第14話 告白 side トキ


「俺の告白ってさ、砂那ちゃんにきちんと告白って受け止められてると思う?」

「……なんで俺に聞くわけ」


「恋のライバルに相談したっていいだろ」

「……」



プール掃除の翌日――案の定、一日で終わらなかった掃除は、今日も引き続き行われることになった。運のいいことに、今日はサッカー部は休み。首根っこを摑まえて、俺は大橋とプールに来た。二人の手にはデッキブラシ。今から、プール掃除の底を掃除する。



「俺はねトキくん。今日はプール掃除を手伝おうと思ってたんだよ?何も、猫みたいに首根っこを掴まなくたって……ここにくるまで、すごく恥ずかしかったんだけど?」



ジト~と俺を見る大橋。デッキブラシの柄に顎を乗せて、やる気が微塵も感じられないのに、どうやって今の言葉を信じろと……。



「信用ならない……。新オリの時だって、砂那がどんなけ頑張ってたか知りもしないで、」

「え、トキくん……砂那ちゃんの事、呼び捨てで呼んでるの?」

「(あ、しまった)」



つい口が滑ってしまった。一番面倒な奴にバレたな……。するとやっぱり大橋は、俺の事を睨んで抗議してきた。



「昨日までは名字出呼んでたよね?昨日、途中から部活を抜けてたと思ったら、トキくん――まさか、砂那ちゃんとプール掃除してたの!?」

「……だったらなんだよ」



砂那を手伝いたかったし、大橋からは逃げたかったし。一石二鳥だった。けど、大橋は抜け駆けをされたようで気に食わないらしい。尚も、俺を睨んでいる。



「トキくんって、結構嫉妬深いし、独占欲高いよね~」

「……一途って事だろ。変な言い方するな」

「そうやってクールぶってさ~!」



怒り心頭なのか、その矛先を掃除に向ける大橋。ガシガシと、デッキブラシをプールの底にこすりつけた。



「俺、今まで告白したことなかったけど、砂那ちゃんだけは本当に好きだから告白したんだよ。なのに、あまり響いてないし……っていうか、うーん……もうなかった事になってるかも」

「は?なんで」


「こういう時だけ食いつきよくなるのやめてよ。本当に性格悪いよね、トキくんって」

「……」



少しだけ図星だったので、聞こえないふりをして俺も掃除を始める。デッキブラシの摩擦音を聞きながら、大橋は目を伏せた。そして、まるで独り言のように話す。



「トキくんと砂那ちゃんが、なんか特別な関係ってのは分かるよ。トキくんも砂那ちゃんにだけは雰囲気違うし……そんなトキくんに、砂那ちゃんも心を許してるみたいだし。でもさ、それだけで引き下がるなんて悔しいじゃん。俺に告白してくれる女子っていっぱいいるよ?可愛い子も美人な子も、たーくさん。でもさ、この子じゃないとイヤだ――ってのがないんだよな。皆同じに見えちゃって」



ふう、と、一息つく大橋。俺は口を挟まずに、そのまま寡黙を貫く。



「砂那ちゃんの事が気になったのは、新オリの日からで……確かに、初めは見た目が可愛くて惹かれたけど……でも、違うんだよな。今の砂那ちゃんって、元に戻ってるじゃん?その、地味っていうか……一緒にいるしずかちゃんの方が美人だし。


って、やめてやめて。睨まないでよトキくん。


でもさ、俺おかしいんだよ。新オリの時じゃない、今の地味な砂那ちゃんにだって、ずっとドキドキしてるんだ。この子じゃないとイヤだって、砂那ちゃんに好きになってほしいって……。


特定の誰かの事をそう思うのは、初めてで戸惑ったけど、たぶんこれが、恋なんだなって思った。俺が初めて、本気になった女の子。大切にしたい、振り向いてほしい。どうやったら俺の事好きになってくれるかな?って、最近はそんなことばかり考えてるんだ」

「(……へぇ)」



正直、ビックリした。今の大橋を見るに、全くウソをついていないのが分かる。言葉にも何の取り繕いもなかった。さっきの言葉は、今の大橋の全てだ。大橋は、砂那のことが本当に好きなのか――



「って、何語ってるんだろうな、俺。トキくんがあまりにも俺に予防線をはるから、本気だって事を伝えたくて、ベラベラ喋っちゃった。忘れて。ハズイから」

「……今更だろ」

「ちょっとトキくん~!」



広いプール。少しだけ水が貼られていてる。大橋が、わざとなのかザバザバと大きな音を立てて、俺に向かって走ってきている。水しぶきがかかるのは嫌だな……。「あのさ」と大橋に”止まってくれ”と祈りながら、話しかける。



