第15話 告白?


「……砂那、さっきから視線が痛い」

「あ、ごめん……」


「ううん。やっと放課後だね。今日は一日が長く感じた。プール掃除の疲れかな?」

「ふふ。そうかもね。頑張ったもんね、私たち……じゃなくて。分かってて話を逸らさないで!トキくん」


「……話?」

「アオくんとの試合のこと、だよ」



プール掃除が終わってから暫くした日。私は自分の席を立ち、後ろを向いて抗議をしていた。その相手はもちろん、トキくん。



「アオくんに、試合を撤回してよ。お願い」

「……嫌だ」



立ち上がる私を、座ったままの姿勢で見つめてくるトキくん。その目からは強い意志を感じ、どうにも私が「お願い」している事を拒否する気満々。私は行き場のない感情を抑えるかのように、ストンと席に腰をおろした。



「トキくんに……何かあったら嫌なの……」

「砂那……?」

「だって私、トキくんが大事だもん」



はぁ、とため息混じりに言うと、どこかソワソワし始めたトキくん。その真意を分かりかねていると、横から大橋くんがニュッと、私とトキくんの間に顔を出してきた。



「ねぇ砂那ちゃん。それって愛の告白なの?」

「え!?こ、こくは……!?」



思ってもないことを言われた。だけど私のトキくんへの思いを見透かされたようで、思わず慌てる。だけど大橋くんは「なわけないかー」と、有難いことに自己完結をしたらしい。大きな荷物を持ち上げたところを見ると、部活に行くのかな。



「好きな人から“ 大事”なんて言われたら、誰でも舞い上がっちゃうよ。程々にしてあげてね、砂那ちゃん」

「え?好きな人?」



誰が、誰を――?


と疑問に思ったところで、トキくんが「大橋、雨が振りそうだぞ」と窓の外を指さす。大橋くんは「ウソ!まじで!?」と慌てた様子で、教室のドアへ足を向けた。



「また明日!」

「う、うん!部活がんばって!」

「ありがとう、砂那ちゃん!」



まるで嵐のような大橋くんを見送り、再びトキくんと向かい合う。その時、トキくんの机に日光がサンサンと降り注いでいた。



「あれ?さっき雨が降りそうって……」



コテンと頭を倒してトキくんを見ると、トキくんは両手を口へ持っていき、隠す。すると途端に、トキくんの表情が見えなくなった。



「え、トキくん?どうしたの?」

「いや……砂那は、いつだって無防備だなって、そう思っただけ」

「無防備?わ、私が?」



「うん」と躊躇いもなく頷かれると、ちょっと心配になる。え、わ、私、そんなに脳天気なオーラ出てるのかな……!?


ワタワタする私の目の前で、トキくんが「仕草がいちいち可愛いんだよな……」と、未だ手で覆った口の中で呟いたのを、私は当然気づかない。



「あの、トキくん。もし私がまた脳天気な雰囲気だしてたら、その時は教えてね?」

「え、脳天気?」

「うん、自分じゃ分からなくて……お願いします……」



しばらく経っていたトキくんだったけど、私が引き下がらないのを見て「うん」と頷いてくれた。



「(やっぱりトキくんは優しいな)」



私がどんな無茶なお願いをしても「うん」と頷いてくれる。否定することなんて無い。そう、私が「アオくんとの試合を断って」という、その事以外では。トキくんは基本、なんでも頷いてくれる優しい人。



「ねぇ、トキくん。アオくんとの試合……」と言いかけたところで、トキくんの顔が徐々に険しくなる。この状態で「断って」って頼んだところで、結果は同じだよね?なら……。



「トキくん、聞いていい?」

「なに?」


「どうしてアオくんとの試合に出たいのか。その理由」

「……」



トキくんは暫く黙った後に、スッと両手を顔から離した。端正な顔が露になって、初めて見るわけじゃないのに、私は少しだけ顔が赤くなる。



「(トキくん、カッコよすぎるよ……)」



私はトキくんが好き。だけどその理由は、試験の時の恩人だからとか、初恋の人だからとか、顔が好きだからって訳じゃない。今のトキくんを、好きになったの。トキくんの優しい中身を、好きになったの。



「(きっと、どうあがいても、私はトキくんを好きになる運命だったんだよね……)」



実感する。痛感する。私は、トキくんの魅力を痛いほど知ってるから。こんなにも優しいトキくんに、私は心の底から惹かれてるって……。だって、顔を見ただけで、姿を見ただけで、こんなにも胸が高鳴る。何度だって彼への恋心を、本能から思い知らされる。私の中の好きって気持ち、トキくんに伝わってないかな……。



