Day4 不眠症
純喫茶タナバタ。
駅の近くにある喫茶店で、カルボナーラとクリームソーダが美味しいらしい。
退魔師が経営しており、個室すべてに鍵がついている。魔法や未知の存在に対する理解度は高く、会議したり作業したり、仕事をしているらしい。
鍵付きなので防音対策はしっかりしている。
そこで寝ているアホ毛を迎えに行けと、俺に話を振られたのはなぜだろう。
休日だから様子を見に行けとだけ言われた。
露木カイト。
左耳にリボンみたいなピアスをつけてて、隣の席で暗い目をしている。
異世界関係論以外で関りはほとんどない。
狩人っていうあだ名が本当だったこと、字がクッソ汚いこと、ウチの学生からかなり嫌われてるっぽいこと、それしか知らない。
何なら退魔師自体が嫌われてる。
飲み会なんかでたまに話題に上がる謎の集団は彼らのことであり、その一人らしい。
そんなヤバい奴に泣かされたって噂が広まっていて、もう意味が分からなかった。
泣かしてきたのはお前らだし、カイトは何も悪くない。
そう言ってもだーれも聞いちゃくれないけどね。
ステンドグラスがはめられた木製の扉を開けるとベルが響く。
「いらっしゃいませ。おひとり様ですか?」
「露木カイトって狩人いますか?
ここで寝てるってモモさんから聞いたんですけど」
「ライセンスはございますか?」
「学生証ならあるんだけど、退魔師じゃないとやっぱりダメか」
一応、学生証を見せる。
「申し訳ございません。
個室はライセンスをお持ちの方しかご利用できませんで……」
「だよなあ……俺もそう言ったんだけどさ。モモさんからカイトが電話に出ない時はここで寝てるかどこかで死んでるかのどっちかだって言われて」
「お知り合いのようですし、伝言などあればお伝えしましょうか」
「急ぎの用事じゃないみたいだし、大丈夫です。
クリームソーダを飲んでる間に起きなかったら帰ります」
ランチタイムだというのに、客はほとんどいない。
個室を占領してまで居座るような場所なのか。
雰囲気はいいと思うけど、長居するような場所じゃない。
てか、電話したら起きたりしないかな。
ここにいるのは分かっているんだし。
カウンター席に座り、電話をかける。
『なになになに? どうした? なんかあった? どこにいるの?』
「お前さあ、今何やってんの? 俺がここまで来る羽目になったじゃないか」
カイトが個室からバタバタと出てきて、俺を見つけた瞬間、膝から崩れ落ちた。
ワンコールですぐに駆けつけるとか犬かよ、コイツ。
「え、わざわざ来たの? てか、風太君を使うなって……何かあったかと思った。
マジで心臓に悪い」
「アタシが言っても聞かないから迎えに行けってさ。俺をなんだと思ってるんだ」
「人使いの荒い先輩でマジでごめん。
なんか奢るからさ、それで許してくれない?」
なんか奢ってもらえと言われたが、ここまで予想通りだったか。
人の使い方を実に心得ているいい先輩だ。
カウンター席で隣に座る。
「奥の仮眠室で寝てるって聞いたんだけど、どのくらい寝てた?」
「9時に来たから3時間くらいじゃない、多分」
本当に仮眠じゃないか。タダで寝れるわけじゃないだろうに。
「家じゃ寝れないんだよ。静かすぎて、音が気になる。
ここだと適度にうるさいからさ、なんか落ち着くんだよね」
「そんなにひどいのか?」
「すげー静かだね。俺以外にも人はいるはずなんだけどなあ……まあ、薬を飲まないと寝れないだけなんだけど」
「その薬は?」
「……あるけど、家に帰りたくない」
「面倒くせえなあ、マジで何なの?」
「よく言われる」
「一切褒めてねえよ。俺もこのままじゃ帰れないし、散歩でもするか?」
「別に気にしなくていいよ。飯食ったら自分で帰る」
「帰らなさそうだから、家まで送り届けろって言われてんだよ」
テーブルに肘をついて頭を抱える。
今日はいつもより暗い目をしている。寝癖がひどい。
本当に寝起きなんだな。
「……信用なさすぎな、俺」
「朝から喫茶店の仮眠室で寝てるからだよ」
店に迷惑をかけているかもしれないから、俺に探させたのだろう。
使い走りみたいになっている。
「モモさんから様子を見に行けと言われたから来たけど、思っている以上にひどいな」
「本当にマジでごめん。家にいても落ち着かなくてさ。
外にいたほうが気がまぎれるっていうか」
「そうだとしても、もっと違う場所を探せよ。
ここは寝る場所じゃないんだって」
「いろいろ探してここにたどり着いたんだけど……とりあえず、なんか食べるか」
メニュー表をめくっている。
「クリームソーダがオススメだって聞いたよ」
「まあ、そうね。それしか飲まないからよく分からないけど」
「好きなの?」
「コーヒーが飲めないだけ」
そういえば、甘いものを食べているところしか見たことがないな。
好き嫌いがかなり激しいらしい。
「一人暮らしなんだっけか?」
「蒼玉楼っていう社員寮があってさ、そこで生活してる。
悪くない場所だと思うよ。俺に向いてないってだけで」
「そうか」
「家にいてもやりたいことがなくてさ。気づいたら寝てるんだ」
「大丈夫か? 今度、家まで行こうか?」
「そこまで気にしなくていいよ。今日は本当にありがとうね」
ぽつぽつと会話が続いては途切れる。
蒼玉楼まで送り届けたが、どんよりとした目が晴れることはなかった。
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