第10話 負けない side トキ
そういえば……俺って……
『明日は楽しもう、倉掛さん』
とか言って、保健室で寝ている倉掛さんにキスしたよな?寝込み……襲ったよな?
「最悪だ……」
まさか、自分がこんなに忍耐がないとは思わなかった。逆を言えば、倉掛さんの魅力が計り知れないのか……。
「(なんてのは、都合のいい俺の言い訳だよな……でも)」
皆のために一心不乱に頑張るその姿も、俺にお礼がしたいと言って無邪気に隣を歩く姿も、本当は他校の女子の前に出るのは怖いのに、俺を助けるために頑張るその姿も――
俺にとっては、全部の倉掛さんが最高で……可愛く思える。だからこそ、髪ゴムを買ってしまって……引かれなかったかな。倉掛さんを前にすると我を忘れて行動してしまう癖が、俺にはある気がする。
「……気を付けよう」
「何を気を付けるの?」
「!?」
ボソッと呟く独り言に反応してくれたのは、俺の隣に立つ倉掛さんだ。今は新オリの会場にいくためのバスを待つ時間。皆は運動場で好きに動き回っている。倉掛さんは相条さんと遅れてここにやってきたようで、少しだけ息切れしていた。相条さんは「水飲んでくる」と離れ、俺と倉掛さんの二人きりになった。
「おはよう、トキくん!昨日はありがとう」
そう言う彼女の頭には、昨日俺が渡した髪ゴムがあって……それを強調するかのように、高い位置でポニーテールがされていた。
「それ……」
「あ、これね!へへ、私のお気に入りなんだ~って言ったら、しずかちゃんが髪を括ってくれたの」
「……よく、似合ってる」
「あ、ありがとう!あのね、トキくん、」
一生懸命につま先立ちをして俺に何かを話そうとする倉掛さん。俺は上体をゆるく曲げて、彼女の口元まで近寄る。すると――
「私、この髪ゴム大好き。トキくん、本当にありがとう」
「っ!」
耳元で、大好きって……。もう分かってやってるんじゃないかと思うくらいに、倉掛さんの天然な言動はスゴイ。
「鈍感なのに天然って、一番タチ悪いよねぇ~」
「……相条さん」
いつの間にか倉掛さんは他の所へ行っていて、代わりに相条さんが俺の隣に立っていた。相条さんは、ニヤニヤしながら俺の方を見る。
「砂那にプレゼントなんて、やるねぇ~。砂那、本当に喜んでたよ?」
「そっか……」
「今日と明日は一日中ジャージじゃん?だから、砂那がこれ以上モブに埋まらないように、髪も顔も可愛くしといたからね」
「顔?」
不思議に思っていると、相条さんが苦い顔をした。
「え~まさかトキくん。砂那にメイクしてたの分からなかったの?」
「……ごめん」
「やだやだ、女子の努力を男子は何とも思ってないんだから、」
「じゃなくて……倉掛さんはいつも可愛いから……。だから、その……今日も可愛いから、いつも通りだと思ってた」
「……アホくさ」
去りながら手を振る相条さん。俺の方は向かずに、こんな忠告をしてくれた。
「トキくんはそうでも、他の男子は違うからね?砂那の可愛さに気づいた男子が、この二日、砂那に押し寄せるかもよ?」
「!?」
「ほら、既に大橋がロックオンしてる」
見ると確かに、倉掛さんに話しかけている大橋がいる。俺も――と近づこうとした瞬間「ピー」とうみ先生がホイッスルを吹いた。
「はーい、バス来たわよー。皆、決められた順番に決められた席に座ってねー」
足止め。俺は仕方なく、列に並ぶ。大橋と倉掛さんも、話すのをやめて列に入ったらしかった。
「(そう言えば、俺の隣は大橋か……)」
バスで一時間と言っていたけど……一時間、大橋のあの煩いのに耐えないといけないのか。
「(ずっと寝たふりしよう)」
そう心に決めて、バスに乗り込んだ。
◇
