Day3 友達


「露木君!」


花澤君が笑顔で手を振りながら、こちらへ向かってくる。何だコイツ、犬か何かか。


「昨日は本当にありがとう! すごい助かった」


昨日の泣き顔から一変、笑顔で現れた。

切り替えの早さについて行けない。


「どうしたの、急に。頭でもぶつけた?」


「謝ってばかりでちゃんとお礼言えてなかったなって思ってさ。昨日も落ち着くまでずっといてくれたし、なんか安心できたから」


「……俺のせいで友達いなくなっちゃったんじゃない? 大丈夫?」


学生の間では俺が花澤君を泣かした悪者になっている。

カツアゲしたとかなんとか、それっぽい噂が悪意で広まっている。困ったもんだ。

否定している奴もいるけど、あまり意味はないかもしれない。


「いいんだよ、別に。どーせ酒を飲んだら忘れてるさ」


「まあ、追いかけ回されないならそれでいいけど」


余計に嫌われたりしないだろうか。大丈夫かな。


「それでさ、ここ最近はバタバタしてたから、何もできてないし。

訓練所だっけ、使わせてほしいんだけど」


たった一晩で何があった?

昨日は二人とも無言で飯食って家の近くまで送って、なんもやる気起きなくて家に帰った。夜は公園あたりを見回りつつ走って帰って寝た。


俺は何もしてない。本当に何があった。


「一応、聞くけどさ。元気なフリしてるわけじゃないんだよね? 

調子悪いなら無理しなくていいからね」


「昨日あんだけ泣いたから、もう大丈夫。

変なメッセージも届いてるけど、なんか腹立ってきてさ。

好き勝手言ってる奴に負けてられないなって思って」


「アレにようやく怒りを感じたのか。感情が戻ってきてるならいいんだけど」


ようやく感情の整理がついたらしい。

何もできなかったけど、本当によかったのだろうか。


「まあ、元気になったならそれでいいんだけど。

お願いだから、もう無理はしないでね。

泣かした奴らも許せないけど、そういうのって溜め込んでてもしょうがないしさ」


弱いところをひた隠しにして、限界まで誤魔化すわけか。

頼れる人がいなかったらひっそりと首を吊ってるな、これは。


「そういえば、名刺も渡してくれたんだっけね。

ジャグリングだっけか。俺でよかったら練習に付き合うけど」


それにしても、一気に距離を詰めてくるのか。

人付き合いは意外と下手なのか? よく分からない。


「俺さ、一回だけ見たことあるんだよ。風間花野井」


緩んでいた顔が一瞬にして強張る。

なるほど、これが地雷で傷の原因か。


「二、三年くらい前かな、駅前でたまたま見かけたんだよ。

何だコイツ超カッコいいじゃんって思ってさ。

世の中、こんな人もいたもんなんだなって最後まで見ちゃってさ。

で、次の日、本人が学食で飯食ってるわけじゃん? マジビビったよね」


「よく言いふらさなかったな」


「正体がバレたらまずいんだろうなぁとは思ったよ。俺の立場も危うくなるし。

けど、あんなカッコいい人が死んだらたまったもんじゃねえなって思った。

ま、結局何もせずにいたんだけど」


「……ストーカーの件は?」


「アレは本当に偶然。公園を走るのが日課なんだけど、いつもより奥まで行ってみようと思ったら見つけたってわけ。オカルト的な何かかなって思ったのもマジな話」


「……嘘はついてなさそうだな」


「嘘はついてないよ。最初からずっと」


「そっか」


「だから、大丈夫。逃げたりしないよ。

ただ、まだ言えないことがあるだけ。それはごめんね」


「気にしなくていいよ、別に。

無理してまで聞きたくないし」


「優しいね、本当に」


「それは露木くんもだろ」


「カイトでいいよ。俺も風太君って呼ぶから」


「じゃあ、ちゃんと友達だな」


ちゃんと友達か。信頼を得たってことなのかな、多分。

警戒されるよりいいかもしれないけど、友達がいなかったから何も分からない。


さて、どうしたもんかな。俺としてはこちら側に来させたくないんだけど。

嫌がらせの件もできれば、知らない間に片づけてしまいたい。


無理なんだろうなあ、いつかバレる気がする。

訓練所にいるのを見たら、モモさんはなんて言うかな。

想像もつかないや。


「親衛隊やるか、本格的に」


「まだ言ってんのかよ。俺は嫌なんだけど」


「何でだよ、昨日みたいなことが起きるよりいいでしょうよ」


「アレは完全にカツアゲだったじゃん。怖いんだよ」


「そりゃ、隠し持っている道具があったら黙ってらんないでしょ。

仕事はしないと」


しばらくは観察しながら学べばいいか。

どのみち、何も分からないんだし。


その笑顔を守らないと。今はそれしかできない。

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