Day9-2 パンドラボックス
ベッドの周りはカーテンで覆われて、外から誰も見られない。
コートは壁にかけられ、ベッドに寝かされている。
ボーダーのシャツを着ている。
頭に包帯を巻かれ、眠っている。
俺は近くにあった椅子に座っていた。
「さっさと諦めて帰ってくれればいいのになーって思ってる奴、挙手」
すっと手が上がる。
「本当に手を上げる奴がいるかよ。
時間になるまで帰らないからな、俺は」
「……怖くなかったんだ。あんだけ人がいてさ」
「ステラさんがいたしな。それより大丈夫か? すごい音したけど」
「いつものことだから、大丈夫。
嫌になったら帰っていいからね」
ゆっくり起き上がって、壁にもたれる。
額に包帯が巻かれている。
だいぶ落ち着いたらしく、光は消えている。
「どうだった。ちゃんと戦っているところを見るのは、初めてだったと思うんだけど」
「……すげえなぁって思ったよ。息ぴったりで、バチバチやりあっててさ。
秘蔵っ子って呼ばれるだけあるわ」
「それ、やめてくれない? 俺は好きじゃないから」
今も目を合わせてくれない。
「自分でも分かるんだよ、よくない目をしてるなって。
けど、戻す方法が分からない」
「目?」
「戦ってるとき、いつもより怖い目をしてるんだって。
声は聞こえてるんだけど、止められないっていうか。
好きでこうなったわけじゃないのにね」
自分の目をゆびさす。光が入らないほど暗い目だ。
奥底に沈んでいる。
「訓練の時はいつもああなる。自分でも制御っていうか、手加減できなくてさ。
ああなると、何も考えられなくなる。頭が真っ白になるっていうか……」
「手加減できないってモモさん、さっき怒ってたけど」
「そう。それもずーっと言われてる。
あの目から戻れなかったら、みんないなくなるんじゃないかって。
もう何回も言われてる。だから、魔法なんて到底使えない」
ずっと素手で戦っていたのか。大分レベルが高い。
想定しているよりハードなのかもしれない。
「ええカッコしいでも何でもよかったんだよ。
笑ってさえいてくれれば」
ぽつぽつ喋りはじめる。
「俺は何もできないから、そうするしかないと思ってたし。それでよかったんだ。
けど、距離をガンガン詰めてくるし、ウチらのことをちゃんと知ろうとするし。
コイツマジ何なのって今も思ってるし、何なら超怖かった」
「無理させてたなら謝るよ。こっちも自分のことしか考えてなかったと思うし。
ただ、あんな姿を晒しても逃げないって言っただろ。俺はそれを信じただけ。
なのに、何も話さないから割と許せねえなあって思っただけだよ」
「そんなことないんだけどなあ……」
「そう言ってるけど、ちゃんとこっち見て話してないじゃん。
それが許せないって言ってんだよ」
一瞬、目をそらす。
すっと腕を掴み、こちらまで寄る。
「許せないか。ごめんね、こんなことばっかりしてて」
頭を下げる。
ぽたぽたと涙が落ちて、じわりとにじむ。
「俺、今のところ怖いものしかなくてさ。
夜寝る時も訓練の時も、あそこにいた人たちも狩人のみんなも……優しいのは分かってるし、心配してくれてる。このままだと壊れて終わるだけなのも分かってんだけど」
ずっと心が荒れていて、落ち着けない。
どこにいればいいか、分からない。震える背中をさする。
「どうしたらいいんだろう、俺。
もう何も分からなくて……だから、変なことばっかしちゃうのかもしれない」
消えるような声ですがるように俺の肩を掴む。
とっくに限界が来ていたんじゃないか。本当にどうしようもない奴だ。
「大変だったんだな、いろいろと。
歩くだけでもしんどかっただろ。
もういいんじゃないか、止まっても誰も怒らないよ」
「それってどういう意味?」
カイトが顔を上げる。
「ようやくこっちを見た」
「へ?」
「俺のこと見えてる? 誰か分かる?」
「誰って……花澤風太くん、でしょ。
何言ってんの?」
「そうだよ。今はそれでいいよ。
俺には露木カイトにしか見えないから」
頭を撫でる。
涙を流しながら、口をぽかんと開けている。
「お前に何があったのか、俺は知らない。
俺もどうしたらいいか分からないし。
無理に話させるもんでもないと思うし。
気が向いたら話してくれればそれでいいよ」
「……なんで?」
「だから、今度は俺が頑張る。一緒にいれば怖くないだろ。
もう大丈夫だよ。俺も逃げないから」
理解できているのかいないのか、不思議そうな顔で見る。
沈黙が下りて、じっと俺を見ている。
「なんでそんなこというの。俺がやらないといけないのに」
「だから、もうやらなくていいんだって。
ずっと守ってくれてたから、俺はもう大丈夫」
「本当に?」
「大体、そんな傷だらけでズタボロの奴に何ができるんだよ。
ただでさえ、ひとりでいるのがしんどいのにさ」
「……」
「ここには俺とお前しかいない。敵はいないよ。
今だけでも休めばいいじゃん、な」
「……本当に?」
「本当だよ。怖いのはいないよ」
肩を掴んでいた両腕がずるずると落ちて、俺の足元に寝転がる。
カイトの中で何かが崩れ落ちた。
子どもみたいに声を上げて、わんわん泣き始めた。
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