「お前の事嫌いだけど、砂那の事を好きなお前は……そんなに嫌いじゃない」

「え、なんで?恋のライバルだろ?なんで嫌わないんだよ」


「だって……砂那の魅力にきちんと気づいてるってことだろ?そこに気づいて、惹かれたっていうことは、お前はまともな人間なんだなって」

「え、褒められてるよね?ポジティブに受け取っていいんだよね?」


「……好きにしろ」



すると、プールの入り口からガチャリと音がする。入ってきたのは、砂那だ。俺たちを見つけてぴょんぴょん跳ねて、嬉しそうに笑っている。あぁ……可愛いなぁ……。



「砂那に魅力に気づいた人は、誰だって惚れるよ」

「……トキくんって、砂那ちゃんの事になると、よく喋るよね」

「(ムカッ)」



少し腹が立ったので、足で水を蹴って大橋にかける。「うわ!」と驚く大橋、そしてそれを見て同じように驚く砂那。



「やったなートキくん!」

「ずぶ濡れになりたいのかよ」



口ケンカをしながら、バシャバシャと水をかけあう俺たちを見て、砂那は笑ったり、眉を下げて心配そうな顔をしていた。


まさに青春――第三者が見れば、きっとそう言う。飛び跳ねる水が夕日に照らされて、キラキラ輝いている。そして和やかな三人の笑顔。


だけど――それは簡単に崩れた。



「砂那!」

「え?」

「会いたかった、砂那!!」



ギュッ


いきなりプールの入り口から入ってきて、そして一直線に砂那に近寄り抱きしめる――男。俺や大橋も知らない男。ばかりか、知らない制服。他校か?



「おいお前!」

「砂那ちゃん!?待ってて、今助けに、」



俺と大橋が焦る中、抱き着かれたままの砂那は、俺たちを見て力なく笑った。そして「大丈夫だよ」と一言。



「この子はアオくん。中学の時に塾で一緒だったんだ。別々の高校になって全く会ってなかったけど……。なんかアオくん、背が伸びた?」

「うん!少し!」


「そっか~」

「砂那が元気そうで良かった!」


「うん、アオくんも」



男女が抱き合いながら「あはは」「うふふ」と言っているサマは、まさに彼氏彼女。大橋も同じことを思っているのか、ギリギリと歯ぎしりがしそうなほど、唇をかみしめていた。



「トキくん、行くよ!」

「は?あ、おい!」



プールサイドにいる砂那と、未だプールの中にいる俺と大橋。大橋は、軽やかにプールから出ると、濡れた足ということも忘れて全速力で砂那の元へ向かった。すると――



「砂那ちゃん、伏せて―!」という大橋と、

「大橋くん!来ちゃダメ!」と慌てる砂那。

そして、目にもとまらぬ速さで動く、例の男。


ダンッ


瞬きをした時には、走っていた大橋は地面に転がっていた。いや、あれは転がっているっていうよりも……



「大橋くん、大丈夫!?」

「え……え!?俺、今、なに!!?飛んだ!?」



砂那と俺が慌てて近寄ると、大橋は元気に混乱していた。そして、どこも怪我がないと分かるとゆっくりと起き上がり、頭に疑問符を浮かべている。


そして視線は――一同、例の男に集まった。男はまた砂那に引っ付いていて、今度は手を握っている。さすがの俺もこめかみに青筋が入った。


誰だ、お前――?


髪はかなり短くて、だけど銀色?金髪に近い大橋と並ぶと、2人ともすごい派手で目立つ。身長は……高いな。俺と同じくらいか、少し高いくらいだ。目つきは悪い。蛇のような眼光の鋭さだ。


男が蛇なら、大橋は蛙か?


未だ状況が掴めていない大橋が、ビビり倒した表情で「砂那ちゃん、その人……」と砂那を見た。すると砂那も申し訳なさそうに、説明を始める。



「ごめんね、私がもっと早く説明するべきだったのに……。柊沢 青(ひいらぎざわ あお)くん。柔道を習ってたんだよ。黒帯なの。自分に迫ってくる物は何でも投げ飛ばしちゃう癖があって……背負い投げが得意、です」



まるで自分の自己紹介のように説明した砂那は、アオとやらに「ほら大橋くんに謝って」と促していた。「ごめんなさいでしょ?」という砂那の言葉に、素直に「ごめんなさい」と謝るアオ。あまりに素直に謝るアオに面食らった大橋が「お、おう」と返事をした時に、新たにプールに人が入ってきた。


相条さんだ。



「おっまたー!って、あれ?アオじゃん。なんでここにいるの?」



それだけ言って、俺らを順番に見る相条さん。そして各々の表情から何かを把握したのか「ひと悶着終わった後?」と笑った。その口ぶりからして、どうやらアオとやらの特徴は知っているらしい。同じ塾って言ってたしな。



「アオ~久しぶり。相変わらず砂那にべったりだね」



「あ、相変わらず!?」大橋が瞳孔を開く。相条さんは気にせず答えた。



「そうだよーアオって昔はひょろくて塾でもいじめられっ子だったんだけど、砂那が柔道を進めてさー。これが天賦の才なのか、めきめき上達してね。それからは負け知らずよ。だからアオも、砂那は自分の恩人だと思ってて、それ以来ずっと懐いてんのよー」



