第4話 気に食わない奴 side トキ
教室に戻った俺と倉掛さんが目にしたのは、信じられない光景だった。
「学級委員――大橋大門・倉掛砂那」
黒板に書かれた字を見て、俺の後に教室に入って来た倉掛さんは、顔を青くしていた。
「……大丈夫?」
倉掛さんを見ると、頭を抱えて「何とか……」と返事が返ってきた。もうホームルームは終盤だったらしく、みんなお開きモード全開だった。うみ先生ですら「今から保健室に顔出そうと思ってたの〜」と、ひと仕事終えたような、ゆっくりとした動きで近づいてきた。
だけど、倉掛さんの青い顔を見て、
「ちょっと、本当に保健室に行ったの?まだ顔色が悪いわよ?」
と心配している。
「別件で……黒板のそれのせいです」
俺が指で黒板をさすと、うみ先生が「あ、あれね」と合点がいったようにポンと手を叩いた。
「大橋くんがね、倉掛さんとやらせてくれーって立候補してきたの」
「え!?」
「……」
驚いてうみ先生を見る倉掛さん。どうやら彼女の希望ではないらしい。うみ先生も感じとったのか「違うの〜?」と頭をコテンと傾けた。
「隣の席同士だったから、てっきり“ 委員長になろうね”って約束してたのかと思っちゃった〜」
「い、いえ……初耳です」
「そうなのー?じゃあ、どうしようかしら。やめる?」
「え、うーん……」
倉掛さんは、教室にいるみんなを見渡す。みんなはホームルームがもうお開きだと思っていたらしく、まさかこれ以上に延びるのか?と、露骨に嫌な顔をした。
その雰囲気を倉掛さんも感じ取ったらしい。うみ先生に「大丈夫です、やります!」と元気よく返事をして、自分の席に戻った。そんな彼女を目で追う俺。すると、倉掛さんの隣の席にいる大橋と目が合った。
「(ニッ)」
「……」
今、明らかに俺を見て笑ったよな。
なんの意味があって?
「(注意するに越した事は無いか)」
俺も席に着こうとした、その時。
俺の周りを、女子が一斉に取り囲んだ。
「吾妻くん!連絡先、交換してー!」
「私もー!」
「一緒に話そー!」
「……ごめん」
そっけなく返事をしたはずなのに、なぜか女子は更に湧いた。
「キャー!」
「クール!良い!」
「カッコイイー!」
「(なんでだよ……)」
簡単に諦めてくれるものと思っていたのに、逆効果だったなんて……。手詰まりだ。こういう時にどうすればいいか分からない。今まで女子に囲まれたことなんてないから、分からないのは当たり前だけど……。だけど俺の静かに焦っている様子が、女子たちに余計に火をつけたようで……俺の周りを、更に多くの女子が囲む。
「吾妻くーん!」
「写真も撮ろうよ〜!」
「何部に入るのー!?」
「え、えっと……」
しまった、どうしよう。抜け出せなくなってしまった……。
「(どいてくれ、なんて言ったら傷つけるんだろうか……だけど、このままじゃ……)」
女子からの熱気に思わず眩みそうになった――その時。
「はーい、吾妻くんはこっちー」
その声と共に、グイッと俺の手が引っ張られる。意図しない事だったからか、俺の体は簡単に傾いて……引っ張られた手に、大人しくついて行く。女子の輪を抜け、そして、廊下へ――
「助かった、ありがと……って、お前……」
「なんだよ。礼くらいきちんと言ったら?」
「……大橋」
そいつが誰かと言うと……倉掛さんを委員長に推薦し、さっき俺に微笑みかけ、そして今、俺の手を引っ張った張本人――大橋大門だ。警戒しているのが伝わったのか「そう怖い顔しないでよ」と大橋はカラカラ笑った。
「ダメだよイケメンくん。女子に囲まれた時はサラサラ~と流さないと、何回でも付きまとわれるよ?」
「え……」
「イケメンな俺からの忠告を、ありがたく受け取っておきなって。そして、そんな俺を“ 凄いかっこいい!”って褒めて」
「……」
