第9話 トキくんへのご褒美?



「あ、あの……トキくん?」

「ん?」

「いや“ ん?”じゃなくて……。これは一体、どういうこと……?」



トキくんに「寝て」と言われて保健室で寝ていた私。起きたら、なんとトキくんがクラス皆のハチマキを完成させてくれていた。絶対大変だったろうに、というかアイロンも必要だったのにどうやって完成させたのか分からないけど……トキくんが、神様に見えた。



『お礼させて!』

『いや、いい……』


『どーしても!お願いっ!』

『……じゃあ、うん』



トキくんに何かお礼がしたくて、頼み込んだ放課後。


私とトキくんは、なぜか女の子の服が並ぶお店通りに来ていた。



「トキくん……女の子の服が買いたかったの?」



そういう趣味があるのかな……!?

ドキドキして質問したけど、返ってきたのは「NO」の答え。



「俺じゃなくて……倉掛さんの」

「へ、私?」

「……うん」



真顔で言われるものだから、思わず考える。新オリは明日……何か足りない物、あったっけ?



『ね、砂那。パジャマ買いに行こーよー!可愛いの見せ合いっこしよ〜』



あ、あった!

買わなきゃいけないもの!



「そういえば!パジャマ!」



私がハッとして顔を上げると、なぜだか安心したようなトキくんと目が合った。思い出して良かったね、ってことなのかな?と言っても――



「(トキくんは圧倒的に言葉数が少ないから、私が勝手に解釈してるんだけどね)」



立ち止まっていると、トキくんが肩をポンと叩く。なんだか、嬉しそう?



「行こ」

「……うん!」



嬉しそうなトキくんにつられて、私も嬉しくなる。私の前を颯爽と歩いてくれるトキくんの後を、はぐれないようについて行く。



後ろから、まじまじとトキくんを見る。カッコイイ人っていうのは、どうして後ろ姿もカッコイイんだろう。不思議。あと、羨ましい。




「(しずかちゃんも、後ろ姿だけで綺麗って分かるもんねー)」



その時、ショップのウィンドウガラスに、自分の姿が写る。たやすく群衆に紛れる私と、圧倒的存在感を放つトキくん。



「見て〜今の男の子!」

「見た見た!ヤバ!イケメン!」



当然、周りから噂をされまくっていて……一緒にいる身としては、肩身が狭い。



「(でも、なんでそんなトキくんが……)」



保健室での事を思い出す。それは、トキくんが私の涙を拭ってくれた時。トキくんに、ほっぺにキスされた。



「〜っ!」



思い出しただけで、恥ずかしくなる……っ!何で?トキくん……。どうして私なんかにキスしたの?



「(なんて聞けないし……)」



そんな事を考えていると、トキくんが私の方を振り向いた。整った顔が、夕日に照らされて眩しい……。



「トキくん?どうしたの?」

「隣……きて」


「並んで歩くってこと?」

「……嫌?」


「嫌っていうか……」



地味な私が、トキくんの隣を歩いていいのかな?周りの人が見たら、どう思うのかな……?



「(正直、怖い……)」



だけど怯む私に、トキくんは無言で私の手を掴んだ。そして「こっち」と言うと、あるお店に入っていく。



「ここ……どうかな?」

「う、わ〜っ!」



見ると、ルームウェアとかパジャマとか、色んな服が置いてある!さすが、モテる男の子はこういうお店も知ってるんだね……っ。



「(でも、なんで?誰かと来たのかな?あ、もしかして……元カノ?)」



ズキッ



「ん?」

「どうしたの?倉掛さん」

「ううん……なんでもない」



胸を揺るがすその正体に気づかない振りをして、お店の中を見て歩く。そして、私が好きそうな一着を見つけた。



「これ、可愛いっ」

「合わせてみて」


「は、恥ずかしいよ!」

「でも……見たい」


「!」



拒否しずらい……。大きい体をしてるのに、そんな子犬みたいな目で見られたら、誰だって断れないよ……っ。



「ズルい、トキくん……」



口の中で消え失せた言葉は、トキくんには届かず……。私は大人しく、服を肩の高さまで上げた。



「ど……どうかな?」



観念して、私は制服の上から服を合わせる。するとトキくんは一瞬だけ目を大きく開いたかと思うと、スイッと顔を逸らした。あからさまな反応をされると、さすがに傷つく……!



