第8話 君がいなきゃ side トキ
「で、君が受験の時に砂那を助けてくれたという、トキくん?」
「……そうだけど」
倉掛さんの友達の相条さんにそう聞かれたのは、倉掛さんと大橋がクラスの皆に出し物の発表をしている、そんな時だった。前に出ている倉掛さんをボーッと見ていたら、相条さんが「ねぇねぇ」といい笑顔で話しかけてきた。
「砂那が言うには、トキくんはもう少し落ち着いた印象の子だって聞いたけど?」
「今、落ち着いてない……?」
「トキくんは落ち着いてるんだけど、君の周りが騒々しいよね。トキくんがかっこよすぎるんだって」
「自覚はないけど……」
だけど、今朝の登校中も何人かの女子に話しかけられた。連絡先交換させて、とかもいたな。でも、面倒だ。第一、そんな事をしたくて変わったんじゃない。
「なんでイメチェンしたか聞いていい?」
「……誰にも言ってないのに?」
「砂那の親友、って事ならOKでしょ?」
「(OKなのか……?)」
倉掛さんと違って、相条さんはグイグイ系だ。でも、嫌な感じじゃない。ちゃんと話す相手の顔色を見ながら、話を進めてくれる。クラスの男子が相条さんに引き寄せられるのは、こういう性格だからかもしれないな。
「合格発表の時にさ……二人の話声が聞こえた」
「え、私と砂那の?」
俺は無言で頷く。
「なんで話しかけなかったの?」
「……会えた。それだけで良かったんだ」
「なんか……」
「?」
「こっちが照れるわ」
「……そう?」
相条さんは恥ずかしそうに、手で顔をパタパタ扇いだ。
「砂那、中学の時は今よりもっと大人しい格好してたでしょ?でも根はいい子で……そういう魅力に、トキくんが気づいてくれて嬉しい」
「……うん」
素直に答えた俺を見て、相条さんは「へぇ」と感心したような、感嘆の声を漏らす。
「トキくんは砂那の事が好きなんだろうなってカマかけたけど……やっぱそうなんだ」
「……」
「へ〜」
「〜っ!」
ニマ~っと笑う相条さんを見る。今度は俺の方が、ジワジワと顔に熱が籠る。「そう照れなさんな。今更」と相条さんはどこ吹く風だ。
「なんで俺が好きって……気づいた?」
「なんでって……そりゃ、抱きしめてあんな甘いセリフを言えば、誰だって気づくって~」
「!」
手を口にもっていき「オホホ」と言わんばかりの相条さん。女子は友達に何でも話すって聞いたことがあるけど、まさかあの日の俺の行動も筒抜けだったなんて……。恥ずかしさから、机に顔を伏せる。大橋がめざとく「おいトキくん起きてー!」なんて注意してきたけど、ムシだ無視。
「出来れば……誰にも言わないでもらえると助かる」
「言わないよ~それに、肝心な砂那は、まだ気づいてないみたいだしね」
「うん……」
「砂那は鈍感だからねぇ」と相条さんは壇上で固まっている倉掛さんを見る。
「砂那は、まさか自分がトキくんに好かれてるなんて、微塵も思ってないよ」
「……うん」
「ただ単に気づいてないってのもあるけど、それ以前に……砂那は自分に自信がないから。まさか高嶺の花のトキくんが自分なんかを好きになるはずないって……そう思っちゃう子なんだよ、あの子は」
「そうなんだ……」
「うん」
頷いた相条さんの横顔が、少し寂しそうに見えた。そのワケを俺が聞いていいのかは分からなくて……俺は無難に、話題を少しだけ逸らすことにした。
「倉掛さん相手だと長期戦だって……分かってるから」
「お、そうなんだ。砂那は鈍いからねぇ~押しすぎくらいの圧でちょうどいいと思うよ」
「……ふ、ご忠告どうも」
おせっかいというか、なんというか……でも、的確なアドバイスが貰えて少し嬉しい。男として情けないなぁと思うと、失笑ともいえる笑いが出た。すると相条さんに「出たよ、女子キラーの微笑み」と言われた。
「なに……それ」
「トキくんってあんま笑わないじゃん?だからこそ笑った時のギャップがスゴイっていうか……。あなたのファンからしたら、まるで家宝を拝めたような気持になるんだって。知ってた?」
「家宝……?」
よく分からない事ばかりだ。女子にモテたいという大橋の気持ちも。モテたって、大変なだけじゃないか。なのに、なんでそんなに固執するんだか……。
