沢村伸吾の話 その2
「ははは、そうか、野本も俺も、そんなこと知らずにまんまとこの枝を本物だと思い込んだわけだ。
まあ、いいか、お前が望んだ通り野本はもうすぐ死ぬんだろ」
「ええ、そうね。私はあいつを許さない。死んでもらわなきゃ困るわよ。石田くんも死んでほしかったけど、沢村くんがやってくれた」
「お前、そのためにあの怪談を聞かせたのか?」
「ええ、そうよ。私も例の柏の木の話なんて忘れてたけどね、久しぶりに思い出してね。これは使えるって思ったのよ」
「俺が枝を持って帰らなかったらどうするつもりだったんだよ」
「その時はその時よ。適当に乗せておけば誰かが持ってくと思ったわよ。沢村くんが持っていくって言い出したのは驚いたけど、きっとあの話も知ってるだろうし、何か考えがあったんだって思った」
「ああ、そうかよ」
お互い様だな。
「それで、野本が死ぬのはもう時間の問題だけど。あの小袋は回収しないといけないだろ。どうすんだよ」
「ええそうね、なんとかしようとは思ってたけど、沢村くんが協力してくれれば簡単でしょ」
「そうだな。俺はあいつの中ではもうすぐ死ぬことになってる。適当な理由をつけて誘い出すなんて簡単だぜ」
「じゃあここは協力体制としましょうよ、よろしくね」
「まあいいだろう。坂口、裏切るなよな」
そして俺は玉ビルの下に野本を誘い出したんだ。家を出るところで後をつけていれば、どこかで事故にでも遭うだろう。その場面にさえ立ち会えたらあの小袋を回収できる。
野本は、工事中の玉ビルの下で、落下してきた機材に踏まれて死んだ。カエルが鳴くような声を出してな。呆気なかったよ。
坂口は玉ビルの二階のコーヒーショップからそれを見守っていた。あいつはきっと野本が死ぬところを見届けたかったんだろう。
俺は駆け寄るふりをしてポケットに押し込まれた小袋を奪いとった。
その後すぐ、俺と坂口二人であの柏の木に向かった。あの木から持ち出したものは返さなければいけない。逆に言えば、返せばそれで全てが解決する。あの噂通りだ。
俺たちはお互いの秘密を握り合う共犯者だ。
これからもずっと。
******
それから一カ月が過ぎた。
俺と坂口は交際するようになっていた。
あの柏の木に小袋に入った枝を返した日以来、俺たちは頻繁に連絡を取り合う仲になっていた。
自然と距離が縮まり、俺から交際を持ちかけた。
坂口は東京に住み、俺は地元にいる。遠距離だったが程よい距離感にも感じていた。
「なあカズミ、次の週末は帰ってこれるの?」
「そうねえ、早く伸吾に会いたいんだけど、ごめん仕事が忙しくって。今週は無理っぽい」
「そうかよ、仕事忙しいんだな。あんまり無理し過ぎるなよ」
「うん、ありがとう」
電話を切る。
交際を始めてから俺たちは下の名前で呼び合うようになっていた。
先週、初めて坂口はうちに来て泊まっていった。派手目な化粧のせいでイメージが無かったが、料理や掃除をしっかりする、意外な一面が見えた。
俺は石田が死んで、心から清々していた。呪いだなんて危ない橋ももう渡らなくていい。あいつの声ももう聞かなくていいんだと思うと今でもにやけてくる。
そんなことを考えていた時。
リン…
何か聞こえた。気のせいか?風鈴の音が聞こえる季節でもない。
リン…リン…
ん?気のせいじゃない。でもそんなはずは無い、あの枝は返したはずだ。しかも、それからしばらく時間が経っている。今更呪いなんて戻ってくるはずはない。
リン…リン……リン…リン……
おいおい、なんでだよ、ヤバいだろこれ。
その時俺は、家の窓に白いものが動くのを見た。
髪の長い女だ。
白い着物を着ている。
窓に近づいてくる。窓に手をあて顔をこれでもかとこちらに向けている。
「う…う…嘘だろ……」
嗚咽混じりの声が出た。同時にその白い着物の女の声が聞こえた。
──返せ、返せ。
「なな…なんでだよ」
リン…リン……
鈴の音だ。どこだ、どこから聞こえる?
ここからか。
ベットの下を覗く。そこには木切れが落ちていた。
な、なんでここに…
嫌だ、嘘だ。
嫌だ、嘘だ。
──返せ、返せ。
死にたく無い。
──返せぇえええええ!
「う…ゔゔゔゔああああああああああ!!!」
翌朝、無断欠勤を心配した会社の同僚が沢村の自宅を訪れたところ。
沢村伸吾が自宅で亡くなっているところを発見した。心不全だった。
顔は恐ろしく歪み、目は見開かれ、身体は無理やり折り曲げたかのような形に変形していたとのことだ。
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