「に、似合わなかったよね、ごめん!」



急いで服を元の場所に戻す。だけど、その手はトキくんによって阻止された。



「戻さないで……。それ、よく似合ってるから」

「へ?」


「……すごく、かわいい」

「っ!」



カーッと顔が熱くなる。それはトキくんも同じようで……二人して熱が出てるみたいに、顔を赤くしていた。頭の中がグチャグチャになってきて、この場から逃げたくて……「じゃあお会計してくる!」とダッシュでその場を離れた。



「――です。ありがとうございました」



レジで支払いが終わっても、私の頭はのぼせたままで……。どうしよう。どんな顔をして、トキくんに会えばいいのかな。


外で待ってくれているトキくんに近づく。だけど、その時。



「お兄さん〜一人ですか?」

「めっちゃカッコイイですね!」

「これから遊びません〜?」



美人な女子高校生に、ナンパされていた。



「……結構です」


「断り方もカッコイイ!」

「じゃあ連絡先だけどうですか?」

「空いてる日に遊びましょー!」



グイグイ来る女子たちに、トキくんの顔が少し歪む。


ど、どうしよう……困ってる、よね?私が早くトキくんの元へ行けば、一緒に逃げることが出来るよね?


頭では分かっていた。

だけど――



「(あんな美人な人達に、私なんかが叶うわけない……っ)」



どうしても、トキくんを助ける一歩が出なかった。するとトキくんが、未だお店の中に居る私に気付いて、わざわざ来てくれた。



「買えた?」

「は、はい!ありがとうございましたっ」


「……ふっ。なんで敬語なの。倉掛さん、やっぱいいね」

「っ!」



いいね――と言われた私の心が、あったかくなる。私は自分自身を否定していたのに、トキくんが私を肯定してくれている。その事にすごく、救われた。



「トキくん……」



私の中で、力が湧いてくるのが分かる。



「あのさ……っ」



恥ずかしさを超えて、今までの自分を超えて――勇気を、出してみよう。



「手……繋がないっ?」



その時、私の心臓は弾けてしまいそうなくらいバクバクして……



「……へっ?」



そのバクバクは、どういうことかトキくんにも移ってしまったらしく、トキくんはさっきよりも更に顔を真っ赤にして、私を見た。



「ナ、ナンパ……困ってるよね?だから彼女役にと思ったけど……私じゃ役不足、だよね」

「そ、そんな事ないよ!」

「!」



トキくんの大きな声を、初めて聞いたかもしれない……。お店の中にいた人も、何かあったのかと、私たちをチラチラ見ていた。



「ごめん、大きな声で……」

「ううん。あ、ありがとう……。じゃあ……髪ほどいていい?顔を見られるのは、恥ずかしいから」

「うん……」



一つくくりのゴムを解いて、手ぐしで髪を軽く整える。顔の横を髪で隠せば……。よし、私ってバレる事はなさそう。あ、ついでにスカートも短くしておこう。腰の位置でスカートを何度も折って、短くする。