「で?合格発表の日に、私たちの何の会話を聞いたの?」
相条さんが話を変える。そういえば、そんな話もしていたか。言ってもいいものか……倉掛さんをチラリと見る。すると、皆への説明が終わった大橋と倉掛さんが、壇上から降りてなにかを話している。いや、話しているだけならいいけど……大橋が倉掛さんの頭や鼻を触っている。それに、顔を近づけて内緒話をしている。何を言ったか知らないけど、倉掛さんは赤くなったり、真顔になったりして……。
「困ってる……」
「え?なんか言った?」
「いや……。二人の何の話を聞いたかは、まだ内緒にしとく」
「え~」
相条さんがブーイングをしそうになった時、倉掛さんが戻ってきた。何やら複雑な顔をしている。一方の大橋派と言うと……
「連絡先?いーよ、交換しよしよー!」
女子のグループに囲まれて、スマホを嬉しそうに触っていた。俺はその姿を見て、ため息が出る。
「(アイツみたいに能天気になれたらな)」
親友から「鈍感」だと太鼓判を押された、俺の好きな人。その牙城を崩せる日は、いつなのか。どんな手を使えばいいのか――考えても考えても、悩みはつきない。
「(はぁ……)」
俺は考えるのを放棄するように、また机に突っ伏したのだった。
◇
相条さんと、そんな会話をして、数日が経った。気が付けば、新オリの日は明日に迫っていた。
「はい、倉掛さん」
「……」
「倉掛さん?」
今は授業中。後ろから回ってきた小テストを、俺の分を重ねて倉掛さんに渡そうと思ったんだけど……
「(もしかして、寝てる?)」
倉掛さんは机に突っ伏していないものの、体を見れば全体がユラユラと揺れていて……船をこいでいるのは一目瞭然だった。隣の相条さんが気づいて「砂那」と名前を呼ぶも、全く起きる気配はない。まさか小テストも、白紙だったりして……?
一抹の不安が残る中、大橋が「砂那ちゃん」と、肩を思い切り揺らした。すると、それにはさすがに起きざるを得なかったのか、すごい速さで「はい!」と倉掛さんが返事をする。
「砂那、小テスト、ほら後ろ。回ってきたよ」
「あ、本当だ。ありがとう、しずかちゃん大橋くん。ごめんね……トキくん」
「……ううん」
何事もなかったように小テストを渡したが……さっき大橋、倉掛さんの事を「砂那ちゃん」って呼んでなかったか?気のせいと思いたいけど……。
そう気にする俺を差し置いて、大橋が「砂那ちゃんお疲れだね?」とまた名前を呼んだ。気のせいじゃなかった事に肩を落とす……。
「砂那~やっぱりアンタ、私に何か隠してるでしょ?そんなに寝不足になるなんて、おかしいもん」
「隠してないない!昨日はホラ!楽しみにしてた小説があって、つい遅くまで読んでたから……」
必死に弁解する倉掛さんだけど、その顔色は決していいとは言えない。それに、目の下のクマはここ数日で広がってきているきがする……。あの大橋でさえ今朝「そのクマすごいね」と気づいてたくらいだから、相当寝不足なはずだ。
すると、ちょうど授業が終わった。寝ていた罰なのか、先生から「倉掛さん、これを資料室へ」と先生からおつかいを頼まれた倉掛さん。咄嗟に「俺も行く」と、後ろから倉掛さんに声を掛けた。
「え、トキくん?」
「俺も手伝う。その……倉掛さんさえよければ……」
一瞬ビックリしたような彼女は、少し間をおいて「ありがとう」と言ってくれた。
「(良かった、迷惑じゃなかったのか)」
大橋のようにオープンな性格じゃないから、人との距離感が分からない。大橋くらい積極的に行けたらいいけど……。こういう時は、大橋の大胆な性格が少し羨ましい。相条さんから「押しすぎの圧でいけ」と言われているけど……それが難しい。最近身をもって体感してる。
「えっと、じゃあ――よろしくお願いします」
「……うん」
荷物を二人で均等に持って、出発する。案外重い荷物に、倉掛さんは「おっとと」と少しよろけた。
「倉掛さんの荷物……俺の荷物の上に乗せて」
「え?いいけど……どうしたの?」
彼女の分の荷物が置かれた瞬間に「じゃあ、行ってきます」と倉掛さんに伝える。
