第18話 すれ違い side トキ
――「トキくんが、そんなこと、言わないで……っ」
そう言った砂那は、泣いていた。きっと、俺が泣かせた。
キーンコーンカーンコーン
午後の始業のチャイムが鳴って、先生と同時に教室に入ったけど、砂那は教室に戻ってなかった。てっきり、先に戻ってると思ったのに……どこ行ったんだ、砂那……。
だけど、教室に入ってしまったからには、先生の目に留まってしまう。「吾妻、小テストするぞ。早く席に着け」そうだ。数学の授業だった。大橋を見ると、熱心に教科書を見ている。その横の席が一つ空き、相条さんが心配そうに俺を見ていた。
「(相条さん……?)」
いつも自信満々な顔の彼女が、弱々しそうにしているのが引っかかる。それに、砂那の席をチラチラと見ているのも……。俺は話を聞くべく、席に着く。
「あれ?倉掛は休みか?」
「いえ……保健室に。調子が悪いと」
「そうか。ありがとう」
思わずウソをついてしまった。砂那が戻ったら謝ろう。それに、泣かせてしまった事も。俺が先生に答えたのを聞いて、相条さんは俺を凝視した。砂那が授業をボイコットなんて初めての事だから心配した様子だった。小テストが終わり、各々の列が回収にいそしんでいる中、相条さんは俺の方を向く。
「砂那、どこが悪いの?」
「どこも悪くない……保健室はウソだ。ごめん、砂那の居場所は……分からないんだ」
そう答えると、相条さんは目を開いた。驚いているようにも見えたし、怒っているようにも見えた。たぶん、どっちもだ。
「分からないって……トキくん、砂那と一緒だったんじゃないの?」
「会ったよ。でも…………」
言い淀む俺に痺れを切らしたのか、相条さんは「もう!」と怒ってしまう。先生が「今日は34ページからなー」と授業を始めたのをきっかけに、前を向く。その振り返り際に――
「次の休み時間、砂那を探すのを手伝ってよね」
「……もちろんだよ」
その会話を最後に、砂那の話は終わりになる。だけど授業の間の相条さんは、外を見たり、廊下を気にしたりと、終始落ち着いていない様子だった。
そして、それは俺も同じ――
「(砂那、ごめん……。どこに行っちゃったんだ……砂那……)」
祈るように、シャーペンを強く強く、授業が終わるまで握っていた。
授業が終わると、相条さんが「行くよ」と言って、俺と大橋の首根っこを掴んで廊下へ出た。「え、え?」と訳の分かっていない大橋に、相条さんが「トキくん説明して。大橋にも私にも」と前を向いたまま、何があったかの詳細を求める。
「うん」――と暗く黙ると、意外なことに相条さんも声のトーンを低くした。そして、
「私も、何があったか話すから。正直に」
そう言って相条さんが申し訳なさそうに眉を下げたのが、後ろからチラリと見える。俺と会う前に、相条さんと会ってたのか?そう言えば、どうして砂那は、あんな所に……。
湧いて出てくる疑問に一旦は蓋をして、俺は何があったかを二人に話す。大橋の告白の件で首を突っ込んでしまった事、そして聞いた砂那が泣いてしまった事――全てを話すと、二人は苦い顔をして俺を見た。
まずは、大橋。
「いつもは俺の事に無関心なトキくんが、どうしたって告白なんかに首突っ込んじゃったのさ~」
「……ごめん」
「いや、謝ってもらっても仕方ないんだけどさ……でも、聞いて良い?どうして砂那ちゃんにそんな事を聞いたの?告白の返事はまだしてないのかって……。俺がこの前”返事はまだ貰ってない”って言ったから、知ってたよね?砂那ちゃんがまだ告白の返事をしてないことくらい」
「……知っていた」
「だったら、なんで」
「……」
そう、知っていたんだ。俺は、砂那がまだ大橋に告白の返事をしていないことくらい。知っていた、はずなのに……。
「色んな感情が混じって……ごめん。上手く説明できないかもしれない。だけど、砂那が大橋の事を本当はどう思ってたか知りたかったし、大橋へ早く返事をしてもらいたかった」