「準備オッケーっ」

「あ、足……っ」

「トキくんの彼女だもん。これくらいしないとね……っ」



震える手をギュッと握った私を、トキくんが黙ってみていた。そして一言「ありがとう」と呟いて、スラリと長い手を、私に伸ばす。



「はい――手を貸して」

「う、うん」



ギュッ


大きなトキくんの手に、すっぽりと収まる私の手。握手のような普通の握り方じゃなくて……指を絡める、恋人繋ぎ。



「(ひえー!私の手汗、もう少し我慢してー!)」



お店を出て、さっきの女子高校生たちの前を通る。スルーしようとしたら、案の定「あ!」と見つかってしまった。



「ちょっと逃げないで……って、その手。なに、彼女いたのー?」

「なーんだ」

「行こいこー」



呆気なく散っていった女子たちに、私もトキくんも、しばらく呆然としていた。だけど、どちらともなく、



「行った?」

「うん」



そう確認すると、途端に面白くなって……。



「ふふっ、気が抜けたら笑っちゃうね!」

「ふっ……うん、そうだね」



私たちは手を繋いだまま、しばらく笑いあってしまう。なんだか悪いことをしたような、そんな背徳感も少しあって……。スリルでドキドキしたのと、トキくんと手を繋いでドキドキしたのと……混じったドキドキが、私の心を少しも大人しくさせてくれない。



「(トキくんは、どう思ったんだろう……?)」



チラリとトキくんを見る。夕日に照らされた彼の耳は、ほんのり赤く染まっていた。





それからの私たちは――ドリンクをテイクアウトして、今はトキくんに、家まで送って貰っている途中。もちろん、繋いでいた手は、女子高生が見えなくなった瞬間に離した。どちらともなく、自然に。



「はぁ〜甘くて美味しいー」

「冷たいのもいいね」



私はイチゴ、トキくんは抹茶のジュースを持って、ポクポク歩く。



「今日は楽しかった!ありがとう、トキくん」

「いや、俺こそ」


「お礼って思ってたのに、私ばかり楽しい思いしちゃって……ごめんね?」

「ううん……倉掛さんが楽しかったなら、俺も嬉しい」


「……っ、うん!」



トキくんは寡黙なくせに、こういう感情をストレートに出してくる。その素直さに未だ慣れなくて、ついつい顔が赤くなっちゃう。



「そういえば――髪のゴム、ごめん」

「え?いーよ、いーよ!あんなの安物だし」

「でも……」



お店で髪を解いた、あの時。緊張していたからか、解いたゴムをどこかに落としてしまった。だけど、何もない黒いゴムだし、家に帰ったら、いくらでもストックあるしね!


だけどトキくんは申し訳なさそうな顔をしていて……本当に気にしなくていいのになぁ。



「トキくんにいつも助けて貰ってるから。私も何かしたくて自分からやった事だから気にしないで。そもそも、私がドジなせいで落としちゃったんだし!それに……」

「それに?」


「助けられたのは私の方なの。トキくんの言葉に、救われて」

「……」



いきなりこんなこと言っても、トキくんは訳分からないだろうけど……でも、お礼を言っておきたかった。私の中で、自信が少しだけ積み重なったから。それは私にとって、すごく大きな一歩。



「ありがとう、トキくん」



お礼を言うと、トキくんは私から目を逸らした。上を向いて、少しだけ空を見て……ゆっくりと、また私に視線を戻す。



「……じゃあさ、俺からお返ししていい?」

「お返し?」


「目……瞑って」

「(え!それって……っ)」



カーッとすぐに赤面した私を見て、さすがのトキくんも動揺したらしい。



「いや、その……イヤらしい意味では、ないから……ごめん、驚いたよね」

「え!あ、こっちこそ!ごめん!」



ひー!自意識過剰になってた!恥ずかしい……っ。穴があったら入りたい思いで、目を閉じる。すると、すぐにトキくんの気配を身近に感じた。それに……髪がくすぐったい。髪を触ってるのかな?



「……できた」

「え、これ……」



目を開けた時、トキくんは既に私から離れていて……残ったのは、私の髪を結っている「新しい」ゴム。鏡を取り出して見てみると……



「か、かわいい!」



今まで黒一色だった髪ゴムが、キラキラしたビーズがついた可愛いゴムに変身してる!素敵、キレイ!



