Day6-2 悪魔
「例えば、町中のありとあらゆる窓や扉を閉じる程度の魔法。心の傷を抉る程度の魔法。相手を操る程度の魔法……これ、一晩でウチの大先輩が使った魔法ね。
それでも、うまくいかなかったらしいけど」
シェフィ先生とばったり会って、魔法について聞いていた。
異界の住民を秘匿するために使われていた技術で、ネットで暴露されてから一気に広まった。
先生が悪魔になった経緯はほとんど覚えていないらしい。
人外になった期間のほうが長く、魔界の秩序を保つためにいろいろ頑張っていた。
魔界がなくなった後は、歴史を語り継ぐための仕事を探して、ここに落ち着いた。
今は魔法が一番得意だった大先輩の自慢を聞かされていた。
いつも黒い服を着ていて、かなり面倒くさい性格をしていたらしい。
「それだけ聞くとなんか悪魔っぽいですね」
「もう何百年も前の話らしいし、信憑性もあんまりないけどね。
ただ、人外だからそんなどデカい魔法を使えたってだけの話。
全部人力でやるんだったら、数百人くらいは犠牲にしないとダメかなあ」
「生贄ってことか」
「最終的にはそうなるのかな。俺から言えるのは、大先輩が何を考えていたのかはもう誰にも分からないってこと。
今挙げた魔法を同時に使うなんて、どう考えても正気じゃない。
自分からバケモノになるようなもんですよ」
バケモノか。
先生の言っていた魔法はどれも凶悪であることしか分からない。
人を家に閉じ込めるとか操るとか、全然想像がつかない。
「何をしようとしていたんですかね、その人」
「あの人のことだから、どーせロクなことを考えてなかったと思うよ。
理屈とか名誉とかそういうの全部スッ飛ばして個人的な感情で動いた結果、失敗した。退魔師はいなかったらしいけど、戦争になりかけたのはまちがいない」
「そんなに大変なことだったんですか」
シェフィ先生の目がすっと遠くなる。
「俺たちにとっては、かなり危ない事件だったね。
想像しにくいだろうけど、俺たちはいわゆる侵略とかしなかったのよ。
追われてきた人たちを保護したり、追いかけてきた人たちを迎撃したり、基本的に守ることしかしていなかったのね。
ただ、あの人だけが個人的な感情で外に攻撃を仕掛けた。
とんでもないことをやってくれたし、戦争にならなくてよかったっていつも思う」
「どうなったんですか、その人」
「そこを統治していた人外に追い出されたって話は聞いた。
その後は何してたんだか、俺も知らない。
けど、百ウン年くらい経った後、なんかふらっと戻ってきたんだよね。
結局、あの人レベルの魔法使いっていないからさ。やむを得ず呼び戻したんだって」
問題を起こした有能な政治家が戻ってくるのと似たような物だろうか。
やっていることは人間と大して変わらないらしい。
「大先輩がいたら、嫌がらせの犯人なんかすぐ捕まるんだけどねえ」
「絶対に呼ぶなよ。束になっても勝てないんだから」
カイトが割り込んでくる。
本当に偶然会っただけで、何も言っていない。
どこで臭いを嗅ぎつけてくるんだろう。
「そもそも、どこで何してんのかも分からないけどね。
何かあっても困るからこれあげる。鍵にでもつけといて」
変な模様が入ったメダルを渡された。
「え、ガチのお守りじゃん。
こんなのいつの間に作ってたの?」
「最近はこういう小道具のほうが売れるんだよね。
さりげなく身につけられるアイテムがトレンドみたいでさ。
ネットが発展したおかげで時間関係なく商売できるし、いい時代になったもんだ」
「アンタみたいなカッコいい悪魔が売ってるってなると、チップも弾むんでしょうね」
「まあ、ぼちぼちかな。サイトによってシステムも違うし」
「これは荷物検査には引っかからないんですか?」
「あくまでお守りだからね、魔力は込めていない。
ただ、これを見ると逃げていく人がいるよってだけ」
「そりゃ、魔界の悪魔の仲間だって言ってるようなもんですからね。
近づきたくない人だっているでしょ」
「お前もか?」
「悪いことしなかったら別にって感じかな」
悪魔だからと言っていつも悪いことをしているわけじゃない。
人を導くこともある。
「こうなったら、俺もそのライセンスとやらをとったほうがいいのかな」
「どうだろうね、自衛目的で取る人ってあんまりいないんだよ。
そもそも、退魔師かそれに関する仕事をやるための資格だからさ。
何かあったときのことを考えると、ちょっと厳しいかもしれない」
「さいですか」
本来の目的から外れてしまう使い方はできないらしい。
思いのほかルールがちゃんとしてるんだよなあ。
「魔法に関する講習会ならいつでもやってるから、一度行ってみればいいんじゃない? 狩人同盟でなくても、しょっちゅうやってるしさ」
「先生、彼に何を吹き込んだんですかね」
「変なことを言わないでくれるかな。質疑応答の時間を設けただけよ。
異界史概論の入り口と大先輩の自慢をちょっとだけね」
「アンタの先輩自慢とか本当にやめてください。
こっちは束になっても敵わないんだから」
渋い顔でにらみつけていた。
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