「それは……俺への同情で?どうせ振られるんだから早く結果を教えてやれって、そういう哀れみで?」
大橋は、今日と言う今日は笑わなかった。真剣に俺を見て、その瞳の奥にはメラメラと炎が燃えているようにも見える。怒りと言う炎。
「俺、慰めはいらないって言ったよね?」
「聞いた……けど、別にお前を慰めたくて……一思いに砂那への恋を終わらせてやるために、砂那にそう言ったんじゃない」
「……どういうこと?」
顔に青筋が入ったようにも見える大橋を、一瞥する。俺は別に大橋に同情しているわけじゃない。そう、俺が砂那に告白の返事を促した理由は――別にある。
「告白したいと思った。砂那に。だけど、大橋の一件があるのに、重ねて俺が告白すると……砂那が追い詰められそうで……傷つきそうで。大橋の件が終わって、その時に告白しようって思ったんだ」
「……つまり」
大橋がニコリと笑う。それは、怖いくらいの笑みだった。
「自分が早く告白したいから、砂那ちゃんに返事を早くしろって催促したわけ?うわー!トキくんって最低!俺へも失礼だし、砂那ちゃんにも急かしちゃって男らしくない!それに、てっきり俺への友情で砂那ちゃんに返事をするように促したのかと思ったのに、真逆じゃん!」
「……うん。今では、急ぎ過ぎたって……反省してる」
言葉とは裏腹に、顔に思い切り「不機嫌」と書かれている俺を見て、大橋は「俺が傷つかないとでも思ってるの?」と呆れた目で俺を見た。
「いくらイケメンで部活でもエースと言われる俺でも、サイボーグじゃないからね?きちんと傷つくからね。むしろ傷つきやすい方だからね?俺は」
「……だから謝ってるだろ」
「どこが!いつ!?むしろ逆でしょ。その大きな態度をいますぐ改めてよね」
ふんと鼻を鳴らした大橋。相当怒っている……まあ、無理もないか。俺がしたことは無遠慮だった……確かに、そうだ。だけど――
「その……悪かった。ラーメンを一緒に食べたお前との間に、遠慮はいらないかと……勘違いしてた」
「……え、う、うん……なんか、調子狂うなぁ。ねえトキくん。君が友達経験ゼロなのは知ってるから、分からない事があったら俺に相談してよ」
「友達はゼロじゃない。少なくとも一人はいた」
「それは、もうゼロと同じだから」
全然違うのに――と反論したい俺の肩を、大橋がガッと自身の腕を回す。
「ラーメン食べた仲っていうんなら、そういう時こそ俺を頼ってよ!」
「!」
「もう友達でしょ、俺たち。ね?」
友達――大橋と……。変な感じがしたし、素直には頷きたくなかったが……でも、そうなのかもしれない。俺の方が、そう思っていたのかもしれない。友達だから、踏み込んでいいと、勘違いしてしまったのかもしれない。
例え友達だって、ラーメンと食べた仲だって、越えてはいけない垣根がある。砂那の事が、そうだ。
「大橋……悪かった。自分のことばかり考えてて……」
肩を落とす俺に、大橋は「素直なトキくんこわー」と、俺の肩から腕を放して、離れていった。その顔はいつもの笑みで、いつもの大橋だった。
「またラーメン行こうよ。もちろん、トキくんのおごりでね」
「……わかった」
ニッと笑う俺たち。俺たちの周りにいた女子達は「絵になるわねぇ」と口々に囁いている。会話の内容自体は聞こえていないから、ホッとする。
が……
「もういい?あいにく、私は男子の友情にウットリするほど暇じゃないんだけど」
「……ごめん」
「……すみません」
大橋と友情を確かめ合っていたなんて、今更ながら恥ずかしくなってきた。大橋も同じなのか、俺と近い距離にいたのに、今ではヒト二人分の距離を空けて離れて立っている。
相条さんは、そんな俺らを見て「砂那に何があったか分かったわ」と言った。だけど、眉間のシワは深くなるばかり。そして、苦い顔をして「タイミングが悪かったわね」と俺を一瞥した。
「今度は私が正直に話す番ね。トキくんと会う前に、砂那は私とご飯を食べていたんだけど……その時に大橋への告白の返事の話題になって……私、砂那を傷つけちゃったの」