髪の毛をサッと手で靡かせる大橋を、白い目で見つめる俺。「そんな冷たい目で見んな」って言われたけど、いや、だって……
「何で俺を助けた?」
「今まで地味男だったトキコに、モテる俺からアドバイスしようと思っただけだよ」
「……トキコって言うな」
「中学時代の吾妻は、ちっちゃくて可愛らしかったろ。だからトキコって呼んでた奴もいたんだぜ。しかし――高校デビューおめでとう。名前を言われなきゃ、同中だって気づかなかったわ」
俺の肩に腕を乗せて、顔を近づけて怪しく笑う大橋。その笑顔が、気に食わない。
「倉掛さん……困ってたぞ。勝手に委員長にさせられて」
「えー困ってたぁ?」
「見ればわかるだろ……」
「ふーん、よく見てるんだねぇ彼女のこと」
ニヤニヤと笑う大橋を、キッと睨む。
「……茶化すな」
だけど全く懲りていないのか「はいはーい」と適当な返事で流されてしまった。大橋は、飄々としていて何が目的なのか分からない。自分の眉間にシワが寄るのが分かった。
「倉掛さんの優しさに……甘えるな。別の女子に声を掛けろよ」
「随分、倉掛さんの肩を持つんだねぇ?」
「だから……茶化すな」
「んふふ〜♪」
大橋の明るい髪がサラッと揺れる。視界にも入れたくなくて、俺はため息をついた。
「はぁ……おい、もうちょっと離れて。あまり一緒にいると思われたくない」
「この短時間で随分嫌われたね、俺も。だけど、そんなつれない事を言わないでさ。ホラ、周りを見てごらんよ」
「(周り?)」
大橋に言われて、周りを見渡す。すると廊下にいる大勢の女子が、大橋を見ている事に気づく。いや、見とれていた……という方が正しいのか。しかし、こんなにも見られたんじゃ、うっとうしくて仕方ないだろ。
「……お前も苦労してんだな」
「苦労?女の子に見られて嫌な男なんているの?」
「俺は嫌だ……」
「マジ?ほんとに言ってる?」
その時だった。3人の女子が、大橋と俺に駆け寄り「連絡先を教えてください」と言ってきた。大橋は慣れた手つきでスマホを操作して「はい」と交換している。俺も見つめられたけど……
「(フイ)」
顔を逸らした。すると女子が残念そうな声を出す。俺の一番近くにいた女子なんかは、特にガッカリした顔をした。
「ごめんね〜コイツ人見知りで。俺でよければ連絡ちょーだいねー!待ってるからね〜」
語尾の全てにハートマークがついてそうな声のトーンで話す大橋。けれど女子はそれが嬉しいのか、笑顔で手を振りながら去っていく。
女子が居なくなった後、大橋はまた俺を怒る。
「ダメだよ〜あーゆー時は紳士に対応しなくっちゃ」
「……興味無い」
「ねぇ吾妻、君は自覚がないようだけど……。中学のモテなかった時とは違うんだからね?君は今や、イケメンと呼ばれる類になったんだ。それ相応の対応を身につけていかないと、この先もたないよ?」
「……うるさい」
キッと大橋を睨みつける。大橋は「おー怖」と言ってるだけで、本心はどこ吹く風だ。
「(くそ、乗せられた)」
安易に怒ってしまった。大橋に。
すると、まんまと揚げ足を取られる。
「そんなウブな反応しないでよ。顔なんか赤くしちゃってさ」
「……してないだろ」
「女子にモテたいからイメチェンしたんじゃないなら、なんの為にイメチェンしたのさ」
「!」
核心を突かれた気がした。だけど今は触れられたくなくて、思わず苦い顔をしてしまう。そんな俺の表情が、大橋の好奇心をくすぐっているとも知りもしないで。
「へぇ――答えられないの?」
「……お前には関係ない」
「冷たくされればされるほど気になるなぁ~」
大橋の言葉にピクッと反応したきり急に大人しくなった俺を訝しんで、大橋が腕を組んで俺を見る。そして「もしかしてだけど」と、強気な笑みを浮かべて、観察するように近くで俺を見た。