相条さんの説明を聞いた俺と大橋。大橋は「さっき俺、背負い投げされたのか」と、やっと理解したようだった。そして俺に「ねぇねぇ」と聞いてくる。



「トキくんって、なんでも出来るんだよね?スポーツ系」

「……だったら?」


「柔道で、あのアオって子に勝ってさ――取り返してきてよ。砂那ちゃんを」

「は!?」



なんで勝負前提なんだよ――そう言い返そうとしたら、近くで話を聞いていた相条さんが「いいわねぇ」なんて面白そうに呟いた。



「アオにも、そろそろ砂那離れしてほしいし……トキくんが柔道でアオに勝ったら、アオはもう砂那にべったりにならないこと。こういう勝負内容でどう?」

「え、ちょっと、しずかちゃん!」



近くで話を聞いていた砂那が、またアオに抱きしめられながら異論を唱えた。



「確かにトキくんは何でもできるけど、でも、アオくんとはダメ!もしトキくんが怪我したら、」

「(ピク)」



おそらく砂那は俺の事を心配してくれたんだろうけど……その心配は「俺が負ける」から生まれるものであって。どうやら砂那は、俺がアオに勝てないと思っているらしい。そして大けがをするんじゃないかと、心配してくれている。


だけどこの勝負――勝ったら、砂那を、もうあのアオとやらの好きにはさせない。砂那を好き勝手に触るのは、金輪際やめてもらう。



「――いいよ。やるよ」

「トキくん!?」



ダメだよ!と言いたげな瞳は、確かに俺が映っている。だけど、肝心な砂那はアオに捕まったままだ。俺の腕の中以外にいる彼女を見ると、ひどく気分が悪い。



「(アオ――)」



俺が勝った暁には、絶対に砂那から離れてもらうからな。



「ねぇ砂那、なんかあの男こわーい」

「え、トキくん?トキくんは怖くないよ?」



砂那を抱きしめて、彼女の頭の上に顎を置くアオ。瞬間、俺の額に青筋が浮かぶ。なんだよ、あれ……砂那を顎置きに使うな。どうにも黙っていられなかったから、俺は2人のそばに行く。隣で相条さんが「お、ついにケンカか?」と茶々を入れてきた。



「もー、しずかちゃん!変なこと言わないでよっ。トキくん?どうしたの?」

「……うん」



砂那の近くに行って、砂那を見つめる。その間も、アオは鋭い目で俺を睨んでいた。でも、そんなのお構い無しだ。



「ねぇ、砂那」

「ん?」



頑張るって、新オリの時に決めた。砂那に振り向いてもらうために、アタックし続ける。そのために、俺は今日まで頑張ってきたんだから。


そして、砂那。今までの俺の努力はね、砂君が俺を好きになってくれて、初めて報われるんだよ――


グイッ



「砂那は、渡さないから」

「え、と、トキくん!?」



砂那を引っ張ってアオから引き離し、俺の腕の中におさめる。今まで抱かれていた分、砂那の体がすごく熱くなってる……。気に食わないな。



「俺と柔道って本気?そんなひょろい体で折れちゃわない?」

「……試してみろよ」

「いいよ。試合で存分に楽しませてもらうね」



ニッとアオが笑った時に、銀の髪がキラリと夕日に照らされた。それさえも鬱陶しいと思った俺は、砂那を抱きしめて、砂那の髪を縛っているゴムを見た。俺があげたゴム……付けてくれてるんだな。



「ありがとう、砂那」

「え、トキくん?何が?」

「……なんでもないよ」



フワッと柔らかい雰囲気に包まれる。さっきまでトゲトゲしていた空気だったのに、砂那が口を開くと一気になごむ。癒されるって、こういう事なんだろうな。


すると、このときを待っていたかのように、相条さんが手を叩いた。



「はーい!じゃあ人数もいい感じだから、さっさとプール掃除するよ〜。アオ、あんたもせっかく来たんだから掃除を手伝ってよ。人手が足りないのよ」

「え〜!」


「砂那もするわよ?」

「やるやるー!!」



アオは掃除道具を持って、また俺と砂那の所へ来た。そして「俺この高校のこと知らないから、教えて貰いながら掃除してもいい?」と巧妙な手口で、砂那を俺から引き剥がした。



「いいけど……アオくん、本当にいいの?手伝ってもらって」

「いいのいいの!俺は砂那に会うために来たんだから!」

「そっか、ありがとう!」



ニコッと笑う彼女の、果てしない魅力……。アオが少し赤くなって嬉しそうにしている姿を見て、オレはため息をついた。すると、俺の背後で同じようにため息を着く人物が一人。大橋だ。



「俺とアオくん……キャラ被りしてない?大丈夫?」

「……」

「何か言ってよトキくんー!」



嘆く大橋に、拾ったデッキブラシを投げる。とりあえず、掃除を終わらせるとするか。



トキ side end


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