顔にハートのシールが貼られていた。
「他の人にはやってないのよ、これ」
「ほー……なるほど? 悪くないね」
「だろ?」
これでお仲間ってことか。
他のイベントスタッフはやってないみたいだし、悪くないかもしれない。
服に着替えるのを見届けてから、俺は部屋を出た。
メイクしていく。
「じゃ、俺は前で見てるから」
「楽しみにしてて!」
ギャラリーは通りすがりの人、ガチ勢と思われるファンの人、男女、年齢は問わない。楽しそうにしている中、嫌がらせをするんだから分からないもんだ。
「あーッ! 風間花野井親衛隊だ! いいなァ、俺もやりたい!」
派手な男が俺をわざとらしく指さす。
一気に視線が向いた。殺意が混じっている気がする。
「ついに結成ですよ。今のところ、俺しかいませんが。
先生も見にきたんですか」
「いや、コレだけ渡そうと思って。
親衛隊やるんならこれは必須でしょ?」
デジタルカメラと細かな機材を渡される。
何の変哲のないカメラだ。
元とは言え、強欲の悪魔が渡してきたという点を除いては。
「これ、俺の魔法なんだから大事にしてくださいよ?
大先輩ほどじゃないけど、俺にしかできない絶対にして最高のエンタメ魔法です」
「悪魔の魔法具ですか……」
「扱いやすく改造したんスよ、これでも」
強欲印のエンタメカメラ、被写体を守る程度の魔法が込められたデジタルカメラだ。
魔力が切れるまで無限に撮ることができる。
シャッターを切った瞬間、結界が張られ、悪意などの攻撃的な意思から守ってくれる。
連続で撮れば、効果も強くなっていく。
実際に攻撃された際、武器や魔法はすべてお菓子になる。
もちろん、食べられるので観客に投げてもおもしろい。
付属のバッテリーで充電すれば魔力が補充される。
手入れを怠らなければ、無限に使える。
「なるほど、これで風太くんを撮れと」
「シャッターのタイミングをずらすと、写真ってブレるでしょ。
その分、お菓子は予想外のところに飛んでくるからそれっぽくなるかも」
「それはちょっち怖いけど、何でこんなトンデモ道具を俺に?」
「え? 突っ立っているだけで何もしないとか親衛隊失格じゃない?
写真くらい撮ってあげてもバチは当たらないでしょ。
じゃあ、ちょっと俺は入り口まで迎えに行ってくるから」
「誰か来てるんですか?」
「機械音痴の先輩が来ちゃったもんでね。後は頼んだ」
シェフィ君がばたばっと走り去っていった。
物理的なものであれ心情的なものであれ、何らかの攻撃をお菓子に変える魔法を俺に渡してきた。何かが裏で起きているらしい。
つまり、マジで悪意を持っている奴が明らかに風太くんを狙っている。
本当にバカが針に引っかかりやがった。
「こんな楽しい時に水を差さないでくれ……」
「どうかしました?」
「あの、今更で申し訳ないんですけど、写真撮影ってオッケーですか?」
手元のカメラを見る。
向井さんが口に手を当て、小さく叫ぶ。
「もちろんですよ! すごい、カメラまで用意してるなんて!
本当に信頼されてるんですね! あとで一枚ください!」
「そこは本人と相談してもらっていいですか?
それと、向井さん。そこに立ってもらっていいですか?」
向井さんが前に立つ。
シャッターを切ると、彼女を中心に半円の結界が張られる。精密で漏れがない。
悪魔の魔法も伊達じゃない。
結界を見た途端に彼女の表情が引き締まる。
「これ、誰の魔法ですか?」
「ウチのシェフィ先生がさっきくれたんです。
本人はどっか行っちゃいましたけど」
「これを渡してきたんですか?
私の幻覚魔法とかじゃ、ごまかせないくらいの規模なのね。
複数人いるのかしら。けど、何も感じないんだけどな。
どういうことでしょう?」
「理解が早くて助かります。俺もよく分からないです。
ただ、裏でなんか起きてるのはまちがいないっぽい」
しばらく考え、うなずいた。
「分かりました。とりあえず、何があってもカメラだけは手放さないでください。
あなたしか風間さんを守れないと思うので。私は組合に連絡入れてきます」
向井さんはステージ裏に引っ込んだ。
さて、どうなるかな。釣られたバカはでかいよ。
こっちは悪魔からもらった無敵のカメラがある。
そうは言っても、ステージの前は三角コーンで囲われているだけだ。
バリゲードにもなりやしない。エサは何が何でも守らないと。
徐々にギャラリーの熱は高まる。
しばらくして、向井さんが出てくる。
司会のお姉さんモード、だけど目は光らせている。
観客は気づいていない。
陽気な音楽が流れ、風間花野井が飛び出る。
「のいのい! 風間花野井です! どうぞ、よろしくです!」
1、2の3で飛び跳ねる。
こちらに気づいて、ピースを向ける。
最初に俺かよ。ファンサも徹底している。
これは嬉しいね。その瞬間、シャッターを切る。
一瞬、風太くんに戻る。カメラは予想外だってか?
俺もそうだよ。練習なしのぶっつけ本番だ。
「だいじょーぶ! やったれ、エンタメ魔法使い!」
「だな! 本気を見せる!」
ピースを向けると、笑顔を向ける。
シャッターを切ると、花野井に戻っていた。
切り替えが早い。
練習通り、流れ星を砕いて頭上が輝く。
『すごいですね! 本当に魔法みたい!
みなさん、拍手を!』
「でしょー! 絶対に目ェ離すなァ!」
次々と技を繰り出して、飽きさせない。
花が舞い、星が飛び、追い風が来る。
完全に魔法具を扱いこなしている。
みんなが盛り上がってきたところで、嫌な空気が流れてきた。
行動を起こしてきたか。
『さあて、次はー……あっ!』
向井さんがきょろきょろ見回し、空を指さす。
流れてきた魔力に気づいたらしい。
飛んできたキャンディをバック宙でかわす。
殺意が高すぎて笑えないな。
ステージに杖型のキャンディが刺さっていた。
『わあ、カワイイ飴ちゃんですね! 誰かの忘れ物でしょうか!』
「忘れ物、なるほど?
誰でしょーかね、こんなことするば……うっかり屋サンは!」
アイツ一瞬、バカって言いかけたな。
飴を拾って、不安そうな顔でこちらを見る。
魔法使いがそんな顔をするんじゃないよ。
「だいじょーぶ! みんな見てるから!
忘れたバカが名乗り出ないならちょうだいよ!」
適当に声を張ってエールを送る。こっちを見てうなずいた。
「よし! じゃあ、司会のお姉さんにあげる!」
『わあ! ありがとうございます!』
数人の笑い声が聞こえる。
よし、これでいい。これで全員が証人になる。
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