第5話 トキくんと2人きりの放課後
うみ先生に「委員長やります!」と元気よく返事をしたはいいけど……。
「これは、大変かも……」
皆がいなくなった教室で、一人頭を抱える。しずかちゃんは、さっき私が無理やり追い出しちゃって……本当に一人きり。
「うーん、出し物って言われてもなぁ……」
私が頭を悩ませているのは、高校に入学してすぐに行われる「新人オリエンテーション」。長いから、略して「新オリ」って呼ぶことにしよ。
その新オリで、クラス対抗で出し物をするらしい。そして、その出し物の案を、学級委員で纏めて提出してくれって、さっきうみ先生に言われたんだけど……。
「入学したばかりで、皆で何かをするって難しくない……?」
文化祭じゃないんだから、一致団結して「これしよう!」って言う流れにもならないし……。
「しずかちゃんには心配かけたくないから“ 案がある”なんて言ったけど……あったら教えてほしいくらいだよ〜」
机にコツンとおデコを当てる。うーん、どうにかしなくっちゃ……ただでさえ時間が無いんだから……っ。
「(でも、何も思い浮かばないよ……っ)」
焦ってギュッと目を瞑った、その時――
「大丈夫?」
私の肩に重みがかかる。ポンポンと、優しく肩を叩いてくれた人。その人は――
「あ、トキくん」
私の初恋「だった」人。
「隣……座っていい?」
「え、うん。どうぞどうぞ」
しずかちゃんの席に、ギッと音を立てて座るトキくん。さっき二人で話した時よりもグッと距離が近くなって、少しドキッとしてしまう。
「(私……普通に出来てるかな?)」
初恋「だった」人を、チラリと盗み見る。ボサボサ頭だったトキくんの黒髪は、今風のちょっとウェーブがかかったオシャレヘアになっていて……。髪の毛だけで、こんなに印象って違うんだなぁ。
「……あの」
「へ?」
「そんなに見られたら……さすがに恥ずかしい」
「あ、ご、ごめん!」
「ううん……」
顔を赤くしたトキくん。少し照れたのか、私に向けていた体を黒板の方へ向き直した。
「で……それは?」
「あ、これは……」
トキくんは私が持っている紙をめざとく見つける。真っ白な紙。白紙。
「(わざわざ言うのもアレだし……どうしようかなぁ)」
悩んでいると、トキくんが「あのさ」と口を開く。
「きっと倉掛さんは大丈夫って言うんだろうけど……。困ってるなら……俺を頼って欲しい」
「え?」
「助けたいんだ、倉掛さんを。俺の力で助けられるなら……その……。守ってあげたい」
「っ!」
え、今、トキくん……なんかパワーワードが多すぎたけど、え、なに?助けたいって、守ってあげたいって……そう言ってくれたの?
「と、トキくん……?」
「俺じゃ頼りないけど……」
いつの間にかトキくんの体全体が私の方に向いていて、トキくんの様子がよく分かる。今にも震え出しそうな握りこぶし。真っ赤な耳。少し眉間にシワが入っても、絵になるカッコイイ顔。そんなトキくんの姿に感化されて、私の体もカッと熱を帯びる。
「あ、ありがとう……っ」
「……ううん」
私もつられて赤くなり、二人の間にピンと張りつめた空気が流れる。それが何だか我慢できなくて……。一周回ってなんだかおかしくなってきて……思わず「ふふ」と笑ってしまった。
「……笑わないでよ」
「うん、ごめんね。なんかくすぐったくて……。じゃあ、あのトキくん。相談があります」
「うん……なに?」
「あのね――」
正直に、新オリの出し物について相談した。すると話し合う内に、距離がだんだんと近くなる。あーでもない、こーでもない……なんて意見を出し合いながら、私たちは長い時間話し合った。
まるで、受験の日から今日まで、話せなかった時間を埋めるように……。時間を忘れ、日が暮れるまで話し合った。
そして――
「でき、た……出来たよ!トキくん!」
「うん、良かった。俺も嬉しい」
「トキくんのお陰だよ〜!ありがとう!私一人じゃ何も思い浮かばなかったの」
案を纏めた紙を、大事にファイルに仕舞う。そしてギュッと、緩い力で抱きしめた。
「よかった〜ホッとした」
するとトキくんが「ズルい」と小声で呟いた。見ると、ファイルを凄い顔をして見ている。
「あの、トキくん?」
「え、あ……いや、なんでもない」
正気に戻ったのか、席を立つトキくん。本来の自分の席に座り、荷物の整理を始めた。
「でもトキくん、本当に凄いよ!色んな案がポンポン出ちゃうんだもん」
私の言葉に、トキくんは手を動かすのをやめて私を見た。
「俺も最初は何も思い浮かばなかったよでも……。倉掛さんと話してると色々思いついちゃって。倉掛さんとこうしたいとか、あんなことやってみたいとか……」
「へ〜。え?私と?」
「――とかクラスの皆とかっ」
「あ、だ、だよね!」
すごい勢いで補足が入ってきた気がするのは、気のせいだったかな……?トキくんを見ると、少しギクシャクしてるようにも見えるし、普通通りにも見える……。やっぱり私の思い違いか。
「にしても大橋くん、人のことを学級委員に推薦しておいて自分はサボりってどういう事なのー」
そう。大橋くんは放課後一度も姿を見せることなかった。カバンが席にあるから、絶対戻ってくると思ってたのにな。するとトキくんが無言になる。大橋くんの席を一度チラリと見ただけで、あとは気にもしてない感じ。
「……」
「(トキくん?)」
大橋くんの話題になった途端、寡黙になったトキくん。大橋くんと何か嫌な事でもあったのかな?と邪推しちゃう……聞いていいのかな?やめとこうかな?
「(でも私だけ助けてもらうのは……違うよね)」
意を決して、トキくんの制服の袖を、ツンツンと引っ張る。
「あのね、トキくんも嫌な事があったら、いつでも私に言ってね。頼りないけど、でも……私もトキくんの事を助けたいの」
「倉掛さん……」
そう言ったきり、トキくんは固まってしまった。あ……やっぱり踏み込みすぎちゃったかな……?心配していると、トキくんが小さな声で「ありがとう」と笑った。
「っ!」
初めて見た笑顔に、少しだけ胸が高鳴る。
「そ、そう言えば!」
ドキドキしている私を悟られないように、急いで話題を変える。
「私の好きなタイプ、トキくんが代わりに答えてくれてたじゃん。あれ、その通りなんだよ」
『いざと言うときに頼りになるカッコいい人――でしょ』
あの時、大橋くんにからまれてる私を助けるために、咄嗟に言ってくれたんだろうけど……トキくんが言ってくれたタイプは、まさしく私の願望そのものだった。
「今度は私が、トキくんの好きなタイプを当てようかな~なんてね」
「……鏡いる?」
「え、なんで?」
「……何でもない」
照れたような、寂しそうな――複雑な表情をしたトキくん。その顔の意味は――なに?
今度こそ聞けなかった私に、トキくんが「一緒に帰る?」と聞いてくれる。私は静かに、頷いて返事をした。
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