第11話 どっち?ボール
聞いてください、皆さん。
私は今、大変な事になっています……。
「だーかーらー!俺が砂那ちゃんを守るって言ってんの!」
「……邪魔だからどいて」
「トキくんの方が邪魔だから!」
なんでこんなことになったかと言うと――
始まったクラス対抗のドッチボール。
小さくて人の影に隠れるのが昔から好きな私は、ここでその特技が活きてしまい、C組の生き残りは私と大橋くんとトキくんだけになってしまった。後は皆、外野にいてボールを待ち構えながら応援してくれている。相手はB組の人たち。コートの中にいるのは五人。少しこっちが劣勢。
それなのに――
なぜかトキくんと大橋くんは、どっちが私を守るかで揉めていた。私が抜けて二人でB組の残りの人を倒してくれるのが一番勝ち目があるのに、どうして私を守ろうとするんだろう……。
しずかちゃんに「助けて」と目で訴えても「頑張れ~」とガッツポーズしか返ってこない。だからと言って、自分からボールに当たりに行こうものなら、トキくんと大橋くんに全力で守られる。
しまいには……
「コラ」
トキくんの手が、私の頭に重くのしかかる。
「なんで、ちょこまか動くの」
「だ、だって、邪魔かなって思って……!」
「いいから。黙って俺に守られてて」
「(ドキッ)」
最後に頭をポンポンと撫でられて、私の前に立ちはだかるトキくん。ボールから守ってくれるその姿……まるで王子様みたいな雰囲気に、私の頭がクラッとのぼせた。
「(たかがドッチボールなんて思ってたけど……思ったよりも刺激が強すぎるっ)」
汗をポタポタ流して、たくさんボールを受け止めて、思いっきり投げる、男らしいその姿。半袖の下から、たまにのぞく腕が妙に色気があって……線は細いのに意外に筋肉あるんだなって思ったり……。
「(トキくん、色んな部活の助っ人をしてるって言ってたけど……運動神経いいんだなぁ。ドッチまで上手いなんて……小さいころに何か習ってたのかな?超人過ぎるよ……)」
トキくんの背中をぼんやりと見ていると「こら」と大橋くんが私の目を手で覆う。
「トキくんばっかり見ないでよね」
「え、み、見てないよ!」
「嘘ばっかり。あーあ、ツライつらい。俺は本当に砂那ちゃんの事が好きなのになぁ」
「だから、大橋くんが好きなのはサッカーでしょ?」
「そうだけど」と、迫りくるボールに怖気もせず、大橋くんは何食わぬ顔で受け止める。そしてC組の外野まで思い切り投げた後に、敵に背を向けて私を見た。
「サッカーと同じくらい、砂那ちゃんの事を好きじゃダメなの?」
「――え?」
バンッ
敵に背中を向けていた大橋くんが、ボールに当たる。だけど大橋くんは、サッカーの技術を活かして、瞬時に前を向いてボールを胸で受け止めて、勢いを吸収していた。すると、ボールはゆるやかに私と大橋くんの真上を飛び……そして、落ちてくる。大橋くんが賭け事をしてきたのは、そんな時だった。
「ねぇ砂那ちゃん、もしも俺の事を一ミリも好きじゃないなら、ボールは取らないで」
「え?」
「でも少しでも俺の事を好きって気持ちがあるなら――ボールを受け止めて。今の砂那ちゃんの気持ちが知りたいんだ」
「っ!」
いつもはチャラチャラしてる大橋くんの、こんな真面目な顔を見たら……「本気で言ってるの?」と錯覚してしまう。だって、大橋くんはいつも女の子と一緒にいて、いつも女の子とメールしてる。
「(あ、でも)」
真面目な大橋くんも、私は確かに知っている。サッカーに打ち込むあの姿は、すごく素敵だと思ったのは確かだもん。
「ボール、来るよ」
「!」
瞬間、私の目の前にボールが現れた。咄嗟のことで、つい両手が前に出てしまい、うっかり――ボールを受け止めてしまった。
「え?」
「おっ♪」
驚く私と、喜ぶ大橋くん。外野にいるC組は、歓喜の声に溢れていた。でも――違う……。私、いま、咄嗟のことで受け止めちゃっただけ!
「ビックリした。砂那ちゃん、俺に少しでも気があるんだね?」
「ち、ちが!」
即座に拒否すると、ボールが手からツルっと零れ落ちる。そして、地面をタンタンと、軽い音を響かせて転がって行った。
「「あ」」
「……残念だったな大橋、アウトだ。……倉掛さんも」
呆然とする私と大橋くん。トキくんだけが冷静に呟いて、服で汗をふきながら「外野行きなよ」と促した。
う、腹チラが!腹筋が……っ!
