第16話 失敗 side トキ




――「俺の告白ってさ、砂那ちゃんにきちんと告白って受け止められてると思う?」




数日前に大橋からもちかけられた質問を、まさか俺も自問自答するとは思ってもみなかった。


放課後、教室に誰もいないのをいいことに砂那の手を握ったり抱きしめたり……それに、「大事な人」だとか「独占欲」だとか、なんか他にも、もっといっぱい恥ずかしいことを、これでもかと砂那に言ってしまった。


言ってしまったというよりは……ただ一方的に、俺の気持ちを砂那にぶつけてしまった、だけなのかもしれない。



「はぁ……」



柔道部に入部してから一週間。俺はまだ明るい空の下、部下帰りの重たい体を引きずりながら帰宅している。といっても、まだ下駄箱だ。最終下校時間だからか、下駄箱には部活終わりの生徒で溢れていた。


そして、その中に。今一番会いたくないといっていい人物もまぎれていた。



「あ、トキくん~」

「大橋……」



泥だらけになった手や顔を、隠そうともせずに笑顔で俺に手を振る大橋。いつも同じ教室で、しかも席も近いっていうのに、まるで久しぶりに会えたかのような爽やかさだ。



「部活終わりだってのに、暑苦しいくらいの笑顔だな……」

「ちょっと、真顔で言われるとさすがに傷つくんだけど」



そう言って、下駄箱の中から靴を取り出す大橋。というか、なんで下駄箱にいるんだよ。サッカー部なら、部活前に靴に履き替えてるはずだろ。その疑問に答えるかのように、大橋は「実はさ~」とここにいる理由を、呑気に話し始めた。



「明日、数学の小テストあんじゃん?でも教科書忘れちゃってさー。さすがに教科書はないとなーって、取りに来たんだよ。忘れ物しちゃってねー」



あははと笑う大橋に、通りすぎる女子が「バイバイ」と声を掛けている。中身がこんなに残念な奴と知ってるのか……外見に騙されてるんじゃないかと、少しだけ心配してしまう。


「で?」と大橋。「トキくんは、どうしてここにいるの?」と聞くところを見ると、どうやら俺が柔道部に入った事を知らないらしい。



「……部活帰り」

「今日はどこの助っ人?最近サッカー部に来てくれないから、先輩たち寂しそうだよ。またシバいてやってよ」


「後輩の発言とは思えないな」

「エースだからね」



ニッと自信満々で笑う大橋。こいつの、こういう所は少しだけ尊敬している。自分に自信があるところ。それが根拠のない自信なら、なおさら羨ましい。



「……柔道部に正式に入部したんだよ」

「へ~……え!?柔道!?なんで!?」


「アオとの試合……って、忘れてたな?」

「え……あ、あ~」



手をポンと叩いて「そんな事もあったね」と言ってのける大橋。こいつ、本当に自分のこと以外は適当な奴だな。



「まさかアオに勝つためだけに柔道に入ったの?」

「事情は説明している。それでも入部して構わないと言ってくれた」

「いや、そういう問題じゃなくて……いや、やっぱトキくんの砂那ちゃんへの愛はすごいね~」



今度こそは本当に感心しているようで「ほぉ~」と感嘆の声が漏れているのが聞こえた。でも、こいつは俺に試合に出るようにけしかけた張本人なんだけどな。



――「トキくんって、なんでも出来るんだよね?スポーツ系」

――「……だったら?」


――「柔道で、あのアオって子に勝ってさ――取り返してきてよ。砂那ちゃんを」

――「は!?」



こいつ、自分が言い出しっぺのくせに一番に忘れたな……。恨みもこめてジトリと見ると大橋は「ごめんて」と、どうやら全てを思い出したように頷いた。



「本気、なんだね?」

「本気にならなくてどうするんだよ。俺は、アオが気に入らない。だから……離れてもらう」


「でも、もしも勝てたからって、アオが素直に砂那ちゃんを手放すとは思えないけどなぁ」

「それでも……離れさせる理由が出来るだろ」



大橋は「なーるほど」と言ったが、そのあとすぐに首をひねる。



「でもさ、なんでそんな遠回りなの?」

「遠回り?」


「砂那ちゃんの彼氏になって、俺の彼女に気安く近づくなって言った方が早くない?好きでもない柔道の練習もしなくていいしさ」

「……」



大橋に言われた瞬間、頭に鐘が打ち付けられた気がした。大橋にしては、すごくまっとうな事を言っているからだ。「はぁ」と俺が言葉なくため息を吐くと、大橋は面白そうにけらけら笑った。



「トキくんってさ、日ごろはすごくクールなのに砂那ちゃんの事になると、本当に一直線だよね!」

「……背負い投げの練習したい気分だな」


「まさか俺を投げ飛ばす気?も~図星だからって俺に八つ当たりしないでよ」

「……」



これ以上は何を言っても揚げ足をとられそうなので、無言に徹することにする。すると大橋が「頑張ってよね」とさっきとは打って変わって静かな声で言った。



「柔道も砂那ちゃんの事も、頑張ってよね。トキくんには期待してるんだから」

「上から目線だな……」


「上からじゃないよ。手が届かないから言ってるんだよ。俺、きっと振られるからさ」

「……返事、もらったのか」


「まだだよ。でも、こういうのって分かるでしょ?特に好きな子の事になるとさ。俺さ砂那ちゃんと目が合わないんだよ。俺の事を見てないって事は、気にしてないって証拠でしょ。もしも好きなら、隣の席同士でイチャイチャし放題だよ」