「え、どういう、」
「俺が資料室に行ってくる。倉掛さんは……少し寝てて」
「で、でも……」
悩んでいる彼女を見て、俺は背中を向けて歩き出す。少しだけ振り返って「早く元気になってね」と言うと、倉掛さんは、なぜだか泣き出しそうな顔をした。
そして――
ドンッ
倉掛さんが俺の背中に飛び込む。軽い衝撃に、持っている荷物が僅かに揺れた。
「く、倉掛さん……?」
「ごめん、トキくん。ごめんね……」
すごく弱々しい声。だけども、絶対に俺を一人で資料室に行かせないような、そんな意思も垣間見える。
「じゃあ……これだけお願い」
「え?」
ポスッと倉掛さんの頭の上に、軽い荷物を一つ置く。
「これだけ持てそうにないから……お願い」
「……うん!」
倉掛さんの満面の笑みに、俺の顔も綻ぶ。すると周りにいた女子たちが「家宝!」とヒソヒソ話していた。どうやら、俺の笑顔がレアでうんぬん――と言う話は本当らしい。
これ以上に目立つのが嫌で「行こう」と倉掛さんの手を強引に握る。そして、二人で教室を後にした。
◇
「あ、あの……トキくん、もう手を離してもいいんじゃないかな?」
「え」
倉掛さんが控えめにそう言ったのは、歩き出してしばらく経った時だった。
「あ、その…………ごめん」
「ふふ、大丈夫だよ。人気者も大変だね」
「(俺が噂されているの聞こえてたのか……)」
倉掛さんから見て、イメチェンした俺はどう写ってるんだろう。大橋と同じ分類にされてないか、それだけが不安だ。女子から噂されて喜ぶ俺じゃないというのを、分かってくれたらいいのだけど……。
そんな事を思っていると、倉掛さんから「トキくん」と呼ばれる。二人並んで歩いている、というよりは俺が半歩先を歩いているから、振り返って返事をする。
「どうしたの?」
「資料室って、こっちなの?」
なかなか資料室につかない事に疑問を覚えた倉掛さん。「私まだ校内地図を覚えていなくて」と申し訳なさそうな顔をした。
「資料室は……反対方向」
「え、なんで、」
「行きたいのは保健室……ごめん」
するとちょうど、保健室に到着する。「え、え?」と困惑する倉掛さんを連れて、中へ入る。ちょうど先生はいない。ベッドは……よし、誰も使ってないな。
「あの、トキくん、私なにがなんだか……」
「荷物は俺が持って行く。倉掛さんは寝て。次の授業は自習だし……」
「え?で、でも、」
「いーから。ほら……行って」
倉掛さんから荷物を預かって、半ば強制的にベッドへ追いやる。最初は若干抵抗していた倉掛さんも、やっぱり眠たいのか、だんだん素直になって、最後には大人しく布団の中へ潜った。
その時に、ふと見えた、黄色の紐。いや、あれは紐というよりは……
「もしかして……ハチマキ?」
「え!?」
事実を隠しきれないほどの驚いた顔が、布団からのぞいている。なるほど、やっと納得がいった。
「倉掛さん一人だけで、クラス全員分のハチマキを作ってる?」
「う……トキくんには何もかもお見通しなんだね……」
言いながら、オズオズとポケットからハチマキを出す倉掛さん。黄色のハチマキに、クラス名と名前が、綺麗に書かれてワッペンもアイロンで綺麗に張り付いている。
「すごい……これを、一人で?」
「皆にビックリしてほしくて……喜んでほしくて……でも、失敗しちゃった。時間がなくて……」
言いながら、どんどん目に涙がたまってくる倉掛さん。俺は荷物を机に置き、近くにあった椅子を出してベッドの横へ座った。
「しずかちゃんからは、無謀だからやめとけって言われたのに、内緒で作っちゃって……。でも、もう明日なのに完成しそうにないの……。それが悲しくて……」
「倉掛さん……」
「だから、さっきトキくんが助けてくれた時、すごく安心して、嬉しくて……。つい縋りついちゃった。ごめんね」
ごめんね――と弱々しく笑った時に、倉掛さんの目から涙が零れ落ちる。
「情けないよね、私……」
言いながら、また、泣きながら笑う倉掛さん。
「……っ」
そんな彼女を見たら、なぜだか堪らなくなって……気づけば俺は、倉掛さんの小さな体をギュッと抱きしめていた。