「(トキくんを見るとブワッて、気持ちが溢れるから……漏れてないか心配になる……っ)」



と――少しの間、浸っていると、トキくんが私の名前を呼ぶ。いつもの聞きやすい声で。



「砂那はさ」

「うん……?」


「分からない?」

「え、分からないって……何が?」



すると、トキくんは少しだけ椅子をギッと動かしたかと思うと、私の空いている手を片方だけ握った。力が強すぎることはない。だけど、決して離さないって感じの、熱を帯びたトキくんの手。



「っ!」



その手の熱に、私の脳が揺さぶられる。体の芯から熱くなったようで、私はじわりと汗をかいてきた。だけど――



「(トキくんも、珍しく汗をかいてる……?)」



目の前の王子様みたいな顔をしたトキくんも、顔の表面が少しだけ光っている。私のそれと、おんなじだ。



「トキくん、汗……」

「え、汗?」

「うん、だってトキくんが汗だなんて珍しいよ。ドッチのとき以来。プール掃除だって、そんなにかいてなかったのに……あ」



言っていて気づく。私、トキくんの汗事情を、詳しく知りすぎている。き、キモいよね……!?絶対不審がられたよ、今!「ごめん、忘れて!」と謝って、私は席を立とうとする。


だけど、私が立ち去るよりも早く、トキくんは私と繋いだままの手に力を込めた。



「待って」

「っ!」



体が固まって、動けない。心臓がバクバクと動きすぎて、壊れてしまうのかと思ったほど――



「どうして逃げるの?砂那」

「ど、してって……えと、あの……喉、乾いたなぁって……」


「俺のジュースあげる。飲みかけで、良ければだけど……」

「(飲みかけ!?ってことは、つまり……!)」



と邪推をしたところで「じゃなくて」と、私と同じように少し照れた顔をしたトキくんが、話を戻した。


今、話を振られたくない。だって、絶対さっきの事について聞かれるから――と目をつぶった時。



「砂那は俺の事、そんなに見てくれてるの?」

「!」



出来れば聞きたくなかった質問が、遠慮なく私の耳に入ってくる。



「え、え……と、あ、あの……っ」



なんて答えたらいいか分からなくて。もちろん、「好きだから見てる」なんて告白も出来なくて。私は赤くした顔を見られたくなくて、必死に地面に視線を落とす。



「こっち向いて、砂那」

「や、今は、その……」


「お願いだから」

「っ!」



砂那と呼ぶようになってから、トキくんは前よりも、もっと積極的になった気がする。思ってる事をストレートに口にしてくれるから、以前ほどの距離感がない。縮まってる。確実に。


だから、トキくんを近くに感じる。私、今までどうやってトキくんと話してたっけ?どうやって目を合わせてたっけ?



「(意識すると、急に分からなくなって来ちゃった……っ!)」



混乱する私を宥めるように、トキくんが「砂那」と言いながら、キュッと握った手に力を込め、そして、離す。久しぶりに空気に触れた手に、ひんやりと風が当たる。その冷たさが心地よくて――少しだけ、落ち着くことが出来た。


なんだったっけ……。そうだ、汗の事情を知りすぎてるから、不審がられてるんだ、今……!


頭の中で必死に言い訳を考える。そして思いついた答えが「学級委員だから」というものだった。



「皆の事を色々知ってないといけないなって思ってて……ほら、何かの役に立つかもしれないでしょ?」

「俺の汗の事を知って、何かの役に立った?」


「な、なったよ!トキくんの事を深く知ることが出来た!」

「……」


「(あ、これも変態発言だ……!)」



私の悪い癖。後の祭りが多いこと。言った後に「マズイ」と気づいても、もう相手の耳には入ってしまっている。トキくんを深く知ることが私の喜びだと、トキくんに伝えてしまった私。自分でもどうしようもないくらい、バカだ……。



「と、トキくん、今のは〜っ!」



どうやって言い訳しよう!と焦っていると、トキくんが机に顔を伏せて笑っている。クツクツと、噛み殺しているような笑い方……。大笑いしたくて、仕方ないっていう感じの笑い方。