ま、それはトキくんが許さないだろうけど


と言って無邪気に笑う大橋。いつもの笑顔に、少しだけ影がかかっているように見えた。


告白してから二週間くらいか?砂那がまだ返事をしてないということに、少しだけ動揺する。受けるか断るか悩んでいるのか――気にならないわけがない。


けど、当の本人の大橋は、さらに気になってるだろうな。自分の思いを伝えて、長いこと返事がないというのは。



「ジュース……おごる」

「やめてよ。人を負け犬みたいに」


「そういう意味じゃない」

「だとしても、だよ。どんな慰めも不要だから」



ビシッと言われてしまい、俺は反省する。そうか、別になぐさめてほしいわけじゃないのか……。



「俺は……その辺の対応が、よく分からない。こんな時になんて声をかけていいかも」

「うん、いいよ。別に。期待してないし。だってトキくん。中学の時にあまり友達いなかったじゃない」

「……」



少しでも素直になった俺に、大橋は容赦なかった。容赦なく、俺という人物を暴く。



「こういう時は、お前のカタキは俺がとるとか、そんなカッコいい事を言っておけばいいんだよ」

「……」

「あ、疑ってるね?」



また笑うところを見れば、ウソなんだろう。だけど、その大橋の言動が、俺の心をほぐす。どうやら、いつの間にか緊張していたみたいだ。相手は大橋なのに。



「恋って難しいな」



大橋みたいなオープンな性格な奴にも、分け隔てなく幸も不幸も訪れる。好きな人に振り向いてもらうことが全てなんだ。


すると大橋が口を開く。



「ねえトキくん。何かあった?」

「……え」


「いや、あまりに似合わない言葉を吐くから、熱があるか何かあったとしか思えなくて」

「……」



意外に鋭い大橋を、驚いた顔で見てしまった。誰かに自分の胸の内を救ってもらうのは、むくわれた感覚とどこか似ている。


なかなか話し始めない俺に、大橋は「無理には聞かないけど」と言って先を歩いた。学校を出てしばらく経つが、どうやら帰り道は一緒らしい。当たり前か。同じ中学だったもんな。まさかここまで、あの大橋と距離を縮めて帰る日が来るとは、思ってなかったけど。



「お前のこと……少しは尊敬している」

「え……な、なに!?いきなり何!?隕石でも降ってくるの!?」



上下左右前後、全ての方角を確認した大橋が、自分の身に何も起こらないことを確認すると「本当に今日は調子が狂うなぁ」と俺の隣に戻ってきた。


俺は「別に」と言った後に、少しだけ考える。そして、やっぱり、自分と大橋とは決定的に違うところがあると知る。そしてその違いこそ、俺が今、自分に求めているものなのだと――



「お前のド直球なところ……見習う」

「ド直球って、それ褒められてるんだよね」


「砂那に告白しただろ」

「したけど、それが?」


「……そーゆーとこだよ」



大橋はしばらく考えたようだったけど「意味わかんないよ!」と騒ぎながら俺に詰め寄ってきた。だけど、これ以上は悔しいから何も言わない事にする。すると大橋も諦めたのか「トキくんさ」と珍しく俺に説教をする気なのか腕組をした。



「難しく考えすぎてんじゃないの?」

「……なにを?」

「知らないよ。自分で考えてよ……まあ、でも。うん。そうだな。男ならバシッと好きだよって言えばいいんだよ!男ならね!」



結局は教えてくれるのか――と思いつつも、大橋の言葉は胸にくる。そう、だって今一番悩んでいる問題が、それだから……。


散々遠回しなセリフを言っておいて、肝心の好きと言う気持ちを伝えられてないんじゃ、あれはきっと告白とは言わない。砂那だって、きっと告白とは気づかない。鈍感な砂那だ。大橋に告白をされても大橋が「告白されたって分かってるかな?」って疑問に思うくらいには、砂那は鈍感なんだ。



「好きって以外の告白、あると思うか?」

「砂那ちゃんに限ってそれはないね。だって鈍感すぎるもん、あの子」

「……そうだな」



大橋も太鼓判を押す。砂那への告白は、ド直球に限るのだと。



「あ、ラーメンのいい匂い。トキくん、ちょっと寄って行かない?俺のメンマあげるから」

「……行く」

「お、いこいこ♪」



部活終わりに、腹をすかせた男子が二人。ラーメン屋へ。そんな青春ど真ん中のことを、俺が今、体験している。中学時代の俺から考えると、想像もつかなかったことだ。



「(これも砂那に会えたおかげだな。君に会って、自分自身を変えようって思って……結果、いろんなことがプラスに変化してきてる。砂那、ありがとう。君からたくさんの感情も、経験も、貰っている気がする)」



だからこそ、もう一度、伝えようと思う。あんな告白じゃ、俺の思いは届かない。届けたい。俺の気持ち全てを、余すことなく。俺がどれだけ砂那を好きかって事も、どれだけ君を待ち焦がれていたかも――



「……うまい」

「ね!ここのラーメン屋、ずっと入ってみたかったんだ!トキくんとっていうのが癪だけどね」


「そのセリフ、そのまま返す」

「も~!ツンデレなんだからトキくんは!」



そして、君にどれだけ感謝したいか、ということも。俺は改めて、君に伝えたい。



「(もう失敗しない――絶対に)」



決意を固めるように、ラーメンの汁を全部飲み干す。すると横で大橋が「しょっぱくない?」と眉間にシワを寄せ、水をちょびちょび飲み始めたのだった。



トキ side end

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