トキくんを見ないように、私もコートを後にする。
「トキくん、ごめんね。頑張ってね」
「……うん。応援、してて」
「うん!」
大橋くんと外野までに行く道すがら――私に大橋くんは囁いた。
「ねぇ俺、本気だから」
「え、どういう、」
「砂那ちゃんを本気で好きって言ってんの。この俺を惚れさせたんだから、これから覚悟しといてよね」
「大橋~」と外野の男子に呼ばれて、大橋くんは駆け足で私から離れる。その時の後ろ姿が、どこかぎこちなくて……耳を見ると、赤く染まっていた。その赤は、きっとドッチをして体を動かしたから火照った熱……ではない。もっと、別の熱――
「……うそぉ」
その熱は、今度は容赦なく私を襲い、そして呑み込む。ドキドキが苦しくて、思わずその場に座り込んで顔を埋めた。そんな私の耳に届いたのは、
「トキくん、アウト!ゲームセット!B組の勝利ー!」
という、C組の敗退を知らせる、審判の声だけだった。
◇
「にしても、ドッチ惜しかったねぇ~。せっかく砂那がハチマキを作ってくれたのに、早々にアウトになってしまってごめんね」
「私もごめん!」
「私も~すごく良いハチマキなのに」
「え、いいよいいよ!皆が楽しくドッチできたなら、それが一番だよっ」
あれから――晩御飯もお風呂も終わって、就寝前のくつろぎタイム。
女子数人で集まって、布団の上でお菓子を食べながら談笑している。今まであまり話してこなかった子とも、今日はたくさん話せている。それだけでもハチマキを作った甲斐があって、無謀な事だったけど、やって良かったって思える。
「けど、最後の大橋くんとトキくんすごかったよね!」
「うんうん!本当、王子様みたいに見えて……カッコいい~」
「砂那ちゃん、あの二人に揉みくちゃにされてたよね?大丈夫?」
「あ、あはは……何とか」
どっちが私を守るという勝負は、どうやら外野たちには聞こえていなかったらしい。良かった……。こんなに噂されている二人が、私の事で揉めているなんて、口が裂けても言えないもん……。いや、もしも事実を言ったとしても、「まさかー」って冗談で終わるのがオチかな?うん、なんかそっちの方が現実味がある。
はぁ――自分で想像してて、ちょっと悲しくなってきた。こんな想像の世界でも自分を卑下するなんて……本当に悪い癖だなぁ……。
だけど、考えるところもある。それは、ドッチの時の大橋くんの発言――本人いわく、告白。
「(大橋くんは私の事が本当に……好き……なんだよね?あの雰囲気は、否定しずらかった。耳が真っ赤だったし……確かに、チャラチャラはしてるけど、私に対しては少し違ってきてる……気もする。だけど、トキくんは……どうなんだろう?どうして必死に大橋くんと私を守ってたのかな……。単にクラスが勝利してほしいって感じでもなかった)」
あと、考えられるのは……二人でゲームでもしてたのかな?負けた方がジュースを奢るとか?トキくんは普段は冷静だけど、大橋くんと一緒になると違う一面を見せたりするから……賭け事をしていたとしても、おかしいことじゃないよね……。
考えに耽っていると「砂那」と隣で寝転がっているしずかちゃんに揺さぶられた。
「パジャマを一緒に買いにいけなくて残念だったけど……でも砂那のそのパジャマ、すっごく似合ってる。めっちゃ可愛い」
「へへ、ありがとう。しずかちゃんのパジャマもとても似合ってるし可愛いよ!」
お互い照れて笑い合ったところで、しずかちゃんが内緒話をするために私に顔を近づけた。
「トキくんに、パジャマ見せに行きな」
「な、なんでわざわざ?」
しずかちゃんには、トキくんと買い物に行ってパジャマを買ったと話している。もちろん、髪ゴムを貰ったことも。
ただ一つ……保健室でキスをされた事をのぞけば。それだけは、どうしても恥ずかしくて、言えなくて……。聞いて欲しい半分。恥ずかしくて言えない半分。
「(友達にこういう内容を話すのって、緊張するんだなぁ……)」
今まで無縁な生活を送ってたから、初めての経験。そんな私を知ってか知らずか、「で」としずかちゃん。
「トキくん、見たいと思うよ。砂那のパジャマ姿」
「そんなわけ、」
「そういえば、トキくん大丈夫かな?ドッチの最後、一人コートにボーッと立ってたところを狙われちゃってアウトになったから。もしかしたら、調子悪いのかもね」
「(え!トキくんが!?)」
ハチマキを作ってもらったり、買い物付き合ってもらったり、ドッチで守ってもらったり……。
トキくんには色んな事をしてもらっているから、もしかしたら無理させてたのかも?それで体調崩したのかな……!?