会場に着いて、各クラスの出し物を展示する。俺たち一年C組のアイデアは斬新だと、他クラスから褒められた。それを聞いて、C組の皆も満更でもないようだった。
「(今が、いいんじゃないか?)」
ハチマキを出すなら、このタイミングだろう。倉掛さんを見ると、ちょうど俺と目があった。広い体育館みたいな所で、だいぶ遠くにいる倉掛さん。俺を見つけると小走りで走ってきて、肩で息をしている。
「トキくん……あの……ごめん、私の代わりに、皆に渡してくれないかな?」
そう言った彼女が手に持っていたのは、俺たちが頑張って作ったハチマキだった。
「え、でも、これは、」反論しようとすると、倉掛さんは「お願い」と力なく笑った。
「私、勢いでハチマキしちゃったけど……でも、ほとんどトキくんがしてくれたようなもんだし、第一……みんなハチマキしてくれるかなって不安になって……」
「倉掛さん……」
「って、こんなこと言ったら一緒にハチマキ作ってくれたトキくんに失礼だよね、ごめんね……私、何言っちゃってるんだろう。ごめんねトキくん……なんか、いざとなったら急に、自信が無くなっちゃって……」
話すうちに、声も姿も、だんだんと小さくなっていく倉掛さん。背中が少しずつ曲がって、本当に小さくなっているように見えた。だけど、俺はそれじゃ納得できない。頑張った倉掛さんを脇に置いて、俺が皆に渡すのは――間違ってる。
「行こう、倉掛さん」
「……へ?行くって、どこに、」
「大丈夫。一人じゃない、俺も一緒に行くから。だから――皆にハチマキ渡そう?」
「トキくん……」
倉掛さんは何か言いたげな口の形をしたけど、グッと唇を噛んで言葉を飲み込む。そしてさっきとは違う、力強い目で俺を見た。
「うん、行く……トキくんとなら、行ける」
「そうこなくっちゃね」
そうして、俺と倉掛さんはC組の皆の前に出る。学級委員の倉掛さんが前に出たことで、皆なにか連絡事項があるのかと、一斉に彼女に注目した。倉掛さんは少し物怖じしたものの、大きく息を吸い、声を出した。
「~っ、あ、あのね……!」
彼女が、勇気を振り絞って話しているのが分かる。皆も、いつもの雰囲気と違う倉掛さんに注目し、小声で「今日可愛い」とか「本当は美人なんだな」とか囁き合っている。
「(……おせーよ)」
倉掛さんの魅力に、気づくのがおせーよ。それに――その魅力は、俺一人が知っていれば充分だ。
ポンっ
と倉掛さんの背中を、皆に見えないように押す。すると、緊張でカチコチになっていた倉掛さんと目があった。
「(大丈夫だから)」
小声でいうと涙目の倉掛さんが「うん」と大きく頷いて、やっと皆の前にハチマキを広げた。
――結果から言えば、皆すごく喜んだ。ハチマキ一つで団結力が生まれたのか、他クラスよりもC組みんなの距離感は近い。
「もう~!一人で作るなって言ったのにー!」
「ごめんねしずかちゃん~!でもトキくんが手伝ってくれたから……っ」
そう言って俺をチラチラ見て笑ってくれる倉掛さんが、ひどく可愛い。小動物的な可愛さもあるし、ちゃんと女の子の可愛さもあるし……。保健室の時みたいに、もう一回、抱きしめたい――なんて思ったりして。
なんかもう、倉掛さんの全てが、
「可愛い……」
「やっぱトキくんもそー思う?」
「!?」
いつの間にか俺の隣にいた大橋。頭には既にハチマキが巻かれてある。
「トキくん、倉掛さん見ながら”可愛い”って呟いてたよー?」
「……気のせいだろ」
「ほんとほんとー。それよりさ、俺のハチマキだけ大橋じゃなくて大カバって書かれてるんだけど、なんで?」
「ごめん、間違えた」
「わざとだろ、トキくん!!」
大馬鹿って書かなかっただけ、ありがたいと思えよな。学級委員の仕事をほとんどしてこなかった大橋に対する、怒りのメッセージだ。その時、先生たちがニヤニヤして「集合」と合図をする。俺と大橋は比較的、先生の近くにいたので、体の向きを変えただけで話を続けた。