「イメチェンした理由――君がご執心の倉掛さんに関係があるとか?」
「……っ」
俺が完璧に黙ったのを見て、大橋は「マジか」と驚いた顔をした。
「イメチェンしてイケメンになったのに、なんで倉掛さん?あの子地味なだけってゆーか……君ならもっと可愛くてもっと美人を狙えるんじゃない?」
「……うるさい」
倉掛さんの事を何も知らないで。何も知りもしないで……。大橋の言うことに、少しずつ怒りを覚える。倉掛さんの何を知ってるんだって。だけど……怒っても意味は無い。
『吾妻くんは好きに恋愛してね。私は何にも思わないから大丈夫!』
だって俺の努力は、何も意味が無かったのだから……。
「ねぇねぇ、トキく〜ん」
「トキくんって言うな」
俺にベッタリ引っ付く大橋を、腕を振って剥がす。「つれないなぁ」と全く残念そうにしない大橋が、またカラカラ笑った。
「……なんで俺に構うんだ」
「え?面白いから」
「……」
真面目に質問した俺が馬鹿だった。無駄になった時間をスマホで確認し、ため息をつく。変な奴に付きまとわれたもんだ。もう、これっきりにしてほしい……。
「俺は教室に戻るからな。学級委員の事……どうにかしろよ」
「どうにかしろって言われても、狙ってやった事だから――今更、変えないよ?」
「狙ってやった?どういう事だ……?」
大橋の言い方に引っかかって、背中を向けていた体を、嫌々また大橋へと向ける。すると大橋は、まだ余裕そうに笑っていて……そして、こんな事を言った。
「気に入らないんだよ、君がね」
「……俺が?」
「そ。トキくんが」
「……理由は」
「この際だからハッキリ言うけどさ」
その時、大橋は初めて笑うのをやめて、両方の手をポケットに入れて、真顔で俺を見た。その顔には、明らかな敵意が浮かんでいて……冷ややかな目だ。そして大橋は「はぁ」と浅くため息をついた後に、面倒くさそうに口を開いた。
「俺ね、学校一のイケメンになりたいんだよね」
「……は?」
「中学の頃は間違いなく俺が一番のイケメンだった。高校でもそうかと思ってた、けど……トキくん。何でイメチェンしちゃったかなぁ。俺の計画が台無しだよ」
「計画って……」
「決まってるでしょ。学校中の女子達を、俺でメロメロにさせることだよっ!!」
「……」
さすがに大きな声で言えないと大橋も自覚があるのか、周りを気にして小さな声で言ってのけた。心做しか大橋の周りに、あるはずのない薔薇がチラついて見える……。
「俺は……カッコよくない。けど、お前はカッコイイ。それでいいだろ」
「違うんだよ!君の意見なんて必要ないんだ。女子たちの反応で、すぐ分かる。この学校で一番のイケメンは誰なのかってね」
大橋は目だけをキョロキョロ動かして、周りの女子を見ている。そして三秒後には「はあ〜」と肩を落とした。
「残念すぎる。俺は一番じゃない。女子の目は君に釘付けなんだよ」
「……そんなことない」
本人である俺が否定してるんだから、素直に「やっぱ俺が一番カッコいいよね」と言えばいいのに……。だけど大橋は、落とした肩を上げて、真顔だった顔に、またニヒルな笑みを浮かべた。そして「腹が立つんだよね」と、さわやかな顔で言ってのける。
「ポっと出の君に俺の計画を台無しにされたのが腹立つんだよ。だから、意地悪をしたくなった」
「?」
俺から目を離して、窓の外を眺め始めた大橋。穏やかな雰囲気に包まれるが、語る内容は物騒なものだった。
「トキくんの困った顔が見たくてね。俺を蹴落とした君が困る姿なんて、想像しただけで笑っちゃうでしょ」
「……趣味悪いな」
「なんとでも言ってよ。で、その計画に利用させてもらうのが倉掛さんだよ。どうやらトキくんにとって、倉掛さんは特別な人って感じだからねぇ」
「!?」
「手始めに、俺に惚れてもらおうかなって」