「(私のせいで……っ)」
そう思うと、いても立ってもいられなくなって……。皆が布団に転がってリラックスする中、一人立ち上がる。
「砂那ちゃん?」
「どうしたのー?」
「えっと、あの……」
考え無しに立ってしまったから、部屋を出ていく理由が何も思いつかない。ど、どうしよう。なんて言おうかな……。
「ジュース買いに行きたいんだって。でも砂那、もうすぐ消灯時間来るから、急いで帰っといでよ」
「しずかちゃん……ありがとう!」
助け舟を出してくれたしずかちゃんを見ると、親指を立てて「健闘を祈る」とウィンクしてくれた。パジャマでスッピンでも絵になるなんて、さすがしずかちゃん……。
ガチャ――
ドアを閉めて廊下に出る。
う……真っ暗だ……っ。
出る際に持ってきたカーディガンを肩から羽織り、両腕を胸の前で交差させて前へ進む。いや、こ、怖いなんて、そんなんじゃないけどね……っ。
だけど、知らない場所で外は真っ暗。廊下こそは明るいけど、窓にはカーテンがなくて、外の様子が丸見え。チラッと見た時に、もし幽霊が写っていたら……
「あれ?倉掛さん??」
「う、ひゃあ!?」
びっ、ビックリした!
いきなり後ろから声をかけられて、飛び跳ねて驚いてしまった私。きちんと名前で呼ばれたし、幽霊じゃないよね?
そう思っていると、
「驚かせてごめん。えっと、話すのは初めてだよね?俺、B組の林。ドッチお疲れ様」
「え、あ……C組の倉掛ですっ。ドッチ楽しかったね、お疲れ様」
林くん、初めて見るなぁ……。でも林くんはなんで私の事を知ってくれてるんだろう?
「実は俺……今日倉掛さんを見て可愛いなぁって思って……」
「え……あ、ありがとう」
「で、今度……もし良ければ、一緒に帰ってくれると嬉しい。その、たくさん話したいなって思って」
「(え……え!?)」
これは……デート?
いや、ないない。付き合ってないし。
お友達との放課後お遊び?
いや、お友達でもないし……。
「(な、なんて答えればいいの……っ?)」
いい答えが見つけられず黙っていたら、林くんが「あのさ」と手を伸ばす。その伸ばされた手は、私の腕に伸びてきて……
ギュッ
「(いたっ)」
「深く考えなくていいから!その、友達から、仲良くなりたいなって……!!」
林くんの必死さが、腕から伝わる。強く握りしめられた、私の腕。
「(同い年なはずなのに、少しだけ怖い……っ)」
「だから、どう?倉掛さんっ」
「あ、の……」
男の子って、こんなに力が強いんだ。男の子って、腕一本で女の子を動けなく出来るんだ。私、男の子を知らなかった。だって、今まで知ってるのは……
『頑張ったね、倉掛さん』
『いいから。黙って俺に守られてて』
トキくんの、優しい手の温もりばかり。私が知ってる男の子は、トキくん、ただ一人――
「(トキくん……っ!)」
咄嗟に心で叫んだ、その時だった。
「ごめんけど、離してやって」
私の前に、突如として姿を現した。
その人は――
「と、トキ、くん……?」
「……うん」
買い物の時も、ドッチの時も、ずっと見ていたトキくんの後ろ姿。その後ろ姿は、カッコよくて、まるで王子様で……
「(あぁ、もう……限界だ)」
私の心が、いとも簡単に溢れてしまった。心臓が今まで以上にドキドキする。そして、そのドキドキは確かに恋心が芽生えていて……目の前にいるトキくんに芽生えていて……もうこの気持ちを見て見ぬふりは出来そうにない。
トキくんに「今は友達って思ってる。大丈夫だからね」なんて言ったけど、無理だった。会えば何度でもトキめく。話せば何度でもドキドキする。やっぱり私は、優しいあなたの事が――
「(トキくん……好きです……。昔も今も、どんなあなたでも……。私はずっと、大好きです)」
大橋くん、ごめんなさい。私はやっぱり、トキくんしかいないみたい――
初恋じゃない。二度目の恋。
同じ人に、私は今日――二回目の恋をした。
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