「え、また俺?まさか俺って人気者?」
嬉しそうに言う大橋を見て、相条さんが「はぁ」とため息をついた。
「砂那も、大橋くらい積極的で前向きだったらいいのに……。砂那ね、大橋への告白の返事を、迷ってるの」
「え」
「うそ!」
対照的な反応をした俺たちに、相条さんが「ごめん言い方が悪かった」と謝る。
「大橋がもう気づいてるみたいだから、この際いうけど……どうやって断ろうか、それを迷って今まで返事が出来ずにいるんだって」
「あぁ」
「うそ……」
また対照的な反応をした俺たち。覚悟はしていたものの、やはりNOが返ってくるのは堪えるのか……大橋は明らかに肩を落とした。俺と相条さんは何か声を掛けた方がいいかと迷ったが、大橋の方から口を開く。
「砂那ちゃんはさ、優しいからね。大体の見当はつくよ。どうやったら俺が傷つかないか、そういう断り方を考えていたんじゃない?」
力なく笑った大橋に相条さんが頷く。大橋は「バカだなぁ砂那ちゃん」と、また笑った。
「最初から玉砕覚悟で告白してるんだから、傷つくのも想定内だよ。むしろ、告白を断る方こそ傷つくだろうに……砂那ちゃんは、本当に底なしの優しいお人よしだね」
「大橋……」
ちょっと見習った。いつもの飄々とした大橋が、大人びて見えた。本当に砂那の事が好きなんだと、俺も相条さんも手に取るように分かった。
そこへ「でもね」と相条さん。
「私、言っちゃったのよ。それは優しさじゃない偽善だって。大橋に残酷なことをしてるって。ごめん、好きな人がいるからって、それだけを言えばいいのにって……。砂那は覚悟が出来てなくてにげてるだけだって……。
はあ、なんで私、あそこまで言っちゃったんだろう……友達として失格だ……」
「……え、と」
「うわーしずかちゃん、キッツ―……」
こんなに落ち込んでいる相条さんは初めて見るかもしれない。だからなんて声を掛けてあげればいいのか迷っている俺の横で、大橋がストレートに感想を述べた。
もちろん、相条さんは傷ついたらしくて「分かってるわよ、自分が最低なことくらい」とはぁとため息をついた後に、近くにあった窓にドンと頭をよからせる。
「私、昔からそうなの。思ったことをついつい言っちゃう。言い過ぎちゃう。加減を知らないの。今まで、たくさんの人を傷つけて来た。砂那は優しいから、私の事を責めないけど……本当は、私とはもう友達でいたくないのかもしれない」
「ごめんねトキくん」と相条さんが続ける。
「トキくんが大橋の返事の事を聞いた時、きっと私から言われた言葉を思い出したんだと思う。偽善とか、そういうヒドイ言葉。だけど、トキくんにそう思われるのは嫌で、恥ずかしくて……思わず泣いちゃったんじゃないかな。あくまで推測だけど」
「そっか……」
なんとなく、繋がった。砂那は、俺が砂那を責めているように思えたんだな。「告白の返事をしないヒドイ女」とでも、俺が言うと思ったんだろうか……そんな事、絶対言いやしないのに……。
物思いにふけていると、さっきまでしょぼくれていた相条さんが「大体トキくんねぇ」と俺を指さす。
「砂那に対して消極的すぎ!なんでそんなにかっこよくなったのに、グイグイいかないの!?もっと砂那を引っ張ってよ!砂那のことを早く振り向かせて、彼女にでもなんでもしちゃいなさいよ。どんなけ告白まがいな事を言っても、知らない間にキスしても、きちんと目を見て”好き”って言わないと、何も変わらないんだからね?」
「……」
「は……はぁ!?」
一瞬にして気を失いそうな俺と、そして怒りの目で俺を見る大橋。相条さんの言葉に情報が多すぎてまとまらない。どんな公開処刑なんだ、これは……。
「キスってなに!?告白まがいなことって何!?俺は何も知らないよ!?トキくん説明して」
「砂那、ほっぺにちゅーされてた時に起きてたらしいよー。告白も”あれはどっち?”って分からないみたい」
「……」
「ほっぺにちゅー!?」
「ちょっと大橋、うっさい黙って!」
