野本祥平の話 その1

 坂口と沢村を降ろした後、俺は運転する石田と二人で他愛もない会話をしながらドライブすることになった。

 

 「沢村、意外だったよなあ。あいつにあんな度胸あったとはね。見直したよ」

 

 「んだよな、あいつさあ、結構人のことバカにする癖に、自分では何もやんない奴だって思ったんだけど。マジで意外だよ」

 

 本心だった、俺は昔から沢村のことを避けていた。


 俺の家は幼い頃に父親が出て行ってから、母が女手一つで育ててくれた。

 

 沢村は俺の境遇に差別的な視線を向けていた。そう感じるのだ。同級生達が大学に進学する中、俺だけは地元の工場に就職した。

 

 あいつはそんな俺に向かって、親のせいで将来を棒に振るなんて可哀想だ、そう言ったのだ。

 それ以来、沢村とは距離を取った関係が続いていた。


 あいつは地元の大学に進学したので、近くにはいたのだけれど、自分から連絡を取る気にはなれなかった。

 

 「ははは、お前沢村のこと嫌いだったもんなぁ。別に仲悪いって訳じゃないだろ?不思議な仲だよなぁ」

 

 そうなのだ、表面上は別に仲は悪くない。ただあいつと俺とは境遇が違う。だから反りが合わない、それだけなのだ。


 俺のことを蔑んでいる、だから俺もあいつのことは嫌っている。それだけのことだった。

 

 その時。


 なんだか嫌な予感がした。胸騒ぎがする。


 昔から俺は少し霊感があった。こういう胸騒ぎがあると大体良くないことが起きる。

 

 何故かは分からないが、ここにはいない方がいい、そんな気がした。心霊スポットに訪れた後だから神経が研ぎ澄まされているのかもしれない。

 

 「あ、ヤバッ、ごめん俺先輩から連絡きてたの無視してたわ。


 あちゃー、今駅で呑んでるんだってよ、やっべ、ごめんそこで降ろしてよ」


 適当なことを言って降ろしてもらうことにした。少し頭が痛い、どこかで休みたい。

 

 「今からかよ、お前も大変だよな」


 俺は車を降り、石田と別れた。少し公園で休んでからタクシーで自宅に帰った。


 石田が死んだという連絡を受けたのは翌日の昼のことだった。あの後、石田と別れたあとすぐ、石田は車に轢かれて死んだらしかった。

 

 あの時の胸騒ぎはこれだったのか。でもなぜ石田なんだ。枝を折ったのは俺、枝を持っていったのは沢村だ。石田が死ぬ理由は何もない。

 

 考える間もなく電話が鳴った。坂口からだ。


 「の、野本くん、い、い…石田くんが」


 「ああ、さっき聞いたよ。あいつ死んだんだろ」


 「な…なんで。あの呪いは本当にあったの?」


 「お前が呪いなんて無いって言ったんだろ。でも、本当にあるのかもな…」


 「でも…」


 「ああ、なんで石田なんだってことだろ。俺もそれが分からない」


 「そんな…私たちも死ぬの?」


 「分かんねえよそんなの。とにかく、明日葬式があるんだろ、また明日な。変わったことがあったら連絡くれよ」

 そう言って電話を切った。


 なんで石田が。

 俺はそれを考えていた。

 

 ──まあ、俺も沢村からは嫌われてるからなぁ、人のことは言えないけどさ。


 確か石田はそう言っていた。何があったかは詳しく知らない。ただ、一時期石田と沢村が上手くいってなかったのは知っていた。

 

 考えたくは無いが…もしかして。沢村が?


 昨日の帰りのこと、何か無かったか。沢村に何か不審なところは無かったか?


 思い出せ、思い出せ。


 坂口と沢村は後部座席に座っていた。別に気になるようなことはなかった。


 車を降りる時か?坂口は先に降りた。沢村は?俺たちは助手席の窓から坂口と会話していた。


 その時沢村は?まだ後ろにいた。


 あの時か…?


 あの枝を車の後部座席の下に忍ばせたのではないか?


 それなら、俺が感じた胸騒ぎも説明がつく。俺はあの時車にいたくなかったんだ。枝を座席に隠したのなら、持ち帰ったことになるのは石田だ。


 沢村、あいつ。

 

 石田を殺そうとしたのか。


 いや、俺もあのまま車に乗ってたら危なかったじゃないか。


 クソが。


 俺のことも巻き添えにしようとしやがったのか。


 何してくれてるんだよ。ふざけやがって。


 そう考え始めたら頭に血が登って止まらなくなった。


 しかし、もしあいつが座席に枝を置いたとすると、あの木の枝は、まだ石田の車の中に残っているはずだ。


 だとしたら。あいつに突き返してやる。今まで俺を散々バカにしやがって。


 俺のことも殺そうとしたんだろ。


 クソが。お前も死ねよ。

 

 お前の事、許さねえからな。


 俺は翌日、葬式前に石田の実家に行くことにした。家族がいるか、葬儀の準備でいないかもしれない。誰かいれば石田の車に忘れ物をしたとでも言えばいいだろう。

 

 俺は石田の実家に向かった。家には誰もいなかったが、石田の車は家の前に止められていた。


 家の鍵は…玄関の鉢の下にあったはずだ。昔遊びに来た時に石田がここから鍵を出したことを知っていた。

 

 鉢を動かすと──あった。音を立てないように鍵を開け、そっと玄関に入る。確か、車の鍵は、玄関横の棚に置いてあったはずだ。


 素早くそれを奪い取り、庭に停められた石田の車をあけ後部座席に忍び込む。後部座席の下だ。

 

 どこだ。


 どこにある。

 

 手に触れる感触を頼りに探す。すると、何か尖ったものが指先に触れた。


 あった。そこには小さくなった木の枝が転がっていた。やっぱりあいつ、沢村の仕業だったんだ。


 俺はすぐにそれを手に取ると、車の鍵を玄関に戻し、鍵を閉め、その足で石田の葬式に向かった。

 

 あまり長い時間手元には置いておきたくはない。あいつが、沢村が葬式に姿を見せたら、隙を見て荷物に忍び込ませる。そうすれば次はあいつが犠牲になる番だ。

 

 待ってろよ沢村。散々俺のことをバカにしやがって。もうすぐお前の人生も終わりだ。

 

 石田の葬式会場に着いた。すでに式は始まっていた。坂口と沢村は先に到着していたようだ。


 「おう、遅くなったな」


 「野本くん…」


 坂口が泣きそうな顔で話しかけてきた。沢村は…無表情だった。こいつ、自分のせいで人が死んでいるというのに他人事のようだ。


 お前って奴は。


 やっぱり許せない。地獄に落ちるべきだ。

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