ニコッ――と笑う大橋。コイツ、顔は良いけど中身は最悪だ。何をどう考えたら、そんな事を思いつくんだ。
「俺が気に食わないなら、俺に直接なにか仕掛けてくればいいだろ」
「お?倉掛さんのことになると、とたんに饒舌になったね」
「!」
「大丈夫――ちゃんと君に仕掛けてるよ。君の場合は、倉掛さん関係が一番ダメージあるかなって思ったまでだよ」
「……そうか」
俺は大橋に近寄る。大橋は、そんな俺を横目で見るだけだった。
だけど――
グイッ
「!?」
「俺に何をしようと構わない。だけど倉掛さんを傷つけてみろ。その時は――俺が絶対に許さない」
大橋の胸ぐらを掴んで、すぐに離す。離す時に突き放すようにしたら、大橋はグラりと揺れて地面に片足を着いた。色んな感情が混ざった目で、俺を見る大橋。そんな大橋を、俺も嫌悪の混じった感情で見た。
「……もう話すことは無い」
「ま、待てよ!」
「……なに」
大橋は、さっきとは違う余裕のない表情で俺を見た。
「倉掛さんはトキくんの事、何も思ってない感じだったのに……なんで倉掛さんなんだよ。まさか、一目惚れって訳じゃないだろ?」
「……」
大橋を前にして、少しの間、あの受験の日のことを思い出していた。初めは緊張した様子だったのに、俺と話すうちに氷が溶けるみたいに、二人の空気が浸透していって……。
『なんでだろう……あなたといると落ち着くの』
あの時、倉掛さんは「落ち着く」と言ってくれたけど、それは俺も同じだった。倉掛さんの隣は、ひどく心地が良い。癒される。そして、倉掛さんを放っておけなくなる。
あの現象は、
「(一目惚れ、なのかな……)」
「な、なんだよ。気色悪いな、笑わないでよ」
「……笑ってない」
「自覚ないのかよ……倉掛さんの事でも思い出した?」
「……関係ないだろ」
「(耳まで赤くして、何を今更)」
大橋が愕然としたのを知らない俺は、現実に戻って、最後の忠告を大橋にする。
「とにかく――俺の好きな人は、俺が守るから」
「!」
「学級委員の事……ちゃんと謝れよ」
それだけ言って、大橋を残して教室に戻った。俺が去った後の廊下では、最後に言った俺の声が周りの人に筒抜けだったらしく、
「聞いたー!?」
「吾妻くん好きな人いるんだってー!」
「ショック〜!」
女子の間で、そんな騒動が起きていた。その賑やかさに、大橋の眉間にシワが寄っていることも気づかず、教室に帰った俺が一番にした事は、倉掛さんを探すことだった。
「(あ、いた)」
倉掛さんは友達と話をしていた。確か……相条さん、だっけ。
「新人オリエンテーション楽しみだね」
「本当〜。ね、砂那。パジャマ買いに行こーよー!可愛いの見せ合いっこしよ〜」
「わー、するするっ!」
倉掛さんが嬉しそうに笑っている。だけど、相条さんの次の言葉で、途端に笑顔が消えてしまった。
「じゃあ今日パジャマ買いに行くー?」
「あ、ごめん……オリエンテーションのクラスの出し物を考えないといけなくて」
「そう言えばうみ先生に言われてたね。大変じゃん、手伝うよ」
「や、いいの。大丈夫、何個か案はあるから。後は大橋くんと話し合って決めるよ!」
「でも」という相条さんの鞄を持って、倉掛さんがニッコリと笑みを浮かべる。
「しずかちゃん、部活見学を楽しみにしてたじゃん!いっぱい見学してきて、また私に感想を教えてよ」
鞄をズイッと渡されると、相条さんも無理を通しずらいのか「困った事があったら絶対に相談してね」と言って、教室を出て行った。残った倉掛さんはと言うと、
「はぁ。どうしようかな……」
途方に暮れていた。教室には倉掛さんしか居ない。俺は迷わず、彼女を目ざして歩いた。
トキ side end
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