第6話 好きな人
「昨日は本当にごめん!」
「もういいよ~新オリのことをうみ先生に聞いてなかったんだから、仕方ないよ」
入学式の翌日。席の隣で平謝りしている大橋くんは、昨日の事を私に謝っていた。
「でも一人で考えるの大変だったでしょ?これ、すごいよく出来てるよ!」
「ありがとう、でも……その、一人じゃなかったの」
「相条さん?」
「ううん……」
昨日、新オリの出し物についてまとめた紙を見る大橋くん。それは私一人の力ではなくて……
「トキくんが手伝ってくれたの」
「……へぇ、トキくんが」
「(大橋くんもトキくんって呼んでるんだ)」
いつの間にそんなに仲良くなったのかな?あ、でも大橋くんはフレンドリーな性格だから、誰とでもすぐに仲良くできるか。そんなことを思っていると、教室のドアからトキくんが入ってくる。「キャー」という女子の歓声つきで。
ツキン
その光景に少しだけ胸が痛む中、昨日の事を思い出していた。
『助けたいんだ、倉掛さんを。俺の力で助けられるなら……その……守ってあげたい』
『俺も最初は何も思い浮かばなかったよ。でも倉掛さんと話してると色々思いついちゃって。倉掛さんとこうしたいとか、あんなことやってみたいとか』
ドキッ
「(ん?なんだろ、ドキッて……)」
トキくんの姿を見ると、昨日言われたことを思い出して……。全部ぜんぶ、困ってる私を助けてくれるためだけの言葉だって分かってるんだけど……やっぱりドキドキしちゃう。私はもう、トキくんを好きじゃないと――そう思ったはずなのに。
「おはよう、倉掛さん」
「お、おはよう、トキくん。昨日はありがとう」
「ううん……俺は何も」
トキくんが少しだけ笑った、その時だった。
「なんだか二人、仲良くなってるね~」
ニヤニヤした顔の大橋くんが、私とトキくんの間に入ってきた。
「全部お前のせいだろ……昨日の放課後なにやってたんだ」
「ん~?ちょっと火消し?」
「え!?どこか火事だったの!?」
「違う違う、そうじゃなくって」
すると、しずかちゃんも登校してきて「おはよう何の話?」と興味津々な様子で話に入ってくる。
「大橋くん、昨日火消ししてんだって!」
「火消し?なんの?」
「……さあ?」
キョトンとする私としずかちゃんに、大橋くんがカラカラ笑う。
「はは!いや、まあ噂のことだよ。ありもしない噂が飛んでたから、それをもみ消してただけ」
「もみ消したって大橋……あんたが言うと物騒ね」
しずかちゃんが腕組みをする。大橋くんは「それほどでもないよ」と、また笑った。
「流れちゃまずい噂でもあったわけ?」
「いや、俺のじゃないよ」
「へ?じゃあ、誰の?」
私が尋ねると、大橋くんはニヤリと笑ってトキくんを見た。え、まさかトキくんの事?
「昨日トキくんが誤解を招くような事を言ってたからさぁ、訂正しといてあげたよ」
「……何の話」
「ほら~皆がいる前で堂々と言ってたじゃん。“好きな人がいる”って」
「!?」
「「え!」」
大橋くんの言葉に、私を含めた三人がビックリする。え、だって……えぇ!?トキくんってもう好きな人いるの?
「(いちゃうの?好きな人……)」
ドキドキと鼓動が早くなる。だけどトキくんの「違う」という言葉に、少しだけホッとした。「ふ〜ん」とトキくんと私を交互に見た大橋くんは、ニヤリと意味ありげに笑う。
「まぁそういうことにしとくよ。念の為、火消ししただけだから。後は煮るなり焼くなり、ご自由に。ね、トキくん?」
「……っ」
すぐに訂正したトキくんだけど、あ……耳が赤い。からかわれて照れてるだけ?それとも……。
「なーんだ、そういうこと。ビックリして損した」
しずかちゃんはやっと席に座り、カバンの中の整理を始めた。トキくんも、今となってはどこ吹く風な様子。大橋くんは「やれやれ」と小声でつぶやいて、出し物をまとめた紙をヒラヒラ泳がせた。
「じゃあ、この案を今から皆に発表する?大体みんな登校したようだし、一限目は移動教室じゃないから、絶好の機会だと思うよ!」
「あ、そっか。皆の賛成を得てから、先生に提出しなきゃだもんね」
「そうそう。昨日は迷惑をかけたし、俺が喋るよ。倉掛さんはフォローしてくれると助かるな!」
「うん、ありがとう」
私が皆の前で話すことを苦手って、なんとなく分かってくれてるのかな?まあ、私の地味な見た目からして「大観衆の前で演説が得意そう」と思う人はいないか。
「じゃあ行こうか――はい」
「ん?」
はい――と大橋くんの手を差し出される。疑問に思って頭を傾けると、大橋くんは、またカラカラと笑った。
「この案を考えてくれたんだから、君が主役みたいなものだよ。だからどうぞ、お姫様?」
「や、やめて……恥ずかしいっ」
皆の前で堂々と言うものだから、何人かの視線を浴びる。うぅ、恥ずかしい~!隣のしずかちゃんも「あほくさ」と言ってるし、後ろのトキくんは……あ、目があった。
「……」
トキくんはフイと視線を逸らしたかと思えば、机に突っ伏した。かと思えば、ものすごい速さで起き上がり――悔しそうな顔で、こう言った。
「……そんな奴と手を繋がないで」