「今日砂那ちゃん、やばいよね。チョー可愛いよね」
「……マジトーンやめろ」
「いや、本当に思ってると冷静になるんだよね俺」
確かに大橋は、今日はいやに静かだ。バスの時も、結局ほとんど話しかけてこなかった。まあ、俺が寝たふりをしていたからってのもあると思うが……。
「砂那ちゃんって優しいよね。それに――チョー可愛い」
「……だから?」
「うん。俺――マジに砂那ちゃんを彼女にしたい」
「は!?」
俺の大声は、先生が「今からドッチボールしますー!」という声にかき消された。皆喜びや落胆の声を出す中、俺と大橋だけは静かな闘争心が芽生えている。
「最初はさ、トキくんの嫌がらせのために砂那ちゃんを落とそうと思ってたけど……なんかさ、違うんだよな。砂那ちゃんって、底なしに優しいじゃん?ハチマキ作ってくれたり、タオルやスポドリくれたり」
「タオル、スポドリ……?」
聞けば、昨日ランニングしている時に会ったという。そこで倉掛さんから施しを受けたらしく……。まさか俺が帰った後にそんな事になっているなんて、思いがけない事態に俺は肩を落とす。
「もうちょっと買い物を楽しめばよかったな……」
「え、なんて?」
「……別に」
俺のことはお構いなしで、「でもさ」と大橋は続ける。
「それだけじゃないんだ。実は朝さ、可愛くなった砂那ちゃんにちょっかいかけて”砂那ちゃんが一番好きだよ”って言ってみたわけ」
「……へぇ?」
「そうしたらさ、何て言ったと思う?」
「チャラい」
「ブー!」
手でバッテンマークを作った大橋。「さらっとヒドイ事言うよね」なんて愚痴もこぼす。
「こんなトキくんに比べて、砂那ちゃんの天使さだよ。
あのね、砂那ちゃんはね――」
『大橋くんが一番好きなのは、サッカーでしょ?』
『え、なんで?』
『明日がオリエンテーションで部活が休みになったって、ランニングするくらいサッカーの事を思ってるんでしょ?それって、すごい事だと思う。休みの日もサッカーの事考えて、実際に動けるなんて――大好きじゃないとできないよ』
「って、そんな事を言ってくれんの」
「(すごく言いそう……倉掛さんなら……)」
それこそが彼女の魅力であり可愛さなんだけど……分け隔てなく、誰にでも接している事にモヤモヤする。彼氏じゃないから、嫉妬する資格なんてないけど。
「もう俺さ、一発でオチたよね。そんな事を言ってくれる子、今までなんていなかったもん」
「……本気?」
「うん――本気」
いつもの飄々した感じじゃない。目を見ればわかる。
大橋は――本気だ。
「じゃあ、俺も負けない」
「え」
さっき倉掛さんから渡されたハチマキを、頭にシュルッと巻く。俺のハチマキは倉掛さんが作ってくれた。あがつまとき、と丁寧に書かれている。キュッと、強く結ぶ。勝って兜の緒を締めよ――なんて言葉があるけど、俺は勝ってもいないし、相手を負かしてもいない。同じ土俵にいる者同士の、真剣勝負だ。
「倉掛さんは、渡さないから」
「わぁ、トキくんって意外にアツいんだねぇ。そんなことされたら……俺も燃えちゃうよ?」
「燃えて灰になれば?」
「い、言うねぇ……でもヒドイ!」
二人の間に、メラメラと炎がたち、火花が飛び散っているような――そんな雰囲気。俺たちの事情を知らない外野では、
「イケメンのにらみ合いよ」
「絵になるわ~」
「家宝ねぇ絵画にしたい」
と、ドッチボールそっちのけで、鑑賞会が始まっていたのだった。
トキ side end
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