「え……ト、トキくん……?」
「情けなくなんかない……倉掛さんはスゴイよ」
「す、すごくなんか……っ。自分でやり始めた事なのに、結局は見切り発車で……私、いつもダメなんだ。出来ないのに、やろうとするなんて……やめとけって話だよね」
「へへ」と悲しく笑う倉掛さん。この前、相条さんが「砂那は自分に自信がないから」と言っていた彼女の一面を、今、垣間見た気がした。
もっと突っ込んで話を聞くべきなんだろうか……そんなことないよ、倉掛さんはすごいよって、慰めるべきなのかな?……いや、今はやめておく方がいいか。寝不足だろうし、深い話は重たいだけだ。
慎重に答えを出した後、少しでも安心してもらいたくて倉掛さんに言葉を掛ける。
「会ったばかりのクラスの皆のために、身を削ってそこまで出来る人――なかなかいない。倉掛さんの頑張り、きっと皆に届くから」
「そ、そうかな……」
見えなくても分かる。倉掛さん、少し笑ってくれたな。
「それに……倉掛さんが無理しすぎて体調崩して、新オリを欠席になったら……つまらないよ」
「へへ、照れるね……っ。でも……ありがとう」
「倉掛さんがいないと、ね?」
「うん」
倉掛さんは、寝転がったまま、かぶさる俺の背中に手を回す。そしてキュッと、俺のシャツを握った。
「……泣いていいよ。誰もいないし、俺も……何も見えないし、聞こえないから」
「ありがとう……トキくん……っ」
「……頑張ったね」
俺の胸の中にいる倉掛さんが、静かに泣く。彼女の体温を感じながら、俺は少しだけ、抱きしめる力を強めた。
「(こんなに小さいんだな……)」
大橋に勝手に決められた学級委員。たったそれだけの事なのに、皆に喜んでもらおうと、たった一人で頑張っている。倉掛さんの健気さが、俺の胸を大きく打った。
「(こんな事されたら……ますます好きになる)」
惚れた方が負け――なんてよく聞くけど、俺は出会った日から負け続けている気がする。倉掛さんの魅力に、ずっと充てられていて……。しっかりしてそうで、こんなに弱い一面があるギャップが、たまらなく愛しく思えた。
「(俺がたまに笑うからって、なんだよ。そんなギャップなんて、倉掛さんに比べたら……)」
そう思った時だった。
「スー……」
「…………ん?」
倉掛さんから体を離す。すると泣き疲れたのか、いつの間にか眠っていた。
「……おやすみ。倉掛さん」
布団をめくると、彼女のポケットから、まだ黄色のハチマキが見えている。試しに引っ張ってみると、クラス分のハチマキが大量に出て来た。これをどうやってポケットに納めていたんだ……全然気づかなかった。
保健室にもペンはある。ハチマキに書かれている名前やクラス名は、俺でも書けそうだな。
「よし、やるか…………ん?」
倉掛さんにかぶさっていた自分の体を起こそうとする……が、倉掛さんが俺の背中をガッシリと掴んだままで、離れることが出来ない。
「~っ、生殺し……っ」
夢みたいなシチュエーションに、心臓がうるさく鳴り始める。今更だけど、俺いま、倉掛さんと抱き合ってるんだな……。
「……っ」
チラリと顔を見る。泣いたまま寝たため、まだ涙が目の端に残っていた。俺は衝動的に、自分の顔を近づける。そして――
「明日は楽しもう、倉掛さん」
尚も眠ったままの彼女の頬にキスをする。落ちてくる涙を受け止めて、手でその痕を拭った。そしてゆっくりと体を離し、乱れた布団を直す。見渡すと机がある。ついでだし、俺もここで作業をしよう。
「(まだ時間はある。倉掛さんの負担が減ればいいけど……)」
クラスの皆の名前は、もう頭に入っている。あと半分くらいなら、出来るな。何も考えずに、無我夢中で手を動かす。
「……」
その時に、そんな俺を、倉掛さんがこっそり見ているとも知らずに――
「(さっきのって、一体……っ?)」
俺がキスをした頬を手で触り、顔を赤らめる倉掛さん。当の俺は、まさか倉掛さんに気づかれているとも知らずに、必死にクラス皆の名前を書いてた。
トキ side end
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