「わ、笑っていいよ……自分でもバカだなって、何となく分かってるから……っ」

「いや、違うよ。バカなんて思ってない」



顔を上げながら、トキくんは私に手招きをする。降参するように、私は大人しく席に座った。すると、スッと長い手が伸びてきて私の頭に触る。なでなで――その手に優しく撫でられてるのだと気づくと、私の頬は自然に緩んだ。



「トキくんはズルいね。魔法の手を持ってる」

「魔法の手?」


「んー、その手に逆らえないって事かな?」

「……」



自分で言ってて「なんだそれ」と思わず失笑してしまう。「ごめんね、忘れて」私がそう言ったのと、トキくんが座ったままの私を抱きしめたのは、同じ時だった。



「と、トキくん……?」

「……今のは、砂那が悪い」

「え、私……っ?」



あまりに幼稚な事を言ったから、聞くに耐えかねて口封じのために抱きしめてる?でも、わざわざ抱きしめるなんて、そんな大掛かり(?)なことする?もし今、教室に誰かいたら大騒ぎだよ。学校の王子が地味な子を抱きしめてる――って。


ズキン


自分で「地味」と言っておきながら、傷ついてる私。だけど悲観するのもそこそこに、私はキョロキョロと辺りを見回した。幸い、教室には誰もおらず、廊下も誰も通っていなかった。


今ならまだ間に合う。トキくんが変な噂をされる前に、さっさと私は離れなきゃ――



「と、トキくん、離してっ」

「なんで?魔法の手でしょ?この手には逆らえないんでしょ?なら――俺にずっと、こうして抱きしめられてて」

「っ!」



言い終わると同時に、ギュッと強く抱きしめるのは、絶対に反則だと思う。逃げようのない熱が、私とトキくんの間にこもる。解放しようにも、どうにもならなくて……私はどんどん、のぼせていった。



「トキくん、も、本当に……誰かに見られちゃうっ」



だけど、トキくんは「いいよ」と言って、尚も私を離さない。離さない、ばかりか――



「俺は、砂那と噂されても別にいい。砂那は?俺と変な噂を立てられるのは嫌?」

「い、嫌って、そんな……」


「……」

「そんな、ことは……」



好きな人と噂を立てられて嫌な人なんて、居るはずない。私はもちろん、嫌じゃない。だけど、トキくんは?トキくんは、私と噂されて嫌じゃないの?好きでもない人と噂を立てられて、迷惑するんじゃないの?好きな人が迷惑するくらいなら、私は……嫌だ。私は、好きな人には、いつも笑っていてほしいから。



「い、嫌……」

「え」

「トキくんと噂になると、私……」



舞い上がりそうになる。好きな人と噂されたら、くすぐったいし嬉しいに決まってる。だけど、トキくんは違う。トキくんは……私とは釣り合わないから。



「俺と噂になるのは嫌、か。うん、そうだよね、ごめん。調子に乗りすぎた」



トキくんはパッと私を離す。その時に見えた顔は、眉が下がって悲しそうな笑顔だった。いつも私に笑顔を向けてくれるトキくん。今もそう。だけど、今の笑顔は見てられない。



「トキくん……?」



トキくんに手を伸ばす。すると私の手は、トキくんの手のひらに優しく押し返された。



「ダメだよ。砂那は優しすぎるから」

「え、私……優しくなんか、」


「優しいよ。だって……好きでもない俺に抱きしめられても拒絶しないでしょ?」

「!」



また、悲しそうに笑うトキくん。でも、やっと分かった。そうさせているのは、私なんだって。



「トキく……私、」



謝ってどうにかなる訳じゃない。わかってる。トキくんの何を傷つけてしまったか、私はまだ完全には分かってないのに、謝る資格なんてない。


けど、だけど、トキくんに寄り添いたくて、さっき思わず手を伸ばしてしまった。そして、拒否されたんだ。それがトキくんに否定をされた、初めての事だった。



「ご、め……なさ……っ」



優しくしてくれたのに、同じように返せなくてごめんなさい――そんな事を思いながら、ただ悲しく笑うトキくんを見つめるしかない私。トキくんは「謝らないで」と、また、私の頭を撫でた。



「謝らないで。砂那が謝ることなんて、何も無い。砂那が誰にでも優しいのは、充分に知ってるから」



一息着いた後に、私の頭から手を離したトキくんが、私と視線を合わせる。さっきの切ない瞳は、もうそこにはない。その代わり、トキくんの大きな目が、私をしっかりと射抜いていた。