「これ……なんでっ?」

「助けてくれたお礼。と、あと……俺へのご褒美かな」


「ご褒美?」

「これをつけてくれた倉掛さんが見たくて……」


「それ、ご褒美になる……?」

「うん……すごく可愛い」


「(あぁ、また!)」



トキくんのド直球な言葉。いつ聞いても慣れないけど……でも、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。



「(私、またドキッてしちゃった……)」



私の初恋は終わったはずなのに、あと何回トキめくんだろう。未練がましいな、私……。



「あ、ここなの。私の家」

「分かった、じゃあ、また明日」

「うん」



トキくんは軽く手を挙げて、私に背中を向けて去っていく。私は……その背中を、小さくなるまで見送ろうとした……けど、しばらく歩いたトキくんが、クルッと振り返る。そして――



「中、入って」

「え?」


「見届けてから、俺も帰るから」

「……わ、分かった」



トキくんが言うように、家の中に入る――フリをした。ドアをそっと開けて、トキくんが帰っていく姿を、こっそりと見送る。私が家に入ったのを確認すると、トキくんは元来た道を戻っていく。そして曲がり角を曲がって、見えなくなってしまった。


ガチャ


ドアを開けて、家の前に出る。さっきまでここにトキくんがいたのが、ちょっと信じられない。



「明日の新オリ、楽しみだなぁ」



髪をくくってあるゴムをチョイチョイと触る。そして家の中に入ろうとした、その時だった。



「あれー?砂那ちゃん?」

「え、大橋くん?」



上下スポーツウェアを着た大橋くんと、家の前でバッタリ会ってしまった。



「え、あれ?今日は部活は?サッカーだよね?」

「今日は休みなんだ。でも体を動かしたくて走ってた!」

「すごい、元気だねぇ~」



感心していると、大橋くんは私をじーっと見る。そして「なんか今の砂那ちゃん、可愛いね」とスカートと頭を指さした。



「いつもよりスカート短い。あと、髪も高い位置でくくってる!俺ポニーテール大好きなんだよ~」

「え、あ!」



そうだった。トキくんの彼女の役をした時にスカートを上げて、そのままだった!恥ずかしくて、急いで元のひざ丈の位置に戻す。髪は……せっかくトキくんがくくってくれたから、もう少しこのままで……。



「えー!なんで戻すのー!勿体ない!」

「も、もったいなくないから!」



だけど大橋くんは本気で言っていたようで「また見せてね今日の姿♡」と、投げキッスをしてくる。テキトーにあしらうと、大橋くんがカラカラ笑った。その時、大橋くんの髪から汗がポタポタ落ちている事に気づいた。すごい汗……どれだけ走ってきたんだろう。



「お、大橋くん!ちょっとそこで待ってて!」

「ん?」



不思議がる大橋くんを待たせて、家の中にあるお客さん用タオルを取りに入る。あ、あとスポーツゼリー。



「これ、どうぞっ」

「え、俺に?」

「うん。大橋くん、すごく頑張ってるね!私、家の中を往復しただけで息が切れちゃったよっ」



肩で息をしている私を見て「マジだ」と目を丸くする大橋くん。



「じゃあ――いつかさ、一緒に走る?」

「え、いいの?でも、邪魔じゃない……?」


「誰かと一緒の方が、俺もやる気がでるし!それに――引き締まった女子の体って、トキくん好きだと思うよ」

「!」



「もちろん俺もね!」といつもの飄々とした笑みをして、また走り出す大橋くん。少し走った先で「これありがと!バイバーイ!」とタオルとドリンクを持った手を挙げた。私も手を振り返すと、大橋くんはあっという間に、遠くまで走り去ってしまった。



「そういや、“俺のこと好きになってみない?”とか大橋くんに言われてたんだっけ。でも……言った本人が、もう忘れてるよね」



私が忘れてたくらいだし。



「(大橋くんって、掴めないな~)」



大橋くんの姿も見えなくなったところで、私もやっと家に入る。


今日は色んな事があったなぁ……。楽しい事ばかりだった。あ、そうだ!



「パジャマ買ったよって、しずかちゃんにメールしよっ」



トキくんにキスされたことを少し思い出し、ほっぺを触りながらしずかちゃんにメールする。するとすぐに、しずかちゃんから「私も買ったよ!お互い見せ合いっこしようね」と返信が来た。



「ふふ、楽しみだなぁ~」



明日はいよいよ、新オリエンテーションの日だ!

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