Day14 ピアス


「カイトのさあ、その耳どーなってんの?」


「耳?」


俺の左耳を指さす。

しばらくは講義が終わったら訓練所を行き来して、帰りにタナバタで飯を食って帰る。


「そのリボンみたいなやつ、前から気になってたんだけど」


「ピアスだよ、見る?」


ピアスを外す。耳にリボンが巻かれたようなデザインになっていて、穴の部が透明なパーツでできている。誰かがくれた気がするけど、誰だっけ。

取り替えていないからボロボロだ。同じもの、売ってるのかな。


「風太君も開けるかい?」


「開けない。耳に穴が開いてるのを見るとなんか怖いな」


「そう? 慣れちゃったから何とも思わなかったな」


「何でそっちだけ開けてんの?」


そう言われてみれば、片耳だけ開けているのも変な話か。

穴を開けた理由もよく覚えていない。


「両方バチバチに開けてたんだけど、塞がっちゃったんだよね。

奇跡的に残った方をうまく活用してるだけ」


「痛くなかったの?」


「俺はそこまで気にならなかったかな。

魔法の補助具って結構あるんだけど、指とかにつけると邪魔なんだよ。

だから、耳とかあんま気にならないところにつけようかなって思ってさ」


疑わしげな表情を浮かべる。


「今の話も本当なんだけどね」


「じゃあ、本題は他にあるんだな」


「聞きたい?」


「聞かせたいんだろ? 聞くよ、何があったの」


「本当にいい奴だよね。風太君てさ。友達になれてよかったよ、マジで」


闇を知らない人だから、少し言葉を選ばないといけないか。

リボンをいじりながら、何となく考える。


「施設で流行ってたんだよね、こういうの。

こっそりやったから先生にコテンパンに怒られたのはいい思い出だ」


「施設?」


「最初の講義で言ってなかったっけ。

うちの家族、俺が子どもの時にみんな死んでるのよ。

変な怪人に襲われてさ、そりゃもう大変だったんだから」


穏やかな休日、商店街で改造人間が暴れまわり、大勢の人が死んだ。

俺だけが取り残された。

誰も引き取ってくれず、施設に送られ、そのまま退魔師の免許を取るまで生活することになった。


「……さらっとよく言えるよなあ、お前。

どう処理すればいいのか分からないんだけど」


「処理? 脳みその片隅にでも置いといてよ。

こっちはその話をウン千回もしてるからさ。なんかもう、どうでもいいんだよね」


少しだけ沈黙が下りる。


「だから、退魔師になったのか」


「てか、それが施設の方針だったからね。

社会からドロップアウトした連中をとりあえず、使えるところまで使って野垂れ死にさせるっていう超絶ブラックなところだった。

基本的に不良しか来ないから、退魔師以外に選択肢ないのよね」


案の定、言葉に困っている。

これ以上、困らせたくはない。


「魔法もある程度使えるから、支障は出ないしさ。

意外とどうにかなってる。俺なんか心配しないでいいからね」


俺はピアスをつけ直す。

これがないと落ち着かないんだよな。


「カイト、俺はお前がちゃんと生きていて嬉しいって思ったよ。

大学生も文句言いながらも真面目にやってるしさ」


「そうか? ちゃんとした学生からは程遠いと思うけど」


「だから、何かあったら話くらい聞くから。

カラオケにでも行こう、な」


「俺は別に構わないけど、急にどうした? 同情されんのが一番嫌なんだけど」


「じゃあ、どうしたらいいんだよ」


「そーね……俺は風太君が笑っていてくれたらそれでいいや。

その笑顔を守りたいな、俺は」


「学習しねえな。こっちは傷ついてる奴を放っておくほどクズじゃねえのよ。

大体、何かあったときどうするんだよ」


「その時はその時でどうにかするさ」


「それは大抵どうにもできない時なんだよなあ……。

そりゃ、俺は何もできないか弱い一般市民だし、頼りないかもしんないけどさ。

苦しそうな顔してる友達を放っておけないわけよ」


「今、そんなひどい顔してる?」


「してるよ。ピアスも嫌だったけど何も言えなかった、とか?

俺はよく分からないけど」


何も言えなかった。

何でこれを外せないんだっけ。ピアスをいじっても何も出てこない。


「怖かったか」


「いきなり穴開けろって言われてできる?」


「無理」


「だろ? でも、逆らえないんだよ。なんかそういう空気ができちゃっててさ。

先生もクズばっかりで基本的に頼りにできないしさ。そりゃ、ケンカだって強くなるわな」


「でも、外さないんだな」


何で外せないんだっけ。あと少しで思い出せそうなんだけど。

必死に虚空に手を伸ばす。


「……確か取り外してくれたんだよな、あの子。

すぐいなくなっちゃったけど」


「取り外した?」


「そう、バイバイするって言ったらつけてくれた」


「あの子ってことは女子か?」


「確か、そのはずだけど」


「へえ、彼女いたんだ」


「そういう関係じゃないよ。最後までからっぽだったし、決して健全じゃなかった。

何やってんのかな、今頃」


疑わしげな眼で俺を見ていた。

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