「っ!」
すごく困ったような顔で「お願い」されてしまった……。
「つ、繋がないよ!恥ずかしいもんッ」
「ちぇ~つれないのォ」
残念そうにする大橋くんは、机の間をひょいひょい移動して、あっという間に教壇に立った。そして「はーい、皆ちょっと注目~」と大きな声を出して、皆の視線を一気に集める。
「(わ、私も早くいかなきゃ!)」
焦って動こうとしたからか、自分の机にかけてある鞄に、激しくぶつかってしまう。
「(わ、コケる……っ!)」
パシッ
「だ、大丈夫……?」
「うん、なんとか……ありがとう」
トキくんが手を引っ張ってくれて、なんとかこけずに済んだ。さっき大橋くんと繋がなかった手は、今、トキくんと繋がっている。
「~っあ、ありがとう」
「……うん」
急に恥ずかしくなって、パっと手を離す。あ、あんまり印象良くなかったかな……。少しだけ不安になりながらも、大橋くんの元に、急いで向かった。
「だから、みんなには――」
「(ドキドキ)」
壇上に立っても、トキくんに握られた手が熱くて……大橋くんのフォローどころじゃない……っ。
「(今日の私、どうしちゃったんだろう……なんでこんなにトキくんを意識しちゃうんだろう……)」
昨日、トキくんに言ったばかりなのに。今のトキくんの事は友達だと思ってるから、大丈夫だからって――なのに。
「(全然、大丈夫じゃない自分がいる……)」
顔を赤くして俯く私を、大橋くんがチラチラと気にしてくれているのも知らずに、クラスの話し合いは終わる。私とトキくんが提案した案で、どうやら丸く収まりそうだった。
◇
「倉掛さんのおかげだね、ありがとう!」
「や、こちらこそ、皆に話してくれてありがとう。私じゃとてもじゃないけど、説明できなかったよ」
「横に倉掛さんがいてくれたから、頑張って話せたんだよ!」
「(うーん、チャラい……っ)」
すると大橋君が笑って、私の頭をポンポンと撫でる。いきなりの行動に「ひゃう!」と変な声が出た。
「ふは!倉掛さん、かわいい~」
「か、からかわないでよ!」
依然としてワシャワシャと髪を撫でられる私。その時、なぜだかトキくんを見てしまった。見られてないよね――そんな事を思って。だけど、
「(トキくん……しずかちゃんと話してる)」
しずかちゃんが斜め後ろを向いて、トキくんと話しているのが見えた。しずかちゃんは楽しそうに笑っていて、トキくんは……照れたような、恥ずかしそうな顔をしている。
あれ、何の話をしてるんだろう……。?二人してすごく楽しそう……あ、トキくんが笑った。
ツキン
「(ん?心臓が、なんか締め付けられたかも……なに?)」
しずかちゃんと話して笑っているトキくんを見ると、すごく複雑な気持ちになった。普段はあまり笑わないトキくんだからかな……。「しずかちゃんの前で、そんな顔をするなんて……」とか思っちゃって。
「(何言ってんの私!しっかりして)」
パンパン!とほっぺを両手で挟む。するともう私を撫でるのをやめていた大橋くんは「気になる?」と顔を近づけて小声で話した。
「な、なにが?」
「ウソついてもダメだよ。さっきからトキくんの事ばかり見てる。俺にはお見通しだよ」
「そ、そんなことないよ!」
「ちがう、ある」
「ムゴッ!」
ある――と言われたと同時に、鼻を摘ままれる。呼吸が出きずに変な音が出ると、大橋くんは楽しそうに笑った。
「ふは!は~可愛い。倉掛さんって本当に反応がいいね。ね、砂那ちゃんって呼んでいい?」
「むごご(いいよ)」
「ふは!」
私を見て何回も笑われると、さすがに傷つくんだけど……。大橋くんの手をパシパシと叩いて、やっとの事で鼻を解放してもらった。はあ、苦しかった……っ。
「砂那ちゃんに提案なんだけどさ」
「ん?」
鼻をさすりながら答える。あ、これ絶対、鼻が赤くなってるやつだ。私が自分の鼻ばかり気にしていると、しびれを切らした大橋くんが「こら」と私の頭を掴んで自分の方に向けた。
「ちゃんと俺の話聞いてる?ってか聞いて」
「は、はいッ」
いつになく真剣な目に、私の背筋もシャキンと伸びる。
「トキくんの事を気にしていないなら、俺から提案があります」
「な、なんでしょう?」
「それは――俺の事、好きになってみない?」
「……へ?」
大橋くんから言われた言葉に、思わず頭をひねる私。
え、今なんて言った?
好きになる?
私が大橋くんのことを?
「大橋くん、冗談も言うんだねぇ」
「違う違う、本気だよ」
「私が大橋くんの事を好きになって……それで?どうなるの?」
「俺が喜ぶ」
「なんで?」
「だって俺……」
大橋くんがチラリと私から目を逸らして、誰かを確認する。だけどすぐに私と目を合わせて、それから――私の耳に口を近づけた。ヒソヒソ話。その内容は――
「倉掛さんに俺の事を好きになってもらったら喜ぶよ。だって俺……倉掛さんのこと、好きだもん」
「……は?」
その内容は、にわかには信じがたいものでした……。
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