「……悪夢だ」
呟いた俺の声は、口の中に留まり外に出ることはない。もうどうしたってその場にいるのが限界になり、向きを変えて二人から遠ざかるようにダッシュをする。後ろで大橋が「待ってトキくん!俺ら友達でしょ!?」と俺を引き留めようとしたが、相条さんがその肩を掴んでいた。
「はいはい、大橋。あんたも覚悟できてるんでしょ。じゃあ諦めた諦めた。あとはご両人に任せなさいな」
「……ひでーよなぁ。一番頑張った俺が、一番邪魔者なんだもんな……」
いじいじといじけて、相条さんがしてたように窓に頭を置く大橋。相条さんは「次の授業出る?」とどこ吹く風だ。
「出ないよ。失恋タイムくらいはほしいよ。傷ついた心を癒す時間がほしい……」
「……付き合う」
「え、ほんと?やった。しずかちゃんくらいの美女が隣にいてくれたら、俺の元気もすぐ戻るよん♪」
またいつものようにおどけて見せる大橋。相条さんは諦めたような乾いた笑いを見せた。
「でも、知ってるでしょ?私、攻撃的なんだから。大橋もすぐ傷つけられるわよ」
だけど、大橋は「そうかもね」と言って、意に介していない様子だ。窓に預けた頭はそのままに、フッと笑ってみせる。
「でもさ、昔から綺麗なバラには棘があるって言うじゃん。相条さんはね、バラなんだよ。だって綺麗じゃん?美人じゃん?」
「……わりと意味が分からないけど」
「なんでさ、そのままだよ。誰だっていい面もあれば悪い面もあるってことだよ。砂那ちゃんだって、ちゃんと分かってるはずだよ。相条さんの本当の優しさをさ。それに……」
「それに?」
「俺は結構好きだよ、バラ」
「!」
大橋がニカッと笑ったのを見て、相条さんの顔が少しだけ色づく。だけど、相条さんははぐらかすように「大橋って本当にチャラい」と、腕をペシッと叩いた。
「そういうチャラいところがなかったら、大橋もそこそこイケるのにね」
「そこそこってなに。かなりイケるでしょ、俺は」
お互いがお互いの傷を確かめるように、はたまた抉るように、なめ合うように――二人はパシパシと叩き合いを続けた。そして、教室とは反対方向に歩き、この場にいない二人へ思いを馳せる。
「あの二人、大丈夫かなぁ。なんかさ俺、心配なんだよね。あの二人って、何も知らない純粋無垢じゃん。生まれたての世間知らずって感じがして、すごく心配になるよ」
全く持って同意見なのか、相条さんが「それな」と手をポンと叩く。
「トキくんには、もう少ししっかりしてほしいところだけど……でも、純粋無垢は純粋無垢同士がお似合いなのかもしれないわね。余計なアドバイスをしちゃってたな」
「いいんじゃない?純粋者同士を野放しにしてたら、何するか分かんないでしょ。時には手綱を握っていてあげないと、道に迷っちゃうんじゃないかな」
「私らは奴らの親か」
相条さんが困ったように笑う横で、大橋が「うーん」と何やら考えている。相条さんが不思議に思って首をかしげると、それを見ていた大橋が「うん」と笑顔で頷いた。
「しずかちゃんが俺の奥さんかぁ。うん、良いかも!」
「だから、チャラい。そういうのがなければ、私も大橋を推せるのになぁ」
「……え、今のほんと?」
驚いた顔をした大橋に、相条さんがニコリと笑う。その顔に魅せられて、心臓がバクバクしている男が一人。
「さっきの言葉、忘れないでよね相条さん!」
「はいはい、話半分で覚えとくー」
――――そんな二人の事はおいといて。
俺は他の生徒が授業中ということも忘れて、学校の中を走り回っていた。さすがに授業中の部屋へ入って探すことは出来ないし、砂那もそんなところへはいないはずだ。
砂那、どこにいる?
砂那――
「砂那!」
早く会いたい、色々話したい事があるんだ――俺の足は夢中で動き、そして、歩みを止める。
「見つけた……」
そしてついに、中庭のベンチで横になる砂那の姿を見つけるのだった。
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