Day2-1 魔法


「おーい、花澤くん」


露木くんが手を振っている。

門の前でテントを張り、学生が列を作っている。


「悪いね、朝から落ち着かなくて。

手の空いてる奴らを集めて、荷物検査してるんだ。カバンの中身、見せてくれる?」


「そんな連絡なかったけどな」


「連絡してたら抜き打ちにならないでしょ?

中身をざっと確認するだけだからさ、頼むよ」


露木君が手招きして、声を落とす。


「実は昨日の件で荷物検査しようって話になったんだ。あのストーカー以外に魔法を使っている奴がいるかもしれないし、他の学生にも何かあってからじゃ遅いしさ」


「そんなマズい状況なのか?」


「かもしれない。あそこのテントで相談もやってるからあとで来て。

持ってきた荷物、チェックしてあげるから」


対魔組合と書かれたテントがある。

カーテンで仕切られ、中は見えないようになっている。


「大丈夫だよ。ウチの先輩方はすげえんだから。

こんな事件、すぐに終わるさ」


あちらこちらでブザーが鳴っている。

分厚い本を取り上げられ、透明なケースに入れられた。

小さな瓶がジップの袋に入れられている。

ビール缶を目の前で開けられ、飲み干された。


昼間から何やってるんだ、ウチの学生は。


「まあ、講義に関係ないものも没収してるからね。酒なんて可愛いもんだよ」


「……それ以外は魔法で引っかかってるのか?」


「信じられないだろ? それだけ身近にあるんだよ。魔法って」


秘密道具の検査なんて、うちの大学以外でやっているところはあるのだろうか。

もしかしたら、科学より進歩しているかもしれない。


「まあ、魔法なんていつどこで仕込まれてるか分からないからなあ……」


カバンを開く。ぎょろんと二つの目玉がこちらを見ている。


「花澤君、これは何ですか?」


ブザーが響き誰もが振り向いた。

カバンから首を切られた頭が出てきた。

髪はなく、ぐるぐると目玉が回っている。


「とりあえず、あっちで話そうか。さすがにイタズラがすぎる」


生首を脇に抱え、テントの中に入れてくれた。

スーツを着た人とコートを着た人でブースが分かれている。

昨日はコートを着ていた人に話を聞いてもらったんだっけ。


「モモさん、花澤君を連れてきました」


ていうか、全員コートを着てた気がする。

露木君が呼んだ一際小柄な女性もコート着ているし。

狩人ってこんな感じなのか? よく分からない。


「ああ、昨日のね。どうも、アタシはモモ。

カイトの先輩社員ってところかな。あの後、大丈夫だった?」


露木カイト。そういえば、そんな名前だったな。

すっかり忘れていた。


「てか、思っている以上にマズイかもです。

こんなの入ってましたし」


テーブルの上に生首を置く。よく見るとただのマネキンだ。

目玉は動かず、じっと虚空を見つめている。


「自分で持ってきたわけじゃないんだよね?」


「モモさん、花澤君はそんなことする奴じゃないよ。

エンタメと嫌がらせの境界線は誰よりも大事にしてる。

人を悲しませるようなことは絶対にしない」


断固として否定する。

俺よりも先に、食い気味に反論する。


「その証拠は?」


「露木くんにも渡したんですけど、俺、実はこういうことやってまして……」


『風間花野井』と書かれた名刺を渡す。

表情一つ変えずに、名刺をじっと見る。

モモさんが眉間にしわを寄せ、頭を抱えた。


「ウチでもアンタに夢見るガチ勢が増えててさあ……同業者として本当に申し訳ない。てか、今までよく知られなかったね?」


「花澤くん、キャラ全然違うもんな。あんなキラキラしてないし」


「どれだけ演技してても勘のいいやつは気づいてると思うよ。

それこそ、魔法なんて使われたら何でも分かっちゃうし」


分かる人には分かるとは思っていたけど、そこまで分かるものなのか。

魔法使いが何なのか、未だによく分からない。


「しかし、何でそんなにヘイト買ってんの?

なんか変なことでも言っちゃった?」


「あのメッセージの量、正気とは思えませんしね……彼の同業者に本物の魔法使いがいるんじゃないですか? 一般人なのに人気があるから嫌がらせしてるとか」


「昨日のストーカーの件もあるしね。

とりあえず、持ってきてもらったやつとそれは全部預かるから。

嫌がらせの犯人、見つかるかもだし」


荷物とマネキンを机の下に置いた。

今朝、カバンの中を見たときは入っていなかった。いつの間に入っていたんだ。


「なんか本物を見て幻滅しそうなんだけど」


偽物を追いかけまわすとか、どんな嫌がらせだよ。

モモさんはため息をつく。


「今のうちに幻滅しといた方がいいよ。

狩人なんて名乗ってるけど、いいようにこき使われてるだけだし」


「ウチらはバリバリの武闘派だから、あんなことできないし」


人を助けるのはカッコいいことの一つじゃないのだろうか。

昨日、変な奴から助けてくれたじゃないか。


「ただ、アンタみたいなのって魔法使いの理想のひとつなんだよね。

ああいうのに憧れて魔法を覚えて、現実を知って闇堕ちしてウチらに捕まるところまでがワンセットね。必須パターンだから、覚えておいて」


「そんなパターン知りたくなかった」


「少なくとも、俺にはああいうのは無理だしね。本当にカッコいいと思うよ」


「アンタ、表情筋死んでるもんね」


「モモさんだって似たようなもんじゃないですか! すぐに手が出るし!」


「手加減できないような奴に言われてもねえ。

ま、何か分かったら連絡するから、その時にまた事務所に来て」


さすがに即席の相談所じゃ何も分からないか。

数日はかかりそうだ。


「しばらくこのへんにいるからさ、なんかあったら呼んで。

無理だったら電話してね」


「分かった。じゃ、気をつけろよ」


「そっちこそ、気をつけてね」


次の講義に向かった。

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