「謝らなくていい。むしろ、罵ってくれていい。これから俺は……砂那の優しさにつけ込んで、酷いことを言うから」

「え、それって、どういう……?」

「……うん、あのね」



何拍か置いた後、トキくんは慎重に口を開いた。そして――



「入学式の日、俺が砂那の初恋の人だって聞けて嬉しかった。聞いた時は、出会った頃に帰りたいなんて思っていたけど……。今は違う。過去の俺にだって、砂那の事を取られたくない。

砂那の目の前にいる今の俺を……もう一度、好きになって欲しい」



真剣に、私にそう言ったのだ。



「え、好きになってほしいって……そう言った?」

「うん。俺は、砂那に好きになって欲しい。もう一度、俺に恋をしてください」

「っ!」



心臓が、止まるかと思った。いや、絶対、一瞬だけ止まった。すぐ動きだしたけど、でも、また止まっちゃいそう。心臓が早く動きすぎて、いっそ止まってる様にも思える……そんな、異様な感覚。


なんで?

どうして?


好きになってほしいなんて、どうしてそんな事を言うの?しかも、さっきの言葉――どこをとっても、私には告白にしか聞こえなくて……胸がザワザワした。


聞いていいかな?

図々しいかな?


今のは告白ですか?って、聞いてしまいたい……っ。


でも、

だけど、



「(聞くよりも先に、私がもう期待しちゃってる……っ)」



トキくんの言葉を「告白だ」と断言している自分と、自惚れちゃだめと釘をさす自分と……。だけど、自分でも分かる。私は今、さっきのトキくんの言葉を「告白だ」って思いたがってる。


今まで、少しずつだけど感じていた。トキくんがいつも優しいのは、もしかして私だからじゃないかって。トキくんがいつも助けてくれるのは、私のことをよく見てくれてるからじゃないかって。


本当は、トキくんは――



「私のこと、好き……?」

「っ!!!」

「(あ!)」



気づいたら、言葉にしてしまっていた。滑るように、私の口から気持ちが出てしまった。ど、どうしよう……私が、そんなこと言っていいわけないのに……っ!私と同じ気持ちがトキくんから返ってくるなんて、そんなこと、期待しちゃダメなのに……っ!



「(どうしよう、怖い……っ!)」



反射的に目を瞑った。自分が傷つくことが嫌で、トキくんから視線を逸らした。だけど、真っ暗になった視界はずっと静寂で。トキくんの声も音も、何も感じなかった。



「(トキくん……?)」



不思議に思って目を開ける。すると、そこには、顔を真っ赤にしたトキくんがいて……。まるで私と目が合うのを待ち構えていたように「砂那」と、赤面したまま私の名前を呼ぶ。



「さっき、砂那は俺に聞いたよね。どうしてアオとの試合に出たいのかって。それはね」

「う、ん……」


「それは……」

「……っ」



トキくんは言葉数が少ないものの、その表情は忙しすぎるくらいに、色んな感情が現れていた。そしてトキくん自身が、その感情をさばけていないような……トキくんさえも戸惑っているような、そんな雰囲気。本人さえも凌駕してしまう、熱量。もしそれが、私への恋心なら……私は、一体どうなってしまうんだろう。その熱に触れた瞬間、トキくんの熱に溶かされるかもしれない――



「(って、何思ってるんだろう、私……っ)」



のぼせた頭は、ついには訳の分からない事を思い始めた。あぁダメ。私、完璧に舞い上がっちゃってる。ダメダメ、しっかりして……っ。


すると、ふいにトキくんが私を見た。その時の私の顔は、きっとトキくんと同じくらい、収集つかない表情をしていたと思う。



「俺がどうしてもアオとの試合に出たいのは、簡単な理由なんだよ」

「え、簡単……?」


「うん。だって俺はね、砂那を独占したいだけなんだ。例え付き合いの長いアオにだって、砂那の事は渡したくない。という以前に、触れてほしくない。あんなに、べたべたと……」

「独占……」



トキくんが、私を?独り占めしたいって、そう思ってくれてるの?


「~っ!」何とも言えない気持ちが、内側から噴火するように体中を駆け巡った。体中がジンジンとしびれて来たような感覚に陥る中、トキくんの話は続く。



「砂那にひっつくのが嫌なんだよ。アオは男で、砂那は俺の大事な人だから。だからアオには、砂那にひっついてほしくない。相条さんのいうように、砂那離れをしてくれるなら、絶対勝ってやるって、そう思った。これが、俺がアオとの試合を断らない理由。絶対勝ちたいっていう、俺の本音」

「……そ、う……なん、だ……っ」

「うん……」



トキくんは一息さえも着く暇なく、一気に喋った。私はただ頷くしか出来なくて……トキくんの迫力に気圧された。一方もトキくんも、たくさん喋ったはいいものの、これから先をどうしたらいいのかを決めかねているようで……



「……」

「……」



二人して、顔を赤くしたまま黙ってしまった。外では、サッカー部が思い切りボールを蹴る音が聞こえる。あんなに軽いサッカーボールは、蹴られると重たい音に変わるのはなぜなんだろう――と、あてもない事を考えたりした。


と同時に、トキくんの言葉を思い出したりもする。


独占欲だとか、大事な人だとか……トキくんが私の事をどう思っているか、充分すぎるくらい伝わった。驚きすぎて、信じられなくて……夢かなって、トキくん本人を目の前にして、そう思ってしまう。



「あ、のさ……砂那」

「え、と……は、はいッ」



私と同じように窓の外を見ていたトキくんが、スッと私に視線を戻す。さっきまで見つめ合っていたというのに、再び視線が交わると飽きることなく心臓は飛び跳ねた。ドキドキがとまらないって、本当にあるんだ……。



「砂那、だから、その……応援して。俺が試合に勝つのを。俺に試合を”辞退して”って言うんじゃなくて、”頑張って”って、そう言ってほしい。俺は、砂那に一番に応援してもらいたい。ダメ、かな……?」

「え、あ、ぅ……」



そう言われると、何も言い返せない。本当は、力ずくでも辞めさせたい。アオくんが全国一位になるまでだって、何度だって危険な目に遭って来た。柔道は至近距離で行う危険なスポーツだって、その時に思ってしまって……。私のせいで、トキくんが危険に目に遭うのかと思ったら……やっぱり出てほしくはなかった。



「(でも……)」



こんなに真剣な目をしてお願いをされてしまったら、もう何も言えなかった。私はただ頷いて「頑張ってね」とエールを送った。



「良かった!砂那には応援してほしかったから……嬉しい。俺がんばる」

「……うん」



パッと笑みが顔に咲いたトキくんは、とても無邪気に見えた。男の子って感じがした。いつもは王子様みたいな雰囲気なのにな……勝負ごとになると、男の子って子供に戻るのかな?



「(じゃなくて)」



ハッとする。普通に会話をしてるけど、私さっき告白されたよね?された……よね?



「(私のこと好き?って、私もちゃんと聞けたし、うん。あれは告白だったんだ、きっと!)」



再認識すると、やっぱり嬉しくて頬が緩む。だって、好きな人に「好き」って言われたら、誰だって幸せだよね。幸せ過ぎて溶けちゃうよね……!


だけど、ここで、ふと疑問に思う。



――「私のこと、好き……?」

――「っ!!!」



私は確かに「好き?」って聞いたけど、よくよく思い出したら、トキくんは私に「好き」って言ってくれてない気がする。というか、言ってない。その後はすぐに「なんで試合に出たいか」っていう話になっていたし……。嬉しくて上がっていた口角が、少しずつ下降し始める。



「(あれ?私、告白してもらったって……喜んでいいんだよね?)」



不安になってトキくんを見るも、トキくんは「柔道について調べたんだけど」とスマホを操作している。既に頭は試合のことでいっぱいみたいだった。そんな彼に、今更「さっきのって告白だよね?」と蒸し返すのも悪いし、第一……もしも「え?違うよ?」なんて言われたら、立ち直れない……。



「(好きだよって言われてないから、なんか、どんどん不安になってきちゃった……!)」



そんな私が隣にいるとは露知らず……トキくんは「じゃあこれから柔道部に入部してくるから、またね!」と笑み全開で教室を後にする。一筋の風が吹き終えた頃には、私の顔からは完璧に笑顔が消えていた。



「トキくん……肝心な事を、言い忘れてるよ……っ」



弱々しい声は、また蹴られたサッカーボールの音にかき消される。一日に「幸せ」と「不安」が押し寄せてきて、私の心はボールのようにあっちへコロコロ、こっちへコロコロ……。そして部活終わりのしずかちゃんに話を聞いてもらうまで、忙しく駆